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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
放浪の旅路

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狼の暮らし(4)

 今陽(きょう)は街道を横切って草原に狩りに出掛けてる。

 隔絶山脈は野生獣も魔獣も多いが、ずっとそこで狩り続けていると疲弊してくるからな。山を休ませる()を作っておかないと、より広大な縄張りが必要になってきて、別の群れとの軋轢も生まれちまうんだ。

 この前の泡犬(バブルドッグ)の群れみたいに、露骨に侵入してきて仔狼まで特性魔法で追い立てる真似までしない限り、魔獣の群れ同士は棲み分けているもんさ。


「草原を走るのは気持ちいいでやんす」

 山ん中でも走り回ってんじゃん。

「やっぱり視界が開けてないと脚が縮こまるでやすよ」

 そんなもんか。


 そう本気で走っているわけじゃないが気分は違うらしい。斬狼(ブレードファング)の群れも仔狼に合わせているから小走り程度だからな。


「居るよ。鹿の群れかな?」

 だろうな。もう匂いがしてるし。

「子鹿とか獲っちゃうのかな? 仕方ないよね」

 そいつは違うぜ、相棒。


 魔獣はあまり幼獣(こども)は狙わない。

 確かに肉食獣は捕まえやすい個体を狙う。傷付いていたり、幼獣(こども)のことだな。狩りはいつも成功するわけじゃないから、つまらない拘りはない。自分の命が掛かってる。草食獣も多産でそれに対抗する。


 でも、魔獣は違う。肉食魔獣がその特性魔法まで使って楽な狩りばかりしたらどうなるか? 草食獣はあっという間に数を減らしちまうだろうぜ。そうなれば今度は自分たちの死活問題にまで発展してくるだろ?

 だから肉食魔獣は何か理由がない限り雄を狙う。雄なら多少は減ってもいずれ回復するからさ。あとは数を狩り過ぎないようにすれば肉食獣とも食べ分けができるって寸法じゃん。考えてるだろ?


「おい、やれ! 引っ張り出して仕留めろ」

 若いのにやらせるのか?

「当たり前ぇだろ? こいつも練習だ、練習。奴らに蹴られるくらいでいい。わはははは」

 豪気だな、あんた。

「お前さんほどじゃねえ。そんな(なり)で、人間の中で生きようだなんて、俺から見れば正気じゃねえ」

 うるさいな。俺にも事情があるんだよ。


 そのまま特性魔法をぶつければ雄雌の区別なんてできない。このボスは若い奴らに仕掛けさせて、守りに出てきた雄を引き離して仕留めようとしてる。常套手段だけど、引き離す役の若い奴は蹴られたり角で突かれたりはするだろう。それも経験だって言ってる。


 体よく雄を何頭か仕留めた群れは、そこで食事に入る。大きな雄を引き摺って隔絶山脈まで戻るのは無理な話だろ? だから仔狼まで連れてきてるのさ。

 いつもは狩った獲物を食い尽くすまで草原で寝泊まりするらしいが、この()は事情が違う。皆が腹を満たしたところで、相棒が反転リングに獲物を回収し始めたんだ。


「え? 食べ残したらもったいないでしょ?」

 いや、全部食うまでここに残るって。見ろよ、連中のくつろぎ具合を。

「あれ? もしかしてしばらく滞在するんだったの? 余計なことしちゃった?」

 まあな。


 やりとりを聞いていたボスが立ち上がっちまった。号令を掛けると、皆がまた縄張りの中の棲み処を目指して小走りで戻り始める。


 悪かったな。

「いや。娘さんの善意に甘えるぜ。産後の雌にも美味いもん食わせてやらねえとな」


   ◇      ◇      ◇


 夕暮れまでに棲み処に戻ると、リーエは獲物を全部取り出した。守りに残っていた雄と産後の雌は喜んで新鮮な肉に嚙り付く。

 まだ覚束ない足取りの幼獣(こども)は十分に乳をもらっていたのか、相棒の膝に上って甘えてる。もう、その愛らしさにめろめろになってるな。


 でも、しばらくすると急に表情が暗くなっていった。


 どうしたんだ?

「楽しいの。楽し過ぎて困っちゃうの」

 悪いことか?

「楽しいから長居しちゃった。本当はもっとここに居たい。ずっとここで暮らしたっていいくらい」

 おい、それは……。

「だってキグノもここでなら何の差し障りもなく暮らせるんだもん!」

 そいつは確かだぜ。でもそれはお前には無理だ、相棒。


 刹那的には良くても、間違いなく色々と問題が起こってくる。差し迫ってるもんもあるはずなんだ。


「狼さんたちも良くしてくれるし、普通に暮らしてる」

 気の良い奴らだからな。

「仲良く暮らして、子供を産んで、遊んで、そして節度をもって獲物を狩って生きてるの。野蛮なところなんて何もない。人間と同じように自然と共存して生きてる」

 その一部っていうのが正解だな。

「なのに、わたしだけここでは生きられない。小麦粉も大麦も残りが少ないの。食べる物が無くなっちゃう。どうしてわたしはここで暮らせないの?」


 仕方ないだろ? お前はそういう物なしで生きられないようにできてる。人間は人間の中でしか生きられないのさ。


「ここではわたしが暮らしづらいのと同じように、キグノは人間社会では暮らしづらいんでしょ? 解ったの、身に染みて」

 …………。

「でも、離れられない! 放したくない! ごめんなさい、キグノ! それでもわたしの傍にいて!」


 気にすんな。そんなのはあの晩に決めたことだ。どんな障害があろうと俺はお前の傍にいる。苦しいなんて思ってないさ。お前とともに生きるって決めた以上、どこまでも貫くぜ。


「いい人間に巡り合えたんだね」

 最高の相棒だろ?

「こんなに思われてるんなら、人間の中でも幸せじゃない?」

 当たり前じゃん。


 母狼が慰めるようにリーエに寄り添う。俺も覚悟を示すように、抱き付く相棒に身を預けた。


「考えを改めねえといけねえな。こんな人間ばかりなら俺らも暮らしやすいかもしれねえ」

 そいつは高望みが過ぎるぜ、ボス。でも、いつかそうなるといいな。


 もう泣くな。ほれ、ちびすけたちと俺の集団ぺろぺろだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第六十五話は悲嘆の話でした。動物が大好きなフュリーエンヌ。でも、彼女がどれだけ望もうとも動物だけの中では暮らせません。それを強く自覚させられたエピソードでした。

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