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パン屋のハリス(3)

 良い仕事してんじゃないか、主人。ほんとは腹いっぱい寄越せって言いたいところだがよ、こういうのはちょっとした贅沢ってのが良いんだぜ。違いの分かる犬だろ、俺?


「キグノも気に入ったみたい。贅沢も憶えちゃってるからねぇ」

 たまにだ、たまに。

「村のみんなにも宣伝させていただきますね、デックスさん」

「本当かい? それは助かるね」

「だってこんなに美味しいパンなのに、売れないからお店をたたんでどこかに移っちゃうのなんて困るもの。欲しい時にすぐ買いに来れなきゃ嫌」

 主人もこれだけべた褒めだと満面の笑みだな。

「そうしてくれると嬉しいわぁ」


 お、新顔の登場だぜ。気配はしてたから分かっちゃいたんだけどな。

 割とふくよかな人間の雌だ。こりゃ主人の嫁で、ハリスの母親ってとこか?


「リンディーヌよ、リーエちゃん。交易商人の娘さんなのね。裏まで聞こえてたわ」

「はい、父はシェラードと言います。だいたい三往(三ヶ月半)置きくらいに帰って来ますよ」

「そんないいとこのお嬢さんがどうしてこの村に?」

 なんだ? いやに突っ込んでくるな。

「いいとこだなんて。ただの一人交易商です。父も母もこの村の出ですので」

「それで今はここの治癒魔法士に?」

「ええ、まあ……」


 おばさん、狩りをする雌の目になってんぜ?

 あと、ルッキ。そんな切なそうな顔で俺にパンを差し出さなくても良いから。俺はそのうちまた食わしてもらうから食っとけ食っとけ。気持ちだけもらっとくぜ。その代り、頬っぺたを味わわせろぺろぺろ。


「うちの人もこれだけの腕を持ってるんだから埋もれるのはもったいないでしょう? そう思わない?」

「そうですね」

「ハリスもうちの人に仕込まれて将来は素晴らしいパン職人になるはずなの。その為にはこの店がもっと流行ってくれないと困るのよねぇ。協力してくれないかしら?」

 こいつ、店もそうだが息子も売り込みにきてやがる。強かな雌だぜ。

「隣町からもお客さんが来るようになったら成功よねぇ。あとは将来有望なハリスがここに腰を落ち着けられる環境になったらねぇ」

「はぁ、そうなると良いですね?」


 相棒に照準を定めてくれてんじゃん、このおばさん。押しが強い強い。

 金持ちで、そのうえ村での信頼が篤いのを察して、リーエを取り込もうとしてやがんな? 鼻の利く雌は怖ろしいぜ。

 まあ、ハリスがこれと同じパンを焼けるようになるなら見込みがあるのも事実だな。そこへ資金力が加われば未来は明るいってもんだ。


「また来てね、リーエ」

「うん、寄らせてもらうね」

 ちびすけたちも満足そうだ。


 このハリスって雄、どれだけのもんか見ておくか。


   ◇      ◇      ◇


 午後の託児院にハリスもきてる。お袋さんにケツを叩かれてんのか、あれからこまめに相棒のところに通ってきてるのさ。それも良いが、パン職人として精進しろよ、ハリス。


「大変だったんだ」

「そうなんだ。僕だってパンでは負けたつもりは無かったんだけど、あいつらいっぱい店を出しててさ」


 デックス家は王都スリッツで店を出してたらしい。

 修行を積んだ主人が店分(たなわ)けで新しく店を構えて、味で勝負して割と評判を得たところまでは良かったんだけど、そこからがマズかった。同じ区画にある大手商会の経営するパン屋と一騎打ちで優勢にまで持ち込んだようだが、資金力で遥かに勝る相手が安値勝負に移行してきたみたいだ。

 最終的には敗れてしまい、資金の残りも乏しくなったデックスのパン屋は店をたたんで土地の安い田舎町へと移転せざるを得なかったんだとさ。


 人間の社会じゃ良くあることなのかもしれないけど、親父さんみたいにもっと上手にやれないもんかね。そのほうがみんなが幸せになれるじゃん?


 その後は取りとめのない話が続き、おやつの時間になる。午前中のうちに焼いていたクッキーが皆に配られ子供たちは歓声を上げるが、更に盛り上がりを見せることが起こった。ハリスが朝に練習がてら自分だけで作ったというパンを出してきやがった。こいつ、相棒に良いとこ見せたいんだな?


 そいつは小さめのパンで、子供でも数口って程度だったんだがなかなかに凝ってる。乾燥果物を刻んで生地に練り込んであり、パンそのものの甘味に酸味や果物の甘味がアクセントになっているという、一般家庭ではあまり作ったりはしないような代物だ。

 ハリスは自慢げにそれを説明してやがる。誰も聞かずにパンそのものに目を奪われているけどな。


「はい、キグノ」

 おう、美味いじゃないか。褒めてやる。指の股までぺろぺろ。

「んふふ、くすぐったいよ」


 ぴくりと反応したハリスが目を皿のようにしてリーエを見てる。


 頬っぺたをぺろぺろ。

「何? お礼? いいのよ」


 俺の口元にキスする相棒を見て口が半開きになる。


 耳をはむはむ。

「はあん、ダメよ。そこはダメって……」


 ぶるぶると震えるリーエに、上気して口をぱくぱくさせる。


 よし、最後は前脚で胸をぷにぷにしてやるぜ!

「やん。悪戯しちゃダメってば、キグノ」


 ごくりと唾を飲んでハリスは身をよじり始めちまいやがんの。


 面白いな、こいつ。もっと見やがれぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第二十二話はハリス押せ押せの話でした。美味しいパン目当てのリーエに、母子してロックオンです。それぞれ意図は違いますが。

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