聖騎士伯フラグレン(2)
それは王都スリッツまであとちょっとのところ。どうにも風に乗って鉄臭い匂いがぷんぷんしてきやがるから、俺は警戒しつつ進んでいた。
少しばかり進むと、同じ街道を行く旅人たちが泡を食ったように駆け出していたから、相棒も何かがあるんだと気付いたんだろう。不安げに足を進めると視界が開け、その原因が見えてきたんだ。
「騎士様たち、何かと戦っていらっしゃるの?」
みたいだな。あの森の向こうに居やがるんだろ。
後方には数台の馬車が停まっていて、その前に二十騎を超える数の騎馬が並んで長槍を構えて何かを狙ってるらしい。その装備は突進が身上だろうに、固まって迎え撃つ姿勢ってことは強敵なのか?
「ひゃっ! おっきな猪!」
地猪だな。家族か。
「いっぱいいるね……。え? あれなに? うそ!」
マズいぞ。変異し掛けが居やがる。
「なんでなんで! あれ、350メックはあるよ!」
成長し切っていないが、ありゃ変異種だ。
魔法の影響か何かは知らないが、魔獣の中には脳の一部が壊れちまって、際限なく成長する奴がいる。そういう魔獣を変異種って言うんだ。
脳の一部がいかれているもんだから、まともに言葉が通じないことが多い。でも、なぜか同類だけは襲わないもんで、そいつを中心にして徒党を組んで好き勝手する集団ができあがる。
この地猪の集団もそんなでき方をしたんだろう。
そして、その変異種って奴が厄介で、魔法制御能力まで上がることが多い。従来の特性魔法以上の多様な魔法を操ったりする場合がある。
その天災みたいな存在を人間は怖れていて、冒険者が部隊を組んで対処したりするんだが、今回は騎士たちがその役目を担っているみたいだな。
「大変! 騎士様が負けちゃう!」
岩弾を大量に降らせてる。あれじゃ動けないか。
「キグノ……」
だよなぁ。
「助けてあげられる?」
相棒の頼みじゃ仕方ないじゃん。加勢すっか。
尻尾ではたいて動かないように合図したら、地猪軍団に向けて駆け出す。幻惑の霧を纏って奇襲作戦だ。俺だってあんなのと正面からぶつかる気にはならないぜ。
行き掛けに通常種の地猪と並走する。狙い澄まして首の柔らかいところに食い付いて押し倒した。
そのまま深くまで牙を食い込ませて、太めの血管を噛み裂いてやる。離れたら派手に血を撒き散らしながら敵を求めて突進しようとするが、少し駆け出したところで横倒しになって痙攣する。
それで通常種の連中は動揺して足を留めた。そのまま止まってやがれ。
でかぶつは後ろのことなどお構いなしに騎士を一人、馬ごと撥ね飛ばしてる。なんて力だよ。
普通に仕掛けても身体は岩の鎧を纏ってるし、毛皮も邪魔してさっきみたいに食い破るのは無理だろう。斜め後ろから迫って、鼻面に左前脚を掛け、右脚の爪で目を引っ掻く。
「痛ぇー!」
そのくらいの感覚は残ってるのかよ。
「なんだー! 邪魔するなー!」
そうもいかないのさ。
今度は右側に回り込んで同じように右目も潰してやった。
「ぎゃー!」
うるさい。俺だって痛い。
右目を引っ掻く時に奴の牙が腿を掠めちまった。血が流れ出してる。
しくじったぜ。こいつら、鼻が利くから血の匂いでこっちの居場所を掴まれちまう。勝負を急がなきゃならなくなった。
無駄だから幻惑の霧を解いて姿を現す。そして牙を剥いて、格の違いを示すように俺の武器を見せつけてやった。それで足留めすれば、変異種だけ相手すればよくなる寸法だ。
「痛い! 見えない!」
騒ぐんじゃない。今から相手してやる。
何も見えてない変異種は当てずっぽうに周りに向けて牙を突き上げる。それで近寄せまいとしてるつもりだろう? お前はバカだ。自ら弱点をさらしてるんだぜ?
俺は牙を突き上げた時の隙をつき、地猪の頭の下に潜り込み柔らかい喉に食い付いた。そのまま捻り倒す。
できれば押さえ込みたいところだったんだが、体重差は如何ともしがたい。逆に引っ繰り返されてのし掛かられちまった。
「潰れろー!」
そうはいくかよ!
変異種は俺にのし掛かったまま引き摺ろうとしやがったが、食い付いたら放さないぜ。仰向けに引き摺られながらも後ろ脚を全力で突き上げたら、前のめりになった奴は鼻から地面に突っ込む。そのまま後ろ脚を蹴り上げて、もう一回頭から引っ繰り返してった。
逆に仰向けに転がった地猪に乗っかって、更に喉笛に牙を食い込ませる。さっきから呼吸もままならなかったこいつは、もう弱ってきて立ち上がれそうにない。しばらくそのまま押さえ込んでいたら泡を吹いて事切れた。
ふう、手間を掛けさせるんじゃない。でも何とか今回は奥の手まで使わないで勝ちに持ち込めたぜ。
「う、動くな!」
騎士さんよ、剣を向けるな。もう退散するから。
「待って! キグノは敵じゃありません! 攻撃しないで!」
来ちまったのか、相棒。
「しかし、それは魔獣だぞ?」
「およしなさい! 貴方たちはその子に救ってもらったのですよ? 恥を知りなさい!」
ひと際、煌びやかな馬車から降りてきた雌が一喝する。でかい声だな。
「え、聖騎士伯様?」
ん? 知り合いだっけか?
それより腿が痛いぜぺろーんぺろーん。
第四十話は対地猪戦でした。ゲストキャラ登場を匂わせて引きます。連載開始当初は、動物同士の戦闘シーンとかそんな文字数注ぎ込めるほど描写できないだろうと思っていたんです。でも案外何とかなるものですね。ゆうに二千文字(笑)。