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終わる日常(5)

「伝文、受け取ったわ。兄さんのこと、残念だったわね」

 そう言ってるが、あんただって泣き腫らしてるじゃないか、ウィスカ?

「今後のことは考えさせてちょうだい。あなたも十七になったとはいえ、完全に独り立ちさせるには若過ぎるの。兄さんが健在なら見守っていられたけど、こうなってしまった以上は誰かが後見しなくてはいけないわ」


 何も言えずにしくしくと泣く相棒を抱き締めて言う。無情かもしれないが残された者には現実が待っているもんな。


「クローグ兄さんと相談するから、少し待って。私も一度ステインガルドに出向くから、先に戻って今まで通りに暮らしていなさい。そんなに待たせないつもりだけど、私もできる限り条件は整えたいから家族と相談させて。あなたにはこのアルクーキーで暮らして欲しいの」

「ありがとう。それまでにわたしも心の整理をしておくから」

 ありがたい申し出だな。


 またクローグの家に逆戻りは難しいだろう。シェルミーだってそう簡単に改心はしていないだろうし、嫁さんも相棒のことがあまり好きじゃなさそうだしな。


 ただ、そうすると俺も身の振り様を考えなくちゃならないな。

 ステインガルドみたいな辺鄙な村には魔力感知に長けた人間なんかいない。稀に出る魔法の才を見出された人間はそうそうに村を出て、もっと都会の魔法の先生とやらのとこへ修行に行く。それで帰っては来ないから問題無い。

 俺が村の中を独りで歩き回ってたって見咎める者なんか居やしない。魔力漏出は抑えてるが、完璧とは言えないからな。


 アルクーキーの()一往(三十六日)に二回、正味二陽(ふつか)間だけだから何とかなる。漏出魔力量が遥かに上の相棒とべったり一緒に居れば気付く奴なんて居ないから気にしなくて済んだ。

 でも、ここで暮らすとなるとべったりってのは難しいよな。街には魔法士も居るし、冒険者だって出入りする。そのうち誰かが、俺の身体が魔力を帯びているのに気付いちまうだろう。


 どうしたもんかな? 親父さんの気持ちを思えば傍でリーエを守ってやりたい。義理もあるし、俺もそう望んでる。しかし、現実的じゃないな。

 俺がここの近くに居座るのが現実的か。外敵から町を守りながら、たまに出てくる相棒と時間を過ごせばいい。気持ち的にはそれで構わないな。

 だが、町中で起こる危険には手出しできない。そこが唯一最大の問題だな。なんかうまい手は無いものか?


「兄貴ー!」

「長かったよー?」

「なんで来なかったのさー?」

 お前ら、元気だな?

「元気ー!」

「もちろんー!」

「あれ、元気ないよー?」

 相棒はな。


 役目柄、ここの雷兎(ライトニングラビット)は人間の感情の機微に鋭い。リーエを見て、途端にわらわらとたかり始めるのも当たり前じゃん?


ちちっ(元気出せー)!」

ぷすぷすぷう(わたしを見て和めば)?」

ちきちき(抱いてもいいよ)

 おい、願望混じってるぞ。

「ありがと、兎ちゃんたち。慰めてくれるのね」

なーん(撫でさせてあげるわ)!」

きゅーん(舐めてあげるよー)

 悪いな、お前らも。

「みんな、本当にありがとう」


 治療院の動物が総動員で相棒に群がってる。その真ん中で、ずいぶんと久しぶりに笑顔を見たような気がしたぜ。


   ◇      ◇      ◇


 落ち着くまで数陽(すうじつ)待って、今はステインガルドへの道を辿ってる。相棒は俺の背中の上に横座りして揺られているところだ。

 コルビーは村に戻されているから足がなかったのさ。ウィスカが気を遣おうとしたけど断ったもんな。乗り心地はお世辞にも褒められたようなもんじゃないだろうけどよ、こんなのんびりとした時間も必要だろ?


 通り抜けた風がリーエの髪をさらって揺らしてる。その風は別のもんも運んで来てくれた。ちょうど良いかもしれないな。


「どうして道を逸れちゃうの? キグノ、おしっこ?」

 いや、もよおしてないって!

「小川とは違うほうだから、こっちには何も無いよ?」

 まあそう言わずに乗っていろよ。


 丘を一つ越えて下りに入る。なあ、嫌でも目に飛び込んでくるだろ?


「わあっ! すごい!」

 こいつが香りの元だぜ。

「一面の花畑! こんなにいっぱい!」

 ここまでくると強烈な香りだ。お前の鼻にも相当香ってるはず。


 背中を降りた相棒は花畑に駆け込んでいく。俺もその後をゆったりと付いていった。

 しばらくは咲き誇る花々を見て回ってる。それで十分に堪能したのか、寝そべってる俺のところへ戻ってくると、背中を枕にして寝転んだ。


「ねえ、キグノ」

 なんだ?

「わたし、生きたい」

 当たり前だろ?

「生きて、こんな光景をいっぱい見たい。母さんの分も父さんの分も長生きして楽しく過ごしたい」

 親父さんもお袋さんも絶対にそれを望んでるぜ。

「キグノも一緒にね?」

 お前がそう望むんならな。

「どうせ生きるのなら誰かの役に立ちたいの」

 良い心掛けだ。

「神様はわたしに治癒の才をくれたんだもの。だったら、わたしが生きれば生きるほど多くの人に生を分けてあげることができるはずなの。そんな風に生きていきたい」

 なら、俺にできるのはお前を守ることだ、相棒。それが巡って人の役に立つって言うなら悪い気分じゃないぜ?

「わたし、頑張る」

 ああ、俺もだ。


 心の綺麗なリーエは花の蜜みたいな味がするぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第三十話は道を語る話でした。フュリーエンヌは生きる気力を取り戻しつつあります。ですが……?

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