8、敵前逃亡?
「スチュアート公爵令嬢、レイラ様。いらっしゃいませんか?」
ど、ど、ど、どうしよう。
立つべき?
いや名前を呼ばれてるんだから立つべきなんだろうけど。
わざわざ地獄を見にいく人なんていないよね。
「スチュアート公爵令嬢、レイラ様。どこにおられますか?」
執事は何度も私の名を読み上げた。
「ねえ、スチュアート公爵令嬢って噂の方じゃない?」
「え? あの貧民から養子になったっていう?」
「やっぱり貧民ではまともな手みやげもご用意できなかったのね」
「スチュアート公爵夫人も、廃爵が決まってから収入もなくなってずいぶん貧乏されてるという話ですもの」
「どの方かしら?」
「ドレスもきっと貧相なものに違いないわ」
「隠れてても分かりますわよね」
令嬢たちがキョロキョロと辺りを見回している。
落ち着いて、落ち着いて。
お茶でも飲んで心を鎮めましょう。
「これはローズティーかしら。よい香りだこと。ほほほほ」
「え、ええ。ほんとうに」
急に話しかけられて、隣に座る令嬢が困り顔で相槌をうった。
優雅にお茶を飲んでいる私に気付く者は誰もいない。
そりゃそうよね。
誰も私の顔なんて知らないんだから。
よし。
このまま知らんぷりを決めこもう。
万一の場合は、ケーキの洋酒で酔っ払ったことにしておこう。
お酒で意識が飛んでしまってたということで……。
か、神様、お願い!!
見逃してください!!
「いらっしゃいませんか? レイラ様」
いらっしゃいません。
全然いらっしゃいません。
「逃げたのかしら?」
「うふふ。ご自分の貧相な姿に気付いて帰ったのかも」
「貧民が国一番のサロンと言われるここを見たら逃げたくもなりますわよね」
ええ、ええ。
どうにでも悪口を言ってくれて構わないわ。
逃げたってことで終わりにしてちょうだい。
「では手みやげだけご紹介致します。こちらの手作りクッキーでございました」
執事は私の持参した籠のクッキーを掲げて見せた。
「ぷっ。手作りクッキーですって」
「いやだ、近所のお茶会?」
「ユニコーンの乙女会をなんだと思ってるのかしら」
「でもあの籠の装飾は可愛いわね。リボンと花で飾って」
「あなたったらそんなものに惑わされてどうするのよ。中身はクッキーよ」
「クリスティナ様に手作りクッキーを贈るなんて、信じられない」
悪かったわね。
本人もいないのに手みやげだけ紹介しなくていいのに。
なんて嫌な会なのよ。
「そういえばスチュアート公爵夫人のステラ様もクッキーを渡してらしたわね」
「あの頃もクリスティナ様はご不興のようでしたけど、さすがにアルフォード様の弟夫人ですから何もおっしゃらなかったですけど」
「あの似合いもしないのにピンクの好きなご夫人よね、覚えてるわ」
「ドレスも手みやげも全部ださいんだもの」
「うふふ。弟公爵が亡くなられた今は遠慮なく本音を言えますわね」
む、むっかーっっ!
私のことはともかくステラおばさまを侮辱するなんて……。
思わず立ち上がりそうになったけど、ぐっとこらえた。
一時の感情で立ち上がるのは賢明ではないわ。
今は我慢の時よ。
「残念ながらスチュアート公爵令嬢はいらっしゃらないようです」
ふー。
よかった。
乗り切ったようだわ。
「なんだ、つまんない」
「サンドラ様がせっかく面白い余興を用意されてましたのに」
「今日はそれを楽しみに来られた方も多いのにね」
悪趣味~。
なんて嫌な女たちの会なの?
どこが乙女会よ。
性悪女会に名前を変えたらどうよ。
でもともかく危機を乗り切ったとホッとした。
しかし。
「では仕方がないので次にクリスティナ様のご不興をかった手みやげをご紹介致します」
な、なに?
どういうこと?
終わりじゃないの?
「あーあ。誰かしら? お気の毒に」
「貧民上がりの令嬢が逃げたせいで、身代わりにサンドラ様の余興を受けることになるわ」
うそでしょ?
どうあっても誰かを貶めないと会が終わらないの?
「ほら、あの方たちじゃない?」
「たぶん次はサンドラさまの口添えで選んでるはずですもの」
「サンドラ様が選ぶなら、やっぱりあの人たちよね」
え? なに? 誰よ。
コソコソ話す令嬢たちの視線の先をたどった。
そこにいたのは。
エミリアの友人らしきさっきの四人。
うそでしょ。
そんな……。
次話タイトルは「レイラ、立つ」です




