開拓村の魔獣騒動(1)
あれから夜営陣で眠れるようになった俺たちの生活には大きな変化があったんだ。安全に眠れるのはもちろんのこと、昼の白焔が沈んだ頃に同じ夜営陣で夜を明かす旅人たちに臨時治療院を開くようになった。
対面契約のサインをもらい、必要な相手に治癒を施すのさ。当然、出番のない陽もあるが、疲労回復の効果も高い相棒の治癒は好評で結構繁盛した。
そうなれば達成件数も格段に増え、立ち寄った冒険者ギルドで晴れてローノービスランクへの昇格を祝われた。これでリーエもいっぱしの冒険者。
ただ、ずっと旅をしている状態だと食品の仕入れには限度がある。特に肉類。どうしても俺のでかい身体を維持するには相当量の肉がいる。
金銭的な問題はなくても、立ち寄る小さな村や町で仕入れられる肉類は少ない。基本的にそこで暮らす人々の分だけしか置いてない場合が多いんだから、それをごっそりと買い取っていくわけにもいかないじゃん?
そうなれば、必然、俺は狩りを続けるしかなくなるわけ。なんで、今も相棒を夜営陣で待たせておいて、森の中で獲物を探してた。
「ちょいと旦那。もしかして旦那はおいらを食べようとしてるんでやんすか?」
待ってくれよ。検討中だ。
「待てと言われて待つ馬鹿はおりやせんが、旦那がどうしてもおいらを食うってんなら少々抵抗させてもらいやすぜ?」
食うほうに魅力がないっていうのは嘘になるぜ?
「物騒なことをおっしゃられるんでやんすね?」
いやなあ、食わないって言うと、美味しそうじゃないのかって返されることが多くてな。
「おいらに関しては遠慮させていただきやす」
食わないって言っても心外らしいし、食われるのも慮外らしい。世の中、なかなか面倒臭いな。
つかぬことを訊くが、お前、動けない事情があったりするか?
「動けない事情ってなんでやんすか?」
例えば群れで重要な位置にいて離れられないとか、家族が大事だから離れたくないとかだな。
「そういう事情があれば、おいらを見逃してくださるんで?」
いや、悪くない話がある。むしろ美味い話だ。まさに美味いかも?
「そいつはおいらの肉の味の話じゃないんでやんすよね?」
もちろんじゃん。感じるのはお前さんだ。
食ったところで大してうま味はない。一時的なもんだ。でも、話に乗ってくれるならこいつにも利益はあるはずなんだぜ。
もし、俺の相棒のいうことを聞いてくれるんなら、お前は今後食うに困らないと保証してやるぜ? それどころか普通は食えないような美味いもんを食えるかもしれない。
「ほうほう、それは本当に美味そうな話でやんすね?」
どうだ、乗るか? 仮に乗らなければ食うとは言わないぜ?
「考えさせてもらってもいいでやんすか? まずはその相棒さんに会わせてほしいでやんす」
決まりだな。
別の意味でも決まりだ。予言してやろう。こいつは絶対に相棒から離れられなくなる。リーエはそんな人間だからな。
◇ ◇ ◇
「お帰り、キグノ……、って、わあ! どうしたの、その子!」
「きゅるりらきゅるらるんる?」
見ての通りだ。それならお前の仕事は分かるだろ?
「きゅきゅるんきゅ。きゅるきゅらるきゃるらっきゅ」
「ふわあ、真っ白なセネル鳥。きれい。緑の飾り羽も素敵ね?」
「きゅるらんるーきゃるきゅーる?」
白い身体に緑の飾り羽が似合ってて最高だとさ。
「きゅりきゅきゅるきゅん!」
相棒が言った通り、こいつはセネル鳥だ。しかも色付き。つまり属性セネルってやつ。
俺と同じ魔獣に分類されるけど、俺よりはずっと人間の暮らしに密着してる。ノインの騎鳥オドムスも属性セネルだったろ? だから、こうして魔獣避けの対象からも除外されてて、自然に生活してた奴でも平気で夜営陣に入ってこられる。
「森の中で会ったの?」
ああ、たまたまね。どうだ、こいつを使わないか?
「仲良くなったの? もしかして、わたしのために?」
こいつがいれば俺に鞍を乗せるとか言わないだろ?
人間の雌の足で長旅はきついだろう。なにより犬用の鞍を探さなくなるのが一番の理由だ。前ほどじゃなくなったが、たまにぽつりとこぼすもんな。
ところでお前、属性は?
「おいらでやんすか? 水でやんすよ」
それなら相性はばっちりだな。相棒も水魔法士だ。
「ご主人も水でやんすね? 嬉しいでやんす!」
水セネルってことは、水系の特性魔法を持っているはず。護衛としても役立ってくれると期待できるじゃん。身体もでかいしな。
でかいっていってもセネル鳥としては平均的だろうな。体長で200メックくらい。体高で100メック。この場合の体高は背中までの高さな。騎乗動物はそういう決まりらしい。
全身真っ白な羽に、頭の飾り羽と翼の先、尾羽の先が緑色をしてる。
リーエに特性魔法を見せてやってくれないか?
「おやすい御用でやんすよ。アピールするでやんす!」
あっちの森のほうにだぞ?
「もちろんでやんす。気を付けてほしいでやんす」
嘴を開くといくつもの泡が生まれて流れていく。茂みまで流れていくと連続して破裂し衝撃波を撒き散らす。
「爆泡だ。すごいすごい!」
いけるな。
胸を反らした奴は、もう一度嘴を開く。今度は氷の弾丸が放たれて茂みを揺らした。
「氷結弾! 二つも魔法が使えるの?」
お前、器用だな。
「きゅるっきゅー!」
相棒は褒めまくってそいつの頭にキスをする。もう乗せる気満々でしゃがみ込んでるから届くのさ。
「じゃあ、君はよくしゃべるからラウディに決まりね。よろしく、ラウディ」
頼むぜ、ラウディ。
「きゅきゅい!」
「キグノもありがとう!」
別に嫉妬しないから俺に愛想しなくてもいいんだぜ、リーエ。舐めるけどなぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
第五十四話はラウディ加入の話でした。旅が始まったらフュリーエンヌをセネル鳥に乗せるのは構想通りですし、性格設定も詰めてきた通りです。ただ、名前だけその場で考えようと思って書いてみたら、自動的におしゃべりラウディに填まってくれました。こんなこともあるんですね。




