表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/146

聖騎士伯フラグレン(3)

 ありゃ内臓までいかれてんな。相棒じゃなかったらヤバかったぜ。

「あら、心配してくださるの?」

 珍しい反応だな。婆さん、誰だっけ?

「いい子ね? 助かるわ」

 知り合いじゃないんだよな。この匂いに記憶はないぜ。


 俺の傷を治癒した後には、運ばれてくる撥ね飛ばされちまった騎士の治癒にリーエは奔走してる。その効きに仰天した奴らが涙を流して喜ぶからちょっと引いてんだろう? まあ、相棒の治癒(キュア)は一級品だからな。


「本当に助かりました、魔法士殿!」

「い、いえ、そんなに大したことでは……」

「とんでもございません! 衛生隊詰所まで運んでいたら危険な者までおりましたので!」

 よく躾けられてんな。

「こちらへどうぞ! 伯爵閣下がお待ちです!」

「は、はぁ……」

「ありがとう。あなたがいてくれて良かったわ」

 俺にまで敬礼すんな、騎士さんよ。

「お待たせして申し訳ございません、聖騎士伯様。どうしても気になって」

「いいえ、部下に代わって感謝します」

 だから誰だっけ?


 伯爵閣下っていうからには貴族様だよな? そんな人種にはとんと縁が無かったはずなんだけどな。

 相棒の見間違えってわけでも無さそうなんだよな。婆さんだけど佩剣してるし、ドレスの上に白銀の部分鎧を着けてる。しかも匂いからして鋼なんかじゃなくって、もっと高級素材だぜ、こいつは。雰囲気もあるしな。


「わたくしのこと、ご存じ?」

 待ってました。

「はい、父とイーサルで新輪(しんねん)を過ごした時、大通りを行進なさっているお姿を何度か拝見させていただいたことがあります。あまりに凛々しいお姿に興奮したのが忘れられません」

「あらそう? 嬉しいわ。こんな可愛らしいお嬢さんに尊敬されるなんて」

「可愛らしいだなんて……」

 縮こまってんぜ。


 なるほどなるほど、思い出したぜ。確かにイーサルでやってる新輪(しんねん)の軍の行進の時、婆さんがいたのは憶えてる。

 ただ、遠目で見ただけだから犬の目じゃいささか厳しいし、そもそも人間の顔の区別を付けるのが上手くない。

 悪かったな、婆さん。匂いを憶えとくぜくんかくんか。


「わたし、フュリーエンヌっていいます。彼はキグノです」

「フュリーエンヌね」

「皆はリーエって呼びます」

 顔が赤いぜ。雌相手に盛るなよ、相棒。

「分かったわ、リーエ。知っていると思うけど、わたくしはフラグレン・ミニエット。伯爵位を賜っているわ。よろしくね」

「はい、存じ上げてます!」


 あとで聞いたんだが、この婆さん、イーサルで一番有名な聖騎士らしい。

 騎士に叙せられたのは戦争らしい戦争も無くなってからの話だとさ。でも、中隔地方中央部にあったメナスフットって滅んだ国の中枢にいた連中が画策する反乱鎮圧だの、さっきみたいな変異種討伐の功績を認められて、若くして聖騎士に叙せられたみたいだ。

 爵位も最初は家督の騎士爵を継承したらしいが、それが男爵に上がり、最終的に今の伯爵位を賜るに至ったって話。それが高じて聖騎士伯なんて呼ばれるようになったんだとさ。


 お礼がしたいってんで婆さんの馬車に招かれた。リーエは恐縮しきりだったが、物腰柔らかくも毅然としたフラグレンに押し切られた格好だ。

 騎士の中には俺まで馬車に乗り込もうとするのを危ぶむ声もあったんだが、結局伯爵閣下の一言で黙らされた。


「わー、犬が来た、びっくりー。それも持つ者(魔獣)じゃない?」

 おう、なんだお前さんは? 婆さんの猫か?

「そうよ。ご主人様にお世話になってるの。カーティアよ。食べないでね、ご主人様に討伐されちゃうわよ?」

 食わないって。

「え、美味しくなさそう?」

 いやだからなんで食われたがるんだよ!

「それなら安心ねー」

 だからってひとの上に気軽に乗るんじゃない!


 ほらみろ、調子に乗るから座席に掛けた婆さんと相棒に笑われてるじゃないか。


「ふふ、もう仲良しさん?」

「カーティア、迷惑を掛けてはいけませんよ」

 迷惑掛けるなってさ。

みゃーんなーん(掛けてないもーん)

 そう言いながら俺の背中に座り込むな。


 スリッツの街並みも多少は変わってるか。人間の暮らし向きってのはそう変わってないようにみえるけど、表に出てる物がちょっと変わってきてるな。西方の物から東方の物まで商品が並んでる。文化の混在ってのが進んでるんだろうな。

 この前来た時はばたばたして呑気に見て回れるような状態じゃなかったしな。なにより騎士の先導で大通りの人間たちが避けてくれるのが気分がいい。


 おっと、こいつはいけない。そろそろヤバいな。

「どうしたの、キグノ? 大人しく……、あ! もう貴族街が近いのでしょうか?」

「ごめんなさい、忘れてたわ。リンツ、町屋敷に向けてちょうだい」

「はい、閣下」


 最近は雷兎(ライトニングラビット)みたいに商業利用される魔獣や、猫系のように愛玩用に飼われる魔獣も多いからな。市街は魔獣除けの効果範囲外になってる。

 でも貴族街は別だ。完璧に魔獣除け魔法陣の効果圏内になっている。そこに近付くと俺みたいな魔獣は不快感に逃げ出したくなる。我慢し続けていると最悪狂っちまう。それは遠慮したいじゃん。


「貴方たちは官舎に帰還後解散」

「了解いたしました!」

 騎士たちは中へ帰してやらないとな。

「あの、町屋敷って?」

「わたくしがまだ騎士爵だった頃に暮らしていた屋敷よ。貴族街からは外れているの。魔獣除けも効果範囲外よ」

「すみません」

 悪いな。手間掛けさせて。


 お詫びに舐めてやろうぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第四十一話はお婆さんの正体判明の話でした。ここでラグの登場です。『魔闘拳士』をお読みくださった方は、エピソード「剣を持つ意味」のゲストキャラだったフラグレン・ミニエットを憶えていてくださるでしょうか? これが彼女の五十年後です。ここでの登場は決まっていたので、敢えて『魔闘拳士』のエピローグでは名前を挙げていませんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ