19、貧民の現実
「ここが街で一番高いレストランなのね?」
私はアーチ型の格子窓に顔を貼り付けて中を覗いた。
外の看板には『リストランテ ミシュラン』の文字が。
レースがかかっていてはっきり見えなかったが、前世の高級フランス料理店のようにテーブルが間隔を空けて置かれ、キャンドルが真ん中で火を灯している。
高そうなイブニングドレスを着た女性が、詰襟の軍服を飾りつけたような衣装の紳士と食事をしている。将校みたいな感じだろうか。あれが正装なのかもしれない。
手にはフォークとナイフを持っているから、食事の仕方は前世と同じみたいだ。
その皿には大ぶりなステーキ肉がのっている。
「お、美味しそう……」
お腹がぐうぐうと派手に催促している。
「お姉ちゃん、こんな所に貧民の子がいたら怒られるよ。ダメだよ」
ネロが心配そうに私の袖を引っ張った。
「うーん、さすがに600ルッコラでは二人分は無理よね」
「何言ってるんだよ。ここは一人10000ルッコラは払うらしいよ」
「い、10000?」
うむむ、お金の価値がいまいち分からない。
「あっちに貧民も行ける食堂があるよ。スランもたまに行ってるんだ。僕は行ったことはないけど」
「よし! じゃあ今日のところはそのリーズナブルな食堂に行きましょう!」
「本当に? 僕、一度でいいから行ってみたかったんだ。夢だったんだ」
ネロに連れていかれたのは大通りから二つ奥の筋の端っこにある大衆食堂だった。
古ぼけて薄汚れた店内には、職人のような男たちがワンプレートの料理を一様に掻き込んでいる。貧民用の食堂のような感じだった。
料理も豆料理と煮野菜と鶏肉にパンが雑多にのっていて、食事を楽しむというよりは空腹を満たすための最低限の料理といったものだ。
前世では絶対選ばない店だが、空腹の今はそれすらもご馳走に思えた。
「あの日替わり定食が30ルッコラらしいよ」
「30ね。余裕だわ。座りましょう、ネロ」
「うんっ!!」
ネロが目を輝かせ、私達が空いているテーブルにつこうとすると、店のおかみらしき太った女性が険しい顔でやってきた。
「ちょっと、あんたたちはヨハンのところの子だね。お金もないのに座るんじゃないよ」
おかみはヨハンのことをよく知ってるらしかった。
「お、お金ならあります。ほら」
私は胸をはってポッケから自分で自由に使える600ルッコラを出して見せた。
おかみは怪訝な顔でその紙幣を見つめた。
「どっかから盗んできたのかい?」
「ち、違います! マッチを売って稼いだお金です!」
「ふーん」
おかみは片眉を上げて、探るように私とネロを見下ろした。
そしてピッと私の見せたお金を奪い取った。
「あっ! 何するの!」
「ヨハンには迷惑してんだよ。ただ食いしてはツケにしてくれって。追い返そうとしたら店で暴れるし、仕方なく食わせてきたんだ。こんなもんじゃ全然足らないけど、あるだけでも払ってもらうよ」
「そ、そんな! これは私のお金です! 返して!」
「ふん。子供の物は親のもんだろ? だいたい子供のくせにこんなにお金を持ってるなんて怪しいもんだ。自警団に突き出してもいいんだよ」
「な!」
おかみは青ざめる私ににやりと口端を歪めて笑った。
「ふん。だけど今日のところは黙っておいてやるさ。とっとと帰りな!」
「ひ、ひどい! こんな子供からお金を奪い取って良心は痛まないの?」
あんまりだ! なんて世界なの?
こんな美しくて貧しい子供が二人、必死で稼いだお金でご飯を食べようとしているだけなのに、助けるどころか奪おうとするなんて。
「ひ、ひどいと思わないんですか? ねえ、みんな!」
私は訴えるように、こちらを見ながら黙々と食事をしている貧民の男達を見回した。
だがどの男も目が合うと、あわてて視線をそらして自分の食事に集中した。
え? 見ないふり? 無視?
誰も助けようとは思わないの?
「ふん。何を期待してんだか。ここに来る客はみんな自分の生活だけで精一杯なんだよ。人助けをするような余裕のある顔に見えるのかい?」
おかみは勝ち誇ったように言い放った。
確かに、みんなボロ服をまとい、無表情に、ただ生きるためだけに料理を噛み砕いている。
人生に疲れ、ただ生きる本能のためだけに食事している。
この人たちに良心やら常識やらを説いたところで何も返ってくるはずもなかった。
(これが貧民の現実……)
「さあ、分かったら、とっとと帰りな!」
おかみは追い払うように手を振った。
「お姉ちゃん……」
ネロが涙をためて私を見上げた。
ようやく食事にありつけると思ったのに。
目の前に念願の食事を見ながら、空腹のまま店を去るなんて。
ああ、私のバカ。
なんだって600ルッコラ全部見せてしまったのよ。
見せなければ全部奪われることもなかったのに。
そうすれば、せめてパンぐらいは買えたのに。
600ルッコラでいろいろ買いたかったのに。
ヨハンのバカがツケなんてしてるから……。
ああ、なんてクズ親なの。もう泣きたい。
私まで涙を浮かべながらドアに追いやられたところで、思いがけない人物が現れた。
「あれ? レイラ?」
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※ 現在のレイラの所持金 1000ルッコラ(ただしヨハンに払う分)
次話タイトルは「嫉妬される美少女」です




