11、レイラの武器
「な、なんだ、これ?」
スランは見たことのない画材の数々に驚きの声を上げた。
「アクリル絵の具よ。これはブリキとの相性がいいはずなの。これでマッチケースにオシャレな絵を描けば、100ルッコラでも売れると思うの」
「で、でも……絵って誰が描くんだよ」
「それはもちろん私よ」
「え? レイラって絵が描けるのか? 絵なんて金持ち貴族の道楽か、芸術一家生まれの職人しか描けないだろ?」
そうか。貧民街の子供は絵の具なんて持ってるはずもないし、絵なんて描いたこともないのね。
「これは魔法の絵の具なの。見てて」
私はパレットに絵の具を出して、細筆で器用にデザイン画を描いた。
本当は大好きなファンタジーの世界を描きたいところだが、時間もないし絵の具も限りのある材料だ。無駄に使いたくない。
なるべくシンプルに、それでいて華やかでオシャレになるように、周りを蔦文様で縁取り、真ん中にマッチ売りの少女を影絵のように描いた。それだけでメルヘンな世界観が出て実用品がオシャレな小物に変化した。
「すげえ。レイラ、いつの間にそんな特技を身につけたんだ?」
スランは驚き、ネロも尊敬のまなざしで私を見つめている。
「すごいや、お姉ちゃん。本当に魔法みたいだ」
なんて気分がいいのかしら。
前世ではこの程度の絵なら美大生は誰でも描けた。
いや、教授なら「こんな手垢まみれのありきたりな絵」と酷評されることだろう。
でもここは手垢どころか、まだブリキは実用品でしかなく、そこに絵を描こうなどと考えてもいない時代みたいだ。私が先駆者なんだ。
前世の先人たちのデザイン画はすべて私の頭の中にある。
私の頭の中はアイデアと発見の宝庫よ。
「このバケツも少し描き加えるだけで、オシャレな一品になるわ、見てて」
私はスランが作り置きしていたバケツの一つを取り上げ『BAKETSU』と飾り文字で描いた。
「ほんとだ! ただのバケツが高そうな入れ物に見える」
「これ何て書いてあるんだ? すげえレイラ、字も書けるのか?」
そうか。貧民の子は文字も知らないんだ。
バケツって書いただけなのに感動された。
描いたものをこれほど称賛されたことなんてない。
これはいける! と私は心の中でほくそ笑んだ。
「さあ、スラン。どんどんケースを作って。明日の朝までに十八ケース作るわよ」
「おお。任せとけ。これなら100ルッコラで売るのも夢じゃないかもしれない」
スランもすっかりやる気になって、ブリキを叩き始めた。
私は次が出来るまでバケツや筒型の入れ物にも絵を描いた。
そしてネロは疲れたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。
そして朝日が昇る頃には、ついに十八ケース仕上げてしまった。
「できたあああ……」
あとは絵の具を乾かすだけだ。
「お疲れ、レイラ。これでも飲んで少し休め」
スランはポットを温めてホットミルクを淹れてくれた。
「ありがとう」
こくりと口に含むと自然な甘みが広がった。
濃厚なミルクが疲れた体に心地いい。
「疲れただろう。オレが盗まれないように見張っててやるから、少し眠るといいよ」
スランは私の頭をポンと叩いて微笑んだ。
モデルばりのイケメンが私に微笑みかけている。
こんなに優しい顔でイケメンに見つめられたことなんてなかった。
そうか。美人ってこんないい思いをしてたんだ。
直子はいっつも男の人にこんな風に優しくされてたのね。
ずるいな。ただ美人に生まれたってだけなのに……。
ううん。そうじゃない。
生まれ変わった私は、もう羨ましがってるだけの惨めな子羊じゃないのよ。
イケメンに愛される未来が、美少女の私には待ってるのだわ。
スランだって、最初は直子の三人目の彼氏に似てて、クズ男じゃないかって警戒したけど、結構みどころのある王子様じゃない?
もしかして、この世界の私の王子様はスランなのかしら?
そうね、悪くないかも。
私は幸せな空想をめぐらせながら、いつの間にか眠っていた。
そしてどれぐらいの時間が経ったのだろうか。
カチャカチャという物音で目が覚めた。
まだ眠い目をこすりながら、見慣れない景色にしばらくぼんやりする。
やがてようやく自分が生まれ変わった世界のことを思い出した。
そうだった。私はマッチ売りの美少女になってマッチを売らねばならない。
そしてスランの工房にやってきたのだった。
ようやく現状を呑みこめた私は、目の前の光景に唖然とするのだった。
次話タイトルは「イケメンを信じてはいけない」です