シェラードの帰郷(2)
今夜はゆっくり夜更かしでも何でもしてくれ。
さて、親父さんが居るんだから面倒事はさっさと済ませておくか。風が情報を運んでくるし、放っておくわけにもいかないじゃん?
居た居た。こいつらか、ひとの匂いに上書きしやがって。挑戦状叩き付けるような真似だって分からないのか? さては若造だな?
「あの匂いなんだったんだ。妙に念入りだったろ」
「中に住んでる犬に決まってるだろ? 上書きしてたんだから」
速いな。風の結界張って抵抗を弱めてるのか。ってことは風犬だな。使ってくるのは風波。至近距離で食らわなきゃなんてことない。ただ、動きは速いから近接戦には持ち込みたくないぜ。
「普通の犬が俺らの匂いに上書きするだって? 尻尾巻いて逃げないか?」
「外を知らないんじゃないか? 人間にべったりで、匂いで強さが分からない奴いるだろ」
さあ、匂いで強さが分からないのはどっちだろうな? 泳がせてやるのは、群れのとこまで案内してもらうまでだぜ。
ほーら、居た。そんなところに陣取ってるってことは西から流れてきた群れか。風下なら俺の匂いに反応しただろうからな。
「ただいま戻りました、ボス」
「ごくろうさん。どんな様子だった?」
「俺らの匂いに上書きしてやがりましたが、一部だったんでただの人間の飼い犬みたいです」
そりゃ、他の群れが居るなら全部上書きするだろうからな。自己主張しなきゃなんないし、そいつが流儀ってやつだ。
でも、俺はお前らの足取りが掴みたいから、わざと何ヶ所かだけにしといてやったんだぜ?
「それで、どんな感じだ?」
「やっぱり餌は多いですよ。呑気に暮らしてます。何でこんな良い餌場、縄張りにしてる群れが居ないんだか?」
「運が良いんだろ? なら、存分に居付いてやろうじゃないか」
好き勝手ほざいてやがるな。じゃあ、そろそろ締めとくか。
「人間はそれほどの数じゃ無いみたいです。ガキも少ないかも」
「それならあまり攫って食うとすぐに減ってしまうな。ほどほどにしとかねえと」
そいつはやめといてもらおうか。
「なにぃ! 誰だ!」
「どこだ! どこにいる!?」
「探せ探せ!」
そんなに遠くないぜ。だが、お前らには掴めないけどな。
「全然気配がないぞ!」
「何でだ!」
「くっ! 闇犬の目くらましか。お前ら、尾けられたな?」
さすがはボス。多少は頭が回るか。それでもこっちの居場所まで突き止めるのは無理だろうけどよ。俺もずっと移動してるからな。
「微かに匂いがするぞ! 風上だ!」
無駄だぜ。俺はずっとお前らを捕捉してるが、俺の居場所はお前らには分らない。
「汚いぞ! 姿を現せ!」
「闇犬なら群れだ! もしかして囲まれてるのか?」
「待て。この匂い、群れじゃない。単独で挑んでくるだと? まさか影狼!?」
さあ、どうだかな。そいつが分かった頃には、お前の命はないかもしれないぜ。悪いことは言わないからさっさとどこかへ行っちまいな。
「ぐぅ。また匂いが消えた。動いているのに全く気配がしないだと?」
「ボス、それじゃ取り囲むのも無理です! どうしますんで?」
「影狼なら遠隔攻撃はねえ。身体もでかいし力も強いが目くらましと目潰しだけだ。外向きに丸くなって警戒しろ」
そんでどうするんだ?
「攻撃してきたら一気に取り囲め!」
「分かりやした!」
なるほどな。
風が鳴いて夜空を裂くとボスの傍に突き立った。これでも守りを固めていられるのか? そりゃちょっと間抜けだろ?
「馬鹿な! これは!」
「こんなの突き刺さったら一撃で終わりだ!」
「狙われてますぜ、ボス! 話が違わないですか?」
さあ、どうする?
「あり得ない……。どうしてこんな特性魔法を……?」
「ヤバいですぜ! 俺たち、何を相手にしてるんですかい!」
次は当てるぞ。そろそろ決めろ。
呆けている群れのボスに最後通牒を突き付ける。本気だぜ。その気になりゃ躊躇いもなく当てにいくからな?
「マズいよマズいよ、ボス! ここはこいつの縄張りだったんだ。だからぽっかりと空いてたんだって!」
「そうだ! 手ぇ出しちゃいけなかったんだ!」
「ぐ……」
利口になりな。長生きしたかったらな。
「逃げろ。もっと東へ行くぞ」
「へい!」
待っていたとばかりに揃って返事すると、脱兎の如く駆け去っていく。そうしとけ。まあ、東のほうも色んな連中の縄張りだけどな。
せいぜいあっちで俺の噂を広めてくれ。あの小さな村に近付くなってな。近場の連中は解ってるはずだけど。
やれやれ、粘りやがって。ひと仕事だったじゃないか。さっさと相棒のとこに帰るぜ。その前に匂いを付け直しといてっと。
腹が減ったな。リーエになんかねだるか。晩メシが豪勢だったんだから、残りもんもそれなりに期待できるぞ。
ん? 甘い匂いがしやがる。
「あ、お帰り、キグノ。見回り?」
おいおい、なに二人で美味そうなもんを食ってやがんだよ。こら、寄越せ。
「あー、ダメよ! お外を走り回った脚で膝に乗らないで! お行儀悪い」
「勘弁してやりなさい、リーエ。彼を除け者にしちゃいけないよ。お前にとっては大事な相棒なんだろう?」
親父さんは解ってるだろ? 都会の焼き菓子じゃないか。くれ。
「もう、仕方ないんだから」
香ばしいな。指まで香ばしい匂いだぜぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。
第十七話はキグノのお仕事の話でした。全体的にはほのぼのムードの本作ですが、戦闘シーンを作らないつもりも無いんですよ。時々はこんな感じで秘密も含みつつ、です。