15、ザックの申し出
「影武者?」
それって王様なんかが自分にそっくりな人を身代わりに立てる的な?
「普通は公爵邸から影武者を出すことはないんだが、あまりにそっくりなものだから、ご本人のたっての希望で私が選ばれたんだ」
まさか。
じゃあ、前に会った人とは本当に別人なの?
そういえば嘘をつく時はあきらかに挙動不審なステラ夫人が、ザックを息子だと紹介した時は全然普通だった。
つまりこの人は本当にステラ夫人の息子?
「母上には黙っていて欲しい。影武者なんて言うと悲しむからね。私はアルフォード家の重要な要職に就いていることになっている。実際、重要な役割だしね」
「は、はい。それはもちろん……」
「私はこの公爵邸を継ぐことは出来ない。毎日のように帰ってきて母上に会うこともできない。だから君達を養子にすることには大賛成だ。母上は誰かのために尽くすのが生き甲斐のような人だからね。実際に君達が来てから別人のように元気になった」
「はい。おばさまはとてもお優しくて、感謝してもしきれません」
「ただし、この公爵邸は父上が亡くなって後継がいない段階で廃爵が決まっている。貴族試験に合格すれば貴族の地位を得ることは出来るが、公爵家を継ぐことまでは出来ない。母上が生きている間はそれなりの待遇にはできるが、その後は貴族の世界で生き残るために自分で仕事や居場所を見つけるしかない。ここまでの話は理解できただろうか?」
「はい……」
私は頷いた。
ステラ夫人の話からも、だいたい察していた。
「男子であるなら武術を鍛錬して有力貴族の親衛隊になる道もあるし、文官として地道に高官にのぼりつめる方法もある。あと執事なども、アルフォード様の側近執事となれば、その辺の貴族よりもよほど権力を持っている」
じゃあネロは努力すればそういう道に進めるのね。
貧民としてバケツを売る人生よりはずっと夢がある。
「女性なら……残念ながらあまり進める道がない。貴族の女性はその身分に合わせた貴族の元に嫁ぐことになるが、正直言って貧民出身の娘に良い嫁ぎ先はないと思った方がいい」
女性の方が身分に左右される時代なんだろう。
女性に立身出世がある世界ではないと思っていた。
「妻に先立たれた老貴族か、あるいは平民で成功している大富豪などなら貴族というだけで喜ばれるかもしれないが」
「あの! 結婚以外に道はないんでしょうか?」
「え?」
ザックは意外な事を聞いたように私を見つめた。
「結婚以外?」
「はい。結婚に頼らずに生きていく道です」
「そ、それはもちろん、貴族の女性の侍女や女官の仕事はあるが。彼女たちは何らかの理由で結婚に破れた者がほとんどだ。多くは夫と死別した未亡人だ。君は……その……美しいし良い嫁ぎ先を見つけた方がいいと思うのだが……。私も協力するよ」
青沢さんが私の結婚相手探しに協力するのか……。
当然なんだけど、前世に続いてまったく相手にされてない。
いつだって私は眼中にないんだな。
前世で好きだった人の言葉に軽く傷ついた。
どうせこの世界では好きな人とは結ばれないんだろう。
安定した暮らしのために、好きでもない男と結婚するぐらいなら。
「私の嫁ぎ先は探して頂かなくて結構です。本当ならもう死んでたはずの命です。助けて頂いたご恩はお返しするつもりです。嫁いでステラおばさまを一人ぼっちにさせるつもりはありませんからご安心下さい。ザックさんはそれが心配なのでしょう?」
ザックはやけに大人びた発言をする私に驚いたようだった。
「いや確かにそれは心配だが、ネロがいるだろう? 君は適齢期に結婚しないと、婚期を逃してしまうことになる」
「それで構いません。ネロが立派な職につき、おばさまの最後を看取るまでここにいます。その後で、どなたか侍女として雇って下さる方を紹介して頂きたいと思います」
「君は……」
ザックは唖然とした表情で言葉を途切れさせた。
「いや、すまない。良い縁談をと言って断る女性を初めて見た。貴族の女性は少しでも金持ちで地位のある男と結婚することしか考えてない。そういう風に育てられている。しかもまだ十三という年でありながら、自分の考えをはっきり持っていることに驚いたよ」
前世で生きた私には、好きでもない人と結婚するなんて地獄でしかない。
そして好きになりそうな人は……。
あまりに遠いもの……。
次話タイトルは「ロイの本音」です




