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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
ステインガルドの生活

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終わる日常(1)

 相棒の足取りは軽い。そこからうきうきとした感じを読み取れないものは居ないくらいだろうぜ。

 それもそのはず、もう新輪(しんねん)が近い。そろそろ親父さんから伝文が入る頃合いだろうな。もう少しで帰るってな。


「ねえねえ、キグノ」

 なんだよ、レンダ。

「やっぱりダメなの?」

 だから、何遍もダメだって言ってるだろうが。


 こいつは鍛冶屋のハーマンのとこの犬のレンダ。俺を見掛けりゃ寄ってきやがるが、今陽(きょう)はいつになく良い匂いをさせてる。尻尾の振り方もとんでもなく煽情的だ。

 あー、もうそんな時期なのか。定期的にこの雌は俺に秋波を送ってくるんだよ。


「自分でいうのも何だけど、あたしって良い雌じゃない? そろそろキグノもあたしに乗りたくなってきたんじゃないかと思って」

 無理なんだって。そりゃ。お前は確かに奮い立つような良い雌だぜ。でも、俺が何だか知ってるじゃないか?

「知ってるよ。あんたは持つ者(魔獣)だね」

 俺がお前を孕ませたら、何が産まれてくるか分かるだろ? お前、魔獣の仔犬を育てられるのかよ?

「んー、どうすれば良いのか分かんない」

 だろ? だから諦めろって。

「でもさあ、あたしの中の雌が囁くんだよ。あんたみたいな強い雄の子が産みたいって」

 黙らせとけ。


 こんな具合だ。なかなか聞き分けてくれない。

 俺だって我慢してんだぜ。この雌の出す臭いは雄の頭を直撃してくらくらさせやがる。本能に抗って踏ん張っている俺の気持ちも汲んでくれよ。


「つれないねぇ」

 つられて堪るか。

「乗りたくなったらいつでも言ってね。待ってるから」

 待たんでいいから、早くその辺の犬で妥協しちまえ。


 レンダの奴、わざと俺に尻尾を見せつけながら通りを向こうへ行きやがる。そんなことしてたら腰抜けジークに襲われちまうぞ?


「うふふー、キグノったらもてもてじゃない」

 茶化すな。レンダが魔獣の仔犬を産んだらお前だって困るんだぞ、相棒。

「キグノって男前なの? 色んな女の子が寄ってくるけど、わたしにはもてる顔付きなのかなんて分からないし。格好良いとは思ってるよ?」

 自分だって寄ってくる雄が軒並み盛ってやがるだろ? ってことは、リーエも人間の雌としては別嬪の部類なんじゃないか。俺には分からないけど。お互い様じゃん。でも、良い匂いさせてるぜ?


 噛み合わない褒め合いをした後は、家に帰って昼メシだぜ。俺ももう腹が減って仕方ない。午後もどこかの家を回る予定だったっけ? 最近、病人多いな。


   ◇      ◇      ◇


 だが、午後の予定なんて関係なかった。食後に相棒がお茶を飲んでたら、慌てまくった歩調の足音が聞こえてくる。これだけ乱れてると誰だか分からないな。


 玄関を開けたのはリーエの伯父のクローグだ。どうした? そんなに血相を変えて。


「リーエ、大変だ! スリッツから伝文が届いた!」

 親父さん帰ってきたんだろ?

「王都に兄さんの……、シェラードの遺髪が届いたらしい!」

 は!? 何だって!?

「え……?」

「お父さんが野盗に襲われて命を落としたって書いてある!」


 相棒は訳が分からず呆然自失の体でへたり込んだ。俺は泡食ってクローグの手から伝文を書き写した皮紙を咥えて奪い取ると、リーエに押し付ける。


「父さんが……、死んだ……? なんで……?」

 待て待て、相棒! 早合点すんな! まだ完全に事実と決まったわけじゃない! 届いたのは情報だけだ! まずスリッツに行くぞ!

「どうしたの、キグノ? なに?」


 俺が服を噛んでぐいぐい引っ張っても、何が何だか分からない様子でぐらぐらと揺れてる。それで、俯くと顔を押さえて泣き出してしまった。だからまだ早いって!


「リーエ、とりあえず王都に向かいなさい! 確認するんだ!」

 クローグの言う通りだ。しゃんとしろ。

「いやっ! いやっ! いやぁ ── !」

 認めるも認めないも確認が先だ! 解れ!


 俺は取り乱す相棒の顔を無理矢理舐める。押し退けようとするがお構いなしだ。押し倒して押さえ付けると、とにかくべろべろと舐めまくる。

 早く落ち着け。ちゃんと考えろ。


「……早くしないと。馬を」

「俺が村長さんに頼んでくる。お前は支度をしなさい」


 なんてこった。冗談じゃないぞ。


   ◇      ◇      ◇


 コルビー、悪いが大急ぎで頼む。

「よく分からないが大事なんだな? 付いてこいよ」

 分かってる。今陽(きょう)は加減なしだ。


 いつもは二刻半(三時間)で駆ける道のりを、一刻半(二時間弱)で駆け抜けてくれた。恩に着るぜ、コルビー。

 それでもアルクーキーに着いた頃には夕暮れが迫ってやがる。もう駅馬車が出てる時間じゃない。今夜はここで泊りだな。


 門扉の中に入ると伯母さんのウィスカが待ってくれてた。顔色は良くないが一応は冷静に見える。良かったぜ、これなら相棒を任せられそうだ。


「わああん、伯母さん! わたし……。わたし……、どうすれば……」

「落ち着いて、リーエ。私もそんなに冷静でいられないけど、まずはあなたがスリッツに行って確認してきてちょうだい」

「はい……」

「でも全部は明陽(あした)よ。今陽(きょう)は治療院に泊り。良いわね?」


 抱き付いて泣く相棒を宥めてくれた。これで一段落だな。

 とりあえず休め、リーエ。駅馬車でも王都まで四陽(よっか)は掛かるんだぞ?


 心配すんな。誤報だって。ほら腰にすりすりしてやるすりすりすり……。

第二十六話は日常の崩壊の始まりの話でした。しばらく鬱展開続きます。

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