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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
幸せの場所へ

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牧場の生活(9)

 次の()の昼下がり、相棒はポレットと仔牛柵に腰掛けてる。他愛のない話をしていたが、力無い笑顔を見せるリーエに友人は気付いたようだな。


「元気ないよ。どうして?」

 昨夜の出産見学中は普通だったもんな。

「あの子たちに話した仔牛の未来は正しいのかと考えてしまうの」

「えとえと……、気に入らない?」


 そりゃ戸惑うよな。急速に親密になった友達が自分の行為で不機嫌になったら、心が離れていっちまうと思って不安にもなるじゃん。


「違うの。乳牛が産業動物だっていうのは理解しているのよ。でも、その命を人の都合で左右しているのを知って、彼らはどう感じるのかしら? それが当然だって思い込んでしまわないのかしら? それが心配」

「あー、そう言われるとそうなんだけど……」

「歳を経てお乳の収量の減った牝牛もさよならするんでしょう? その現実を彼らは知っている。動物の運命を人は変えても良いんだって思っているなら悲しくなって」

 お前はそう考えるよな。

「命への感謝は忘れないよう教えているつもりなんだよ。でも、改めて言われると、その辺の感性は私もすり減ってきてるかも」

「感受性の高い子供はありのままに受け取ってしまうかも。そんな風に考えちゃうの。別にポレットの家業を否定するとか、あなたを軽蔑するとかそんなんじゃないから誤解しないで」

「うんうん、子供に牧場の実態を教えるのに迷いがあるんだね?」


 頷く相棒にポレットも悩んでる。どう伝えればいいのか困ってるんだろう。


 まず語ったのは牧場の実態だ。

 雄牛の仔を種牛として残す五頭に一頭以外は肉にしてしまうのは既に語られている。黒縞牛(ストライプカウ)は魔獸に分類されるので、そのままなら八十()は生きる雌牛も、収量の減る二十五歳以上は肉にされる現実がある。

 仔牛ならあの味だ。間違いなく引き合いがあるといっていい。歳経た雌牛は味が落ちて食肉として引き合いがない場合もある。それでも隣のセネル牧場に餌として引き取られていくらしい。命は無駄にならないな。


「そういうのに年長の子は慣れているのは本当」

 だろうな。

「当然だとは感じていないと思いたいの。でも、それを否定できないわたしがいるの。こんな甘い考えを聞かせてごめんね」

「でもでも、感謝を込めて、その命に敬意を抱いて接していると思うんだ。必要以上の感情移入を避けるために名前を付けるのは禁じてるけど、あの子たちはちゃんと見分けて触れ合ってるもん」

「それはポレットも、でしょ?」

「うん。それに時間が許す限り雄牛も雌牛も綺麗にしてあげているんだ。こいつらがそれが好きだって知ってるし。仔牛とも本当に楽しそうに遊んでる。たぶんね、彼らなりにこいつらの生涯ができるだけ幸福であるように接してあげているはず。それは私の思い込みじゃないんじゃないかな?」


 当たってると思うぜ。だって、こいつらは本当に幸せそうだ。


 どうなんだ?

「幸せよ。ここでの暮らしは充たされてるわ」

 だよな。大人しく飼われてるってことは自分の役割も納得してるって意味だもんな。

「ええ、当然よ」


 本当ならこれを聞かせてやりたいんだけど、それができないからままならない。どうするのが正しいんだろうな?


「……わたしって本当に馬鹿でもの知らず。ごめんなさい、ポレット。牛たちへの思い入れが強すぎて、あなたや院の子を貶めようとするなんて思い上がりもはなはだしいわ。許して」

「いいのいいの。リーエの言葉って新鮮。改めて考えさせられちゃうもん。省みないといけないところもあるし、何となく察しろじゃなく彼らにちゃんと自覚を持って説明しなくちゃいけないよねー」

 ああ、それに越したことはないな。

「そう言ってくれると嬉しい。この子たちが現状をどう受け取っているのかも気になるけど」


 人間の気持ちで完結しないところが相棒らしい。


 どういう風に納得してる?

「納得もなにもここは楽園よ。あなたやセネル鳥みたいな人間社会でも通用する魔獣以外は入ってこないんだもの」

 襲われる危険性が無いってのはそんなに大事か? 結局長生きできないんだぜ?

「襲われる側の気持ちが解らない? 獣は虎視眈々と子供を狙っているし、魔獣は抵抗する雄を易々と奪っていくの。それが群れでやってくれば全滅だってありうるのよ?」

 あー、気を抜く暇も無いってのか。

「ここならどれだけのんびりとしてても、子供が好き勝手遊んでても、気にしなくたっていいの。無理のない範囲で協力するだけで人間が命を繋げていってくれるから」

 理にかなってんな。


 さて、どう伝えたもんか?

 俺は一つ吠えてリーエとポレットの注意を引くと、雌牛を引っ掻く振りをしたり、喉笛に噛み付く振りをしたりする。それから柵を前脚で叩いてみせる。さらに仔牛を鼻面でつついてみせると相棒の表情も変わる。


「そう、襲われないのが一番なの? 子供を安全に産み育てられるのが大切だって言っているのね?」

「キグノはこいつらの気持ちを代弁してくれてるんだ。利口だねー」

 どうしてもお礼がしたいなら今夜もチーズを食わせてくれ。

「そんなに信頼されてたんだ。嬉しい。明陽(あす)の朝は麦と豆を多めに入れてあげるね」

んももーう(ありがと)!」

 そっちかよ!


 でも、リーエが笑っているからいいか。上々の首尾だぜ。


「院の子のほうが、わたしよりずっと命と正面から向き合っているんだわ。それって素敵ね。ここはお勉強の場所。私も学ばなきゃ」

「何でも訊いて」

「ええ」

 やれやれだ。


 だから尻尾をはむはむするな。仔牛ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第百七話は命のお勉強の話でした。愛玩動物とは異なり、産業動物との接し方は一種独特のものが有るでしょう。現場の方は意見を異にされるかもしれませんが、過酷な自然の残る地での考え方と思ってください。

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