1、ブス女(じょ)の現実
初めての異世界転生ものですので、なんか違うと思ってもなま温かい目で見守って下さいませ。
読んで下さってありがとうございます。
物語のヒロインになりたい……。
そして白馬の王子様と出会って幸せな結婚をするの。
子供の頃から夢見がちな私は、様々なシチュエーションを想像して未来に希望を膨らませたものだ。でも私がそう言うと、両親をはじめ周りの人々は困ったように苦笑した。
「麗羅にはそういうのは向いてないんじゃないかしら」
「そうだな。麗羅は明るくて機転がきくから手に職をつけてばりばり働くのがいいと思うぞ」
「うける。お姉ちゃんがヒロインとか。鏡見たことあるの?」
母も父も妹も、好き勝手なことを言う。
「でもほら早乙女麗羅って絶対ヒロインになる名前でしょ?」
私は必死で反論する。
「初めての子で調子にのって大げさな名前を付けすぎてしまったわね」
「いじめられたりしてるなら改名してもいいんだぞ」
「名前負け代表よね。お姉ちゃんで失敗したせいで私は直子なんて地味な名前にされてしまったのよ。反対だったら良かったのにってみんなに言われるんだから」
なによなによ! 失敗って言うなああああ!
妹の直子は地味な名前のくせに子供の頃から噂になるほどの美少女で……。
そして私は誰もが振り返るほどのブスだと言われてきた。
そう。私は自他共に認めるブス女。
いや、誰もが振り返るほどって、それブスに使う慣用句じゃないからね!
「でも麗羅も年頃になって綺麗になったわよね」
お母さん。『でも』って、何に対する逆接かしら?
「そうだとも。すっぴんは目も当てられないブ……あ、いやいや、とにかく化粧をするようになって本当に人並みに綺麗になったぞ」
はい。お父さんピーッ! 警告二つね。
今危うく愛する娘にブスって言おうとしたわね。
それから人並みに綺麗ってどういうことかしら?
今までは人並みじゃなかったってこと?
あと警告一つで退場だからね。
「そうね。メイクの腕だけは認めてあげてもいいわ。その救いようのないブス顔をなんとか指を差して笑われない程度に仕上げる技は姉ながら尊敬するわ。まあ、それでもすっぴんの私の足元にも及ばないけどね」
うぬぬぬ、おのれ直子め。ちょっと美人だからっていっつも偉そうに。
今晩寝てる間にその美しい顔にゴリラメイクをほどこしてやる。
ブスが寝起きの鏡で毎朝どれほどの絶望を味わうのか思い知るがいい。
あんたがゴリラ顔を見て恐怖に泣き叫ぶ姿が目に浮かぶわ!
はっはっはっはっ。
はっはっは……はあ……。
あんたにブスに生まれた私の苦悩なんて分からないのよ。
いつもいつも美人の妹と比べられて残念そうに苦笑される私のみじめさなんて。
美人の妹なんていらなかった。私は可愛い弟が欲しかったのよ。
私がそう言うと直子のやつは「私だってイケメンのお兄ちゃんが欲しかった」と言い返した。
みんな顔よりも心の綺麗な人がいいとか、性格が大事なんて言うけど、結局男どもは美人ばっかりちやほやして、ブスってだけで下に見る人ばかりじゃない。
一つ年下の直子は小さい頃からいい思いばっかりしてきた。
お祭りに行けば、ヨーヨー釣りでお兄さんに可愛がられておまけをつけてもらってたし、綿菓子はなんでか私より一回り大きかった。射的は一歩前で打たせてもらえたし、たこ焼きは一個多かった。
たまたまだって? 卑屈になって考えすぎだって?
じゃあどうして私にはたまたまラッキーな思い出が一つもないのよ。
フリルのワンピースが好きだった私のおさがりを着ると、私の時は「可愛い服だね」と服ばかりを褒めてたくせに、直子には「お人形さんみたい。よく似合ってるねえ」と私の三倍ぐらいのテンションで褒め称える人ばかり。私のお気に入りの厳選ワンピだったのに。
直子は中学生にもなると彼氏も出来て、なんとそれは私のクラスメートだった。
学年でも人気ナンバーワンのサッカー少年の彼が、なんだってブスの私の妹と付き合うのかと文句を言いにいった女子たちは、姉と大違いの直子の美貌にすごすごと帰ってきた。
そしてぶつける場所のないその苛立ちは、なぜか私に向けられた。
「いい遺伝子全部置いて生まれてきてんじゃないわよ!」
いやいやおかしい。
なんで私が責められるのよ。
私がいったい何をしたっていうのよ。
妹はその後も野球部のイケメンや、雑誌モデルのイケメンや、超進学校のイケメンや、次々に彼氏を変えて、短大に入った今は某一流企業のイケメンに夢中になって追いかけている。
一見リア充女子に見えるが、歴代の彼氏はみんな面食い浮気男ばかりで、正直言って外見と肩書きだけがいいクズ男ばかりだ。それだけの美貌を持ってながら、なぜそいつを選んだのだと胸倉をつかんで怒鳴りつけてやりたい。
いや、実際に怒鳴りつけてきた。
だってもったいないじゃない。
私と違ってよりどりみどりに相手を選べるっていうのに、なんでそんなクズを選ぶのよって怒鳴りたくなるじゃない。
でも直子は「自分がモテないからって嫉妬して変な言いがかりつけないで」って言い返した。
確かに嫉妬……なのかもしれない。
だって私はそのクズ男にすら相手にされないブスなんだから。
万が一にも外見と肩書きがいいクズ男が私と付き合ってもいいなんて言ってきたら、地獄にたらされた一本の蜘蛛の糸のごとく、髪振り乱して掴まねばならないのが私だ。
こうしていまだ彼氏ゼロ更新中の私は、小さい頃から美しいものへの憧れが強かったせいか美術大学に進んだ。今一番夢中になって描いているキャンバスは私の顔だ。
細くて糸のような目をいかに大きく華やかに見せるか。
すんぐりした団子っ鼻をどうやって細くシャープに見せるか。
肉厚という表現では余りある分厚い唇をどれだけ小さく見せるか。
人一倍美意識の高い私は太ったことなんてない。
常にトップモデルと同じ体脂肪率をキープしてきた。
寝る前にはバイトで稼いだお金で買った高級パックと美容液を欠かさない。
これでもかというほど努力はしてきたのだ。
それなのに……。
何の努力もしてない直子のすっぴんにまったくかなわない。
年頃になって暴飲暴食でぽっちゃりした直子の方が百倍可愛い。
夜遊びをして化粧をしたまま寝た直子の肌の方が、ずっと白くてキメが細かい。
もはや万策尽きているのだ。
痩せれば美人になるかもとか、手入れすればもっと可愛くなるかもとか、そんじょそこらの希望あるブスとはわけが違う。
伸びしろなんてもう一ミリも残ってないのよ!
神様、あなたは間違っています。
これほど美を乞う子羊がいるのに、なぜその類稀なる美貌にあぐらをかいて暴飲暴食をし、クズ男に翻弄され、美人に生まれた幸運に感謝の一つも感じない愚かなキツネに美を与えたもうたのでしょうか。
私が直子の美貌を手に入れていたなら、完璧なほどの体重管理はもちろん、肌へのメンテナンスも怠らず、どんな困難も乗り越え、美貌にふさわしい成功を勝ち取りましたものを。
嘘だと思うなら証明してみせましょう。
ご覧ください。
この私の化粧をほどこした顔を。
あれほど絶望的なブスを、ここまでのクオリティに仕上げたのです。
フェイスリフトテープであと一歩で眼球が飛び出す限界まで目を開かせて、宇宙人もびっくりの大きな黒目のカラコンを入れる。
テープで貼り付けられたまぶたは閉じることは出来ないが、人間とは進化する生き物だ。不思議なことに閉じられない上まぶたの代わりに下まぶたが上にあがるようになった。
「あいつ爬虫類みたいなまばたきをする」……と陰で言われているのは知っている。
でもブスと言われるよりは全然マシよ。そうでしょ?
さらにつけまと五色使いのアイラインで目を三倍の大きさにする。
そして四十八色の化粧パレットで平らな顔を彫りのある立体顔に仕上げていくのだ。
人間の目とは不思議なもので、いくつもの盲点を持ち、錯覚に簡単に騙されてしまう。
いわゆるトリックアートというやつだ。
階段を上にのぼっていると思ってたらいつの間にか下がっていた。
灰色に見えているものが本当は真っ白だった。
違う長さだと思ったら同じ長さだった。
現実が現実のままに見えないのが人間なのだ。
それらを駆使して顔に陰影をつけていく。
鼻の穴には鼻クリップを入れて高さを出し、小鼻にはシャドウを、鼻の中心線にはハイライトをいれて濃淡で奥行きをつける。飛び出す3Dアート鼻の完成だ。
まだ二十歳なのに若さのないこけた頬には口の中に脱脂綿を詰め込んで膨らみをもたせる。
分厚い口はコンシーラーで半分ほどの大きさにしてリップブラシで小さく描く。
低いと思ったら高く、大きいと思ったら小さく、平らと思ったら立体。
もはやここは錯視とトリックアートの世界だ。
どうです、神様。
あのブス顔をここまでに仕上げた私の執念がお分かりですか?
なのに……。
ここまで……ここまでの努力を重ねても、やっぱり直子のすっぴんにはかなわないの。
白馬の王子様はファンキーなトリックアート顔よりも、すっぴん美人を選ぶのです。
ああ、神様。
もしも私に直子ほどの美貌を下さるというなら……。
その他がどれほどつらく苦しい境遇でも耐えてみせましょう。
どんな絶望的な試練をも見事乗り越えて幸せを掴んでみせましょう。
だからどうか……。
私を美人に生まれ変わらせて下さい。
何度願ったか分からない言葉をつぶやいて、私は今日も自分の顔にトリックアートをほどこすのだった。
まさかその数日後に、その言葉を後悔するとも知らずに……。
神様、どれほどつらく苦しい境遇でもと言いましたが、限度があります。
そこのところは寛大なお心でお慈悲を頂けたら助かるのですが……。
そう付け足しておけば良かったと、心から後悔する日が来るなんて、まだ思ってもいなかったのだった。
次話タイトルは「いよいよ転生」です