シェラードの帰郷(3)
次の陽の昼下がり、相棒はシェラードとルドウ託児院に来ている。
「いつもありがとうございます、シェラードさん」
村長から土産を受け取ったんだな、モリック。
「構わないよ、モリック君。私も君たちには世話になっているからね」
「世話だなんてそんな。いただいてばかりで」
「ルドウ基金のほうに口利きしてくれたのは君だろう? そうでなければ私のような一人商人のところにあれほどの数の反転リングが回ってくるはずがないんだ」
苦笑いしてるってことは図星かよ。
「いえ、リーエちゃんが本当に親身にしてくれるので。うちだけはいつも無料で治癒を使ってくれるから、せめてもの恩返しにと」
「家族を癒すのに金を取ったりはしないよ、この子は」
託児院の五人だけは怪我だろうが病気だろうが、相棒は何も言わずにすぐ治療に行くからな。それを恩に感じてるんなら良いんじゃないか? 善意が巡っているんだから。
「それとこれは内緒だよ」
お、昨夜の焼き菓子じゃないか。良い匂いだぜ。
「え、私にもですか? ありがとうございます。コストー、ルッキもパントスもお礼なさい」
「ありがとう、おじさん」
「ありがとー」
もらっとけ。レイデも甘いもん好きだろ? 顔が緩んでるぞ。
「では、私はこれで」
「どこ行くの、リーエ」
「仕立屋のスチレットさんところ。お土産に服をもらったから直してもらうのよ、ルッキ」
スチレットは村の仕立屋さ。頼めば服も作ってくれるが、それほど皆裕福じゃない。どちらかといえば直しの仕事のほうが多いだろうな。
親父さんが服を買って帰る時はいつも大きめ。相棒もまだ育ち盛りだからな。下手にサイズを合わせようとすると小さくて困ることになる。だから大きめなのを買って帰って直してもらうのさ。
「ほんとー? 見たいー!」
お前も女の子だな、ルッキ。
「ダメよ、お邪魔しちゃ」
「ううん。一緒に行く?」
「わーい」
それで結局コストーたちちも付いてきたわけなんだが、直しなんてすぐ終わるもんじゃないし、採寸もしなきゃいけない。スリッツで買ったっていうお土産の服を見せてもらった後は手持ち無沙汰になる。通りに残された三人を俺が面倒見る羽目になるよな。
「美味しいね?」
「お菓子、美味しー」
「甘ーい」
美味いだろ。俺も食いたいが、ここは我慢だ。
「あとでもう一回おじさんにお礼を言わなきゃね」
「うん! あ!」
路地から出てきたのは例のジークって黒い犬だ。鼻をくんくんさせながら、こっちを見やがった。まさか……。
「くれよ」
おい、こら! お前!
あっという間にパントスの手からお菓子を奪い取る。間に合わないが、俺もそこで体当たりを掛けてやった。
だが、取り戻すのは無理で、噛み砕かれたお菓子が通りに散らばった。やってくれやがったな?
ジークは怯えてるが、もうどうしようもない。食っちまえ。俺はパントスを宥めるので忙しい。
「ふえぇ」
泣くなよ、パントス。ぺろぺろ。
「ほら、パントス。これを食べていいよ」
「え? 兄ちゃんは?」
「僕は良いから」
雄だな、コストー。よし、よく我慢した。辛くて手が震えてるのは見逃してやる。
俺はルッキとパントスを背に乗せて村から外に出る。そんなに離れるわけにはいかないからちょっとだけだぜ。
草むらが広がっている辺りで二人を降ろすと、コストーに任せてそこで待つよう横腹を押し付ける。
匂うぜ。居るな。
姿勢を低くして、足を忍ばせて歩く。で、一気に草むらに突っ込むとそいつを咥え、前脚で押さえて絞める。
獲物をぶら下げて戻った俺はコストーに渡し、もう一度同じことをやって両手に獲物を持たせるとまた二人を背に乗せて村の中に戻った。
「あ、帰ってきたわ」
ん、託児院で待ってたのか? そりゃ、外に居るはずの俺らが消えたら心配になるな。
「あら、どうしたの、それ」
「えーっと、キグノが捕ってくれたんだけど……、夕食にかな?」
「ほう、炎兎じゃないか。何があったんだい?」
コストーが仕立屋の外であったことを、シェラードを始めとした皆に説明してくれる。そればっかりは俺にはどうにもならないからな。助かるぜ。
「そうだったか。それならキグノの贈り物だ。受け取るといい」
さすが親父さん、解ってくれるか。
「でも、キグノが捕ったんだからリーエのじゃ……」
「違うの。それはキグノがコストーの為に捕ったんだからもらってあげてくれる?」
そうだぜ。
俺はコストーの後ろから頭でぐいぐいと押す。そうすると、上手い具合にレイデに差し出すような感じになるからな。
「じゃあ、美味しくいただいてあげましょうね」
「綺麗に捌くのを勧めるね。魔石のほうはそれほどではないが、毛皮のほうは高く売れるのだよ。毛並が綺麗で、しかも火系魔法への耐性もある。この辺には多いが、すばしっこくてあまり市場に出ないからね」
だと思ったぜ。前にトルウェイがひと稼ぎしたって言ってたからな。
「あら、そうなのですか? では気を付けますね。あ、もしかしてそれで?」
「そうみたい。ね、キグノ?」
通じたみたいなんで、俺は下がって座り込む。あとはそっちで話を付けてくれ。
「魔石と毛皮をアルクーキーの冒険者ギルドに持ち込んでもらいましょうね。それでお金になったらお菓子をいっぱい買いましょう。キグノからの贈り物よ」
俺はこいつの心意気に打たれただけだ。あとは好きにするといい。
「ありがとう、キグノ!」
そんなに抱き付くなよ、コストー。
口元にお菓子の匂いが残ってるだろぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
第十八話はコストーへの贈り物の話でした。シェラード家と託児院の関係を描く軽いエピソードにする気だったんだけど、ちゃんと練ったら一話になりましたな。程よい感じかな?




