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アルクーキーの陽(5)

 まだ捲し立てているラウワイ商会の親父に向かって、ムッとした表情の相棒が立ち上がっちまった。


「なんでそんなこと言うんですか!」

 おい、止せって、リーエ。

「ちょっと悪戯しただけじゃないですか! ちゃんと叱ればこの子だって解ってくれます! もう同じ悪戯はしなくなりますから!」

「なんだ、小娘。わしに盾突く気か? そいつが例の兎だな? さっさと寄越せ!」

 感電したいのか、この親父?

「嫌です! 殺されなきゃならないほど悪いことはしていません!」

「うるさい! そもそも魔獣をこんな街中で飼っているのがいけないんだろう? そいつだけじゃなく、全部処分しろ!」

「おいおい、そいつはどういう了見だ?」


 騒ぎに治療院の入院患者やちょうど居合わせた患者が集まってきてる。今、声を上げたのはその中でも冒険者風の男だ。


「俺はそいつの世話になったから、こうやってまた腕が動くようになってきたんだぜ?」

 ああ、深手を負って入院してたのか。

「ちゃんと動くようにならなきゃ冒険者は廃業だ。俺は路頭に迷うところだった。なのに全部処分しろとはどういうことだ? お前、俺たちから仕事を奪う気なのか?」

「く、黙れ! 貴様みたいな荒事師風情が何人か減ったところで大したことにはならん! それよりわしの顔に泥を塗った魔獣を許しておけるか!」

「あー、そうかい。じゃあ好きにしろ。その代り、金輪際お前んとこの出入りの商隊には護衛が付かないと思えよ」

 まあ、怒らしちまうよな。そこまで言ったら。

「俺の腕を引っ掻きやがった虎の魔獣はまだその辺をうろついてるからな? 動けるようになったら絶対に狩ってやろうと思ってたんだがやめだ、やめ。ギルドの仲間たちにも声掛けてやるから覚えとけよ。仕入れの隊のうち、どれだけが無事に辿り着けるかね?」

「わ、わしを脅してただで済むと思うなよ?」


 親父は凄んでるが、これなら仔犬が牙剥いているほうがよほど怖いぜ。本当に噛み付いてくるかもしれないからな。


「そこまでしなくたってすぐ片が付くよ」

 お? おばさん、やる気か?

「わたしらがラウワイの店で何も買わなくなりゃイチコロさね。ここの治療院にはさんざん世話になってるし、それにリーエちゃんの治癒(キュア)はすごい効き目だから、こういう時に恩返ししとかないとね」

「皆さん……」

「それに雷兎ちゃんたちにもずっと和ませてもらってたんだ。魔獣だからって処分とか信じられないよ」

 完全に風向きが変わっちまったな。

「今どき、魔獣だからって何でも殺せばいいなんて流行らないぞ!」

「そうだ! 知らないのか? 神使の国の騎士様だって、良い魔獣と悪い魔獣が居るって言ってるだろう!」


 親父が及び腰になったところで、騒ぎの通報を受けた衛士が駆け付けて来やがった。こいつはもう何を言ったってなるようにしかならないな。


「申し立ての内容に間違いは無いか?」

 まともな衛士だな。金持ちに日和ったりしないか。

「では治療院は然るべき弁償と謝罪をすること。ラウワイ商会は教会の敷地を借り受けたに過ぎない。振る舞い他の費用と敷地の賃貸料は正規に負担すること」

 自分の都合でやった分は払えってことだな?

「人に危害を加えてしまった以上、当該の魔獣、雷兎(ライトニングラビット)一匹は無罪とはいかない。町の外に追放とする」


 患者たちからは落胆の声が上がるが、このくらいは仕方ないところだろうな。そうでないと収まるものも収まらないじゃん?


「おいら、どうなっちゃうの?」

 放り出されるってことになっちまった。

「えー、塀の外に出されたらすぐに食べられちゃうよー!」

 大人しくしてろ。良いな、よく聞け? 外に出されたら、手近な茂みにすぐに隠れるんだ。今夜はそこでじっとしてろ。

「じっとしてればいいの?」

 そうだ。広いからって浮かれて跳ね回るんじゃないぞ。明陽(あす)の昼までとにかくじっとしてるんだ。

「分かったー」


 相棒の手から取り上げられた雷兎は、袋詰めにされて連れていかれる。


 リーエ、そんなに不満と心配を顔に出すんじゃない。


   ◇      ◇      ◇


 翌陽(よくじつ)、治療院での勤めを終えた相棒と俺はアルクーキーの門扉から外に出た。そこから俺は匂いを追って雷兎が隠れてる茂みを探し当てる。


「兄貴ー!」

 跳び付いてくんな。まあ、心細かっただろうから許してやる。

「怖かったよー」

 いや、俺みたいなのを怖がれ。普通は食う側だぜ。

「んー? 兄貴は怖くないよー?」

 そこを省みろって言ってんじゃん。


「良かった。兎ちゃん、無事だったのね?」

 心配すんな。段取り通りだ。

「うちにくる?」

プゥプー(いいのー)?」

 いいや、無理だ。


 この程度の騒ぎでも、じきにステインガルドまで伝わってくるだろう。そうすればこいつが雷兎だってばれてしまう。あの小さな村じゃ魔獣だって知られると厳しいってもんだ。


 コルビー、悪いがゆっくりで頼む。

「構わないぞ。それを乗せてたら走れないだろう」


 村の馬とも付き合いが長い。聞き分けてくれるから助かるぜ。俺は雷兎を背中に乗せていつもの道を歩いて戻る。結構進んだところの小川沿いの森に着いたら降ろしてやった。


 あの森で暮らせ。同類も棲んでるし、噛み兎(バイトラビット)や普通の兎もいる。この辺は敵も少ない。あとは好きにしろ。

「ほんとー? やったー!」

 その代わり、誰も餌を運んで来てくれないからな? 自分で探せよ。お前らの場合、そこら中餌だけどな。

「うん、平気ー。兄貴、また遊びに来てくれるー?」

 来ないって。他の兎と仲良く暮らせ。


 まあ、通り掛かりには匂い付けして妙なのが近付きにくくはしておいてやるけどな。


「行っちゃった。兎ちゃん、元気に暮らせるかな?」

 問題無い。あれが普通なんだぜ、相棒。


 安心しろ。ほら、落ち着けるように舐めてやるぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第十話は雷兎騒動の終わりまででした。導入も終わって、このエピソード辺りから作品テーマに踏み込んできました。とは言っても、何てことない話を挟みながら進めていくつもりです。

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