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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
放浪の旅路

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ザウバの豊穣祭(4)

80ガテ(八百円)は高いです。いくらお祭り期間中でも、そんな値段じゃ子供がねだったって母親は買ってはくれませんよ?」

「そうだよなぁ。それは私にも分かってはいるんだが……」

 あんたも商業ギルドの部門長なんだから言うまでもないだろ、ギャスモント?

「大麦皮の原価は知れてるし、クリームの仕入れのほうには泣いてもらってるくらいだからこれ以上は言えない。ただ植物繊維紙(かみ)包装のほうはどうあっても折れてくれなくてなぁ」

「はい? 包装を植物繊維紙(かみ)でやるんですか? そんなに高級感を出さないと駄目なんでしょうか?」

「うん、確かに高級感を意図したところはある。ただそれが必須の理由もあるんだよ、リーエちゃん」


 まったく理由を思い付けない相棒に、ギャスモントは実物で説明するって言いだした。どうせ明陽(あす)、試作品を作って皆で何とか改善点を洗い出す気だったらしい。


 俺と相棒は旅宿を決めて泊った。食いもん扱うなら身綺麗にしとかないとな。


   ◇      ◇      ◇


 翌陽(よくじつ)、材料や菓子職人が交易管理部の事務所へと集まってくる。一角に鉄板が設えてあって、そこで試作するらしい。俺にも一足先に味わう好機が巡ってきたってわけだ。ひゃっほう!


「うん? この娘は?」

 見ない雌がいるな。さては菓子職人か?

「うちに出入りしていた人の娘さんなんだ。意見を聞こうと思ってね」

「フュリーエンヌです。よろしくお願いします」

「菓子職人のティワンヌよ。よろしく」


 まだ若そうなんだけど専門家の空気を纏って自信ありげだな。こりゃ期待できるぜ。


「まずは手順をなぞってみるか」

 仕切りはやっぱり部長だな。

「包装紙の試作品はできたんですか?」

「ああ、これだ」


 ギャスモントが取り出したのは植物繊維紙(かみ)で作った三角錐の筒みたいなもんだ。ああ、そこへ例の大麦皮を差し込むわけだな。


「そんなに手の込んだ包装紙なんですね?」

「うん、加工賃まで込みだと結構かかってね」

「それはそうでしょう。植物繊維紙製造機は高価ですもん」


 安価に流通してるのは皮紙のほうだもんな。素材の皮があれば簡単に作れる魔法具がある。でも、皮紙は匂いがあって食品向きじゃない。普通は葉野菜や木皿、木箱を使う。

 植物繊維紙(かみ)を作るのも魔法具頼りだけど、複雑な機構と魔法刻印を必要とする製造機は高くてなかなか一般には手が出せないんだ。だから紙の製造業って商売が成り立って、民間はそこに製造依頼を出すのさ。


「これが単価を引き上げているんですね?」

 何割かは包装紙代だな、こりゃ。

「仕方ないのよ。前回の試作で必要だって結論になったの」

「ティワンヌは単価が上がるのは嫌がったんだがな」


 菓子職人なら多くの人に味わってもらいたいと思うだろうさ。でも値段があれじゃ、手を出す人は少なくなるじゃん。


「今回は少しだけクリームを固く仕上げてきた。これ以上は譲れないわよ」

「解ってる解ってる。とりあえずやってみよう」

 始まったぜ。楽しみだ。


 ティワンヌは三角錐の包装紙に皮を丸めて差し込み、その中に搾り器からクリームを搾り込んでる。

 空色だからこいつはモノリコートクリームだぜ! もう堪んない香りがしやがるぜ! うはー!


「ん!」

 どうだ、相棒?

「美味しい! すごい!」

 本当か? 俺にも試食させろ!

「モノリコートのコクと生クリームのコクが一体となって口の中が幸せです! その後に大麦の皮のぱりぱりの食感がやってきて、さっぱりめの甘味を感じる。もう次のひと口を食べたくなっちゃうの」

 うおー! リーエをこれだけ唸らせるとは罪だぜ! 自分だけで食ってないで俺にもくれ!

「はぁー、素晴らしい。大勢の人に食べてほしい」

 早く早く! ひと舐めでいいから!

「あっ! ごめんね」


 膝を前脚でぽんぽん叩くと、相棒は菓子職人のお姉ちゃんに断りを言いつつ、俺にも食わせてくれた。

 ひゃー! きたー! 美味いぜ美味いぜ最高だぜ! あんたの腕を拝んでもいいぜ、ティワンヌ! とびきりの仕事だ!

 俺は感動してお姉ちゃんの太腿にごしごしとたてがみを擦りつける。


「あらあら、この子」

「すみません。キグノはほうぼうの高級菓子店の味も知ってて、割と舌が肥えてしまってるんです。こんな反応をするっていうのは相当喜んでいるので勘弁してやってください」

「喜んでもらえたなら良かったわ」

 喜んでるなんてもんじゃないぜ! くれくれくれくれくれ!


 皮ブーツのリーエのふくらはぎを両前脚で引っ掻くようにしたら差し出してくれたから、もうひと口かぶりついた。

 うひょー! 美味ぇー! 尻尾をぶんぶん振り回したいぜ。

 皮の食感と程よい甘みと苦みの余韻に浸ってるってのに、無粋な真似をしやがる奴がいるな。


「え? あ、静かに」

「何だい?」

「キグノが何か感じてます。声をひそめて」


 尻尾を上げてゆっくりと振る警戒のサインを出すと、相棒は皆に静かにするよう促してくれる。裏扉に近付いたらリーエは一気に開ける。俺はそこで聞き耳を立ててた奴の襟首を咥えて引き倒した。


「お前は商会管理部のモース! 偵察に来るとはいい度胸っすね?」

「くそ! お前らには負けないからな、フェリオ!」

 若いの、フェリオって名前だったのか。

「別に偵察されたって構わないっすよ。味では絶対に負けないっすからね。そっちの部長にそう伝えといてほしいっす」

「偉そうに! 豊穣祭で吠え面かかせてやるからな!」

 きゃんきゃんとうるさい子犬だな?

「ひぃっ!」


 俺が軽く牙を剥くと転げるように逃げていきやがった。皆の喝采を受けながら最後のひと口をご褒美にもらったぜ。


 包装紙までぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第七十四話は試作品の話でした。ソフトクリームとクレープの中間みたいなこの商品、一応独自に考えたんですが、実際に有ったらごめんんさい。このエピソードもこんなに分量が増えるとは思っていませんでした。状況説明だけでもう四話。次回で欠点が明らかに。

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