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一人と一匹(2)

「キグノー! ごはーん!」


 おお、メシだ、メシだ。もう外も真っ暗だしな。程よく腹も減ってるぜ。


 まだ自分の皿をテーブルに運んでいた相棒が椅子に着くのを待ってから皿の中身に口を付ける。

 肉と野菜のごった煮か。匂いからして俺の分を取り分けてから残りに味付けしてから食ってるな。人間が食うのと同じ味付けで出されるとちょっと濃すぎるし。そっちのが美味いのは美味いんだけどな。


 本当はがっつきたいとこなんだが、皿の中身をゆっくりと片付けていく。人間はメシを食うのが遅い。俺が普通に食っちまうとすぐに終わって、リーエは一人寂しく食わなきゃいけない。

 相棒が食い終わるちょっと前くらいに皿を空にして、ひと口ふた口寄越せって言うくらいがちょうど良い。楽しい食卓ってやつだ。


 この家には相棒と俺の二人きりだ。普段は彼女の親はいない。

 母親に関しては小耳に挟んだ程度しか知らない。何せ俺が来る前の話だからな。

 リーエのお袋さんはクレアヴェスって名前だったらしいが、相棒が産まれて一()かそこいらで病気で死んじまったって話だ。

 だから顔もどんな人間だったのかも全然知らない。ただ、匂いは憶えてる。リーエの寝室の隅に戸棚があって、中に小箱が入っている。その中身はお袋さんの髪のひと房。


 人間は死んだら夜を待って死体を焼く。「夜の黄盆(つき)へ還す」んだそうだ。そこに魂の居場所があって、そこから来てそこへ還っていくのが正しいって考えらしい。犬にはよく解らん。


 相棒は時々小箱の中身を眺めてる。お袋さんとは、そん時にちょっと匂いを嗅ぐだけの間柄だ。


 親父さんは生きてるぜ。だが、たまにしか帰ってこない。

 シェラードって名前の親父さんは、交易商人をしてる。このステインガルドのあるイーサル王国の王都スリッツから、南のメルクトゥー王国の王都ザウバへ行ったり来たりの暮らしなわけだ。だからイーサルに帰ってきた時、何()かだけ家に帰ってくる。


 シェラードもやっぱりこのステインガルドの生まれで農家の長男だったんだが、『倉庫』能力者なんだとさ。特殊な魔法で物を出し入れできる能力だ。

 だもんで、親父さんはその能力を活かして交易商人に弟子入りした。二十~三十人に一人くらいしか出ない能力だから重宝される。農家を継ぐよりゃそっちのほうが実入りが良いって寸法。下に兄弟もいたから気を遣った部分もあるんだろうな。


 修行を積んで独り立ちしたと同時くらいにクレアヴェスと結婚してリーエが産まれたわけだが、すぐに母親が逝っちまったもんだから大変。親父さんはまだちっちゃいリーエを連れて旅暮らしをしなくちゃならなくなった。俺と出会ったのもその頃の話だ。

 幸い、シェラードはかなり能力の高い『倉庫持ち』だったし、安くなった反転リングって魔法具のお陰もあって、小さな馬車でも交易商人はやっていける時代になってた。修行時代に作った伝手もあって取引は順調だったし、親父さんは剣もそこそこ使えて護衛も要らないってんで、当分は二人と一匹でのんびりと旅暮らしをしていたのさ。


 事情が変わったのは、相棒が八歳になった頃。水系の魔法の能力に目覚めちまった。当時は軽く考えていて、ちょっと使えりゃ便利くらいな思いでスリッツやザウバ滞在時に魔法講師のとこに通ってたんだが、治癒(キュア)の適性が恐ろしく高かったようで本格的な修行を勧められた。

 でもな、リーエにしてみりゃ親父さんと二人だけの頼りない暮らし。一人修行に出るのは嫌だったんだろ? 高望みはせずに独学で行けるとこで十分だって言ったのさ。

 シェラードもそれで良いって思って、羽振りは悪くないもんだから高価な魔法教本をたんまりと買い与えるだけに済ませてた。

 ところが相棒の才能はそれで許しちゃくれなかった。十歳になる頃にゃ、ちょっとした治癒魔法士に育っちまってたんだ。


 そこに目を付けたのはこのステインガルドの連中さ。

 何せ冒険者ギルドも無けりゃ、遠く離れた地とも文章のやり取りが出来る情報通信魔法具の伝文装置も置いてないような片田舎の小さな村だ。当然治療院などという便利なものは無い。村人は、大きな怪我をしたり重い病気に罹ったりすれば半()ほど馬車や鳥車に揺られなくてはならない隣町に頼るしかない。

 そこへ村に縁のある治癒魔法士が現れたとする。放っておけるわけがない。兎にも角にも居付いてくれるよう説得に説得を重ねた。

 少女が旅暮らしを続けるなど将来の為にならないと言い募り、ステインガルドには伯父が居るわけだからそこへ預けるべきなのではないかと持ち掛けたのさ。話としては筋が通っちゃいるが、相棒もなかなか首を縦に振らなかった。

 でも、シェラードもその頃の暮らしに無理を感じてたんだろうな。伯父のクローグのとこに厄介になるようリーエを説き伏せて話を進めた。それが彼女が十一の時だ。


 それから二()は伯父の家で暮らしてたんだが、相棒の不満が爆発しちまった。親類とはいえあまり馴染みのない家族と暮らすのを嫌がって親父さんに直談判した挙句、家を一軒建てさせた。それがこの家。

 だから、ここにはたまにシェラードが帰ってくるだけで、普段は俺とリーエだけってわけになる。親父さんの稼ぎと相棒の治療報酬で結構ゆとりある暮らしはできてるんだけどな。


「どうしたの、キグノ?」

 くんくんくん。

「ほら、わたしのお皿も空でしょ? 最後のひと口食べちゃったじゃない。きゃ、そんなに頬っぺた舐めないで。本当にわたしのことが好きなんだから」


 だから煮込みの匂いが取れてないって言ってるだろぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第二話はフュリーエンヌの話でした。今に至る十数年をかいつまんでの内容なんで、ほとんど説明に終始な感じ。ですが、今回は一人称だから純粋な地の文じゃなくてキグノの一人喋りになる訳です。だから彼の知らない部分は触り程度で流すしかありません。

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