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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
幸せの場所へ

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迷子の仔猫(1)

「お前、弱そう。食ってやる」

 おいおい、おいたが過ぎるぜ。そいつは命を縮めちまうぞ。


 赤茶の毛並から陽炎を漂わせて現れた熊に俺は言う。

 こいつは火属性の熊の魔獣だな。相棒が興味本位で買った魔獣目録って本に載ってたぞ。確か火炎熊(ヒートベア)だったか。


「旦那相手にふざけた喧嘩の売り方でやんすね?」

 希望は草食魔獣だったんだけど仕方なさそうじゃん。


 のしのしと歩いてきて、やおら立ち上がった火炎熊は200メック(240cm)以上はありそうだな。だが、その行動は間抜けだぜ。俺に急所をさらしてどうする。


   ◇      ◇      ◇


 さっくりと片付けた火炎熊をラウディが牽いてきた台車に乗せる。これは俺が狩りをする時のために道具屋で見つけたものだ。


 そんな頻繁に狩りをする時間を取るのは難しい。狩場の問題もあるしな。そこで俺が咥えて戻れるような大きさの獲物を何度も運ぶのは億劫だ。鹿とか猪とか大物を狩ると咥えて戻れないので、ラウディに牽いて戻ってもらうために相棒にこれをせがんだのさ。


 だが、堅刃(ロブストブレード)で喉笛を掻き切って、周囲に血の匂いが漂った途端に森の奥からわんさかと気配が近付いてきた時には俺も焦ったぜ。泡を食ってラウディと逃げ出した。さすが噂に聞く魔境山脈だな。


「わあ、大きな熊!」

 ごめん。手間を掛ける。


 一人と一匹で暮らし始めてから、俺の狩ってきた獲物を捌き続けてきたリーエでもこれは骨が折れるだろう。でも襲ってきたから倒しただけで放っとけというのは俺の流儀じゃない。


「うん。頑張る」

 手伝うから。

きゅるきゅきゅーい(応援するでやんす)

 いや、手伝え。


 夜営陣で待っていた相棒は腕まくり。服を汚さないようにする上着を羽織ってから調理ナイフを手に取った。

 慣れない湿気と戦いながらナイフを走らせるリーエの顔に汗が噴き出す。そこへラウディが翼で起こした風を送って助ける。俺も前脚で皮の端を押さえたり咥えて引っ張ったりして補助する。

 そうして多少は金になりそうな毛皮を剥がし魔核を取り出すと、いよいよ肉を切り出す作業。塊に切り出しては袋詰めする傍らで俺とラウディは、調理もしにくくて保存も利かない内臓を片付ける。胃の中にな。


 美味くね?

「美味いでやす」

 とんでもなく美味くないか?

「とんでもなく美味いでやんすよ」

 これ、本当に熊か?

「熊に見えたでやんしょう?」


 ラウディと顔を見合わせる。

 この火炎熊は俺を襲おうとした。好んで肉を食うって意味だ。肉の味を憶えた熊はそっちに偏り気味になるから肉の味が一つ落ちるんだ。やっぱり草食獣のほうが相対的に美味いじゃん。

 ところが、こいつは思ったより美味いときた。それが理解できなくて俺とラウディの頭の中で疑問が生まれちまった。


「やっぱりあれでやんすかねぇ。緑が濃いでやすよ」

 ああ、見渡す限り緑だぜ。地平線が見えないじゃん。

「きっと栄養豊富なんでやんす」

 食うに困らないから、肉に滋養が蓄えられてるって寸法か。


 気候の違いが肉の味に出るってことなんだろう。ここ、西方は肉食魔獣にとっては楽園なんじゃないだろうか?


「ということは、でやんすよ?」

 あれだな。


 相棒がせっせと肉を切り出しては血を拭いて布に包んでいる。あれはどれほど美味いんだ?


 ごくり。

「ごくりでやんす」


 リーエを鼻先でちょんちょんとつついて促す。

 なあなあ、一息入れて味見と行こうぜ。


「つまみ食いしたいの? 食いしん坊さんね」

 ちょっとでいいから。試食だ、試食。

「わたしもお腹空いてきたから焼いてみましょ」

 ひゃっほう!


 コンロのフライパンの上で焼き音を立てる肉。堪らない香りが辺りに漂ってる。涎が垂れちまうじゅるり。


「あ、美味しい」

 美味いぜー! 溶けた脂が甘いぜー! 舌が幸せだぜー!

らるりきゅー(最高でやんすよー)!」


 羽をばたばたさせて舞い踊るラウディと、感動で尻尾のぶんぶんが止まらない俺と、顔を綻ばせる相棒とで歓喜の空間が生まれている。


 俺、絶対に西方(ここ)に住む!


   ◇      ◇      ◇


 肉の味同様に西方には大きな違いがある。そいつは通貨だ。こっちで流通してるのはフントやガテじゃない。シーグって通貨なんだとさ。


「1シーグが8ガテ(八十円)だから、この100シーグ金貨は800ガテ(八千円)1フント(一万円)よりちょっと低い価値になるのね。それでこっちの1000シーグ金貨は8フント(八万円)になるのかぁ」

 そいつ一枚で一往(ひと月)の食費くらいは賄えそうじゃん。


 魔境山脈から離れた俺たちはプリムントって宿場町に着くと、すぐに冒険者ギルドに駆け込んだ。なにせ手元にほとんど金がない。親父さんの遺産以外の金はほぼギルド委託金にしちまってる。

 これは冒険者の共済制度。依頼によっては莫大な賞金が入る冒険者は、大金を手にする機会もそれなりにある。持ち歩くのは物騒だから、ギルドに預け入れておくのだ。委託金にしておけばどこのギルドでも引き出せるので便利じゃん。


 この制度の優れたところはもう一つ。その場所の通貨に自動的に換金されて引き出せる点。相棒はこれを利用するために財産のほとんどを委託金にしておいたんだ。

 そいつを引き出して一安心というところだった。ただ、換算に慣れなくて手間取っているだけ。


「だれ?」

 ん? なんだ、お前?


 猫には見えない。仔猫っぽいが、既に普通の猫くらいの大きさじゃん。で、太い脚をしてやがる。


 おいおい、お前は……?

「犬? 狼? あんまり匂いしないね?」


 ちょっと待て、お前くんかくんかくんかくーんかくんかくんか。

第九十話は西方事情の話でした。気候の違いが生態系の違いに表れ、肉の味に変わるという内容でした。穀類が豊富な東方や中隔地方と比べて、西方はお肉が美味しいという設定なのです。

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