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ステインガルドの魔犬 ~ただの犬だけど、俺は彼女の相棒です~  作者: 八波草三郎
幸せの場所へ

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牧場の生活(6)

 立ち上がって相棒を舐め始めた仔牛へ歓声が上がる。それは徐々に喝采に代わっていった。治癒魔法の効果に驚いたんだな。


「すげえや、姉ちゃん」

「一瞬だったね」

「俺が骨折した時なんか一巡(六日)も治療院に通ったんだぞ。大魔法士だ」

 搾乳棟の役立たずが一気に大魔法士に昇格だな。

「ありがとう、お姉さん。この子とさよならしなくちゃいけないかと思ったの」

「ぼく、後悔で今夜は眠れないかと思ってた。本当にありがとう」

「そんな大それたことはしてないのよ。普通に治癒しただけなんだから」


 急に持ち上げられて目を瞬かせているリーエは戸惑いの声を漏らす。そんなんじゃ収まらず、ちびすけたちは囃し立ててる。


 問題無さそうだな?

「うん、平気。走っても大丈夫そう」

 そいつはやめとけ。


 念の為に仔牛の前脚を舐めて感触を確かめるが、おかしな風にくっついている感じはしない。でも無茶は制止しとく。


「あまり動かないで。明陽(あす)の朝、もう一度治癒(キュア)するから、今夜は静かにしているのよ」

 ほらな。

べー(うん)んべべぇー(休むー)

「あはは、返事してる返事してる。魔獣はリーエに従順だ」

「そんなんじゃなくて、普通に話しかけてるだけだってば」


 ポレットは仔牛を促して、病気の時に入る厩舎へとゆっくりと連れていく。一緒に歩く相棒を、子供たちは取り囲むように移動している。


「ねえねえ、リーエお姉さん、今度怪我の人が出たら連れてきてもいい?」

「アレクが熱出して寝込んでるんだ。来てよ、リーエ」

「ボーバー東地区の院のガント、腕を折ってたろ。連れてこようぜ」

 大人気だ。ほどほどにな。

「駄目よ、あんたたち。リーエの魔力だって限りがあるんだから」

 そうだぜ。

「ええ、症状の悪そうな子だけにして。夕方の時に連れてきてね」

「よし、帰って話そうぜ」

「わたしも院のお兄ちゃんに話してみる」

 おいおい、今夜には王都中の託児院に広まってそうだな。


 取り残されたのは仔牛の一団だ。


「遊ぼーよー」

 いいぜ。俺で我慢しとけ。

「わーい。尻尾、はむはむしていい?」

 それは勘弁な。


 次の()から昼下がりの臨時治療院が黒縞牛牧場で開かれる。噂に懸念を抱いたのか、ルドウ基金の職員が安全確認にやってきたが、普通の治療行為なのを確認したら帰っていったぜ。そこまで子供に気遣いしてるのは徹底してるじゃん。


「リーエはお疲れ様だからそこで見てて」

「俺たちが姉ちゃんに美味しい牛乳を準備すっから」

 下にも置かない扱いに早変わりじゃん。


 夕方の搾乳は特に相棒を労わる空気になっちまった。信頼は跳ね上がっても、手伝いたくても手伝えなくなったので苦笑いしてるけどな。


 おい、漏斗から牛乳が垂れそうだ。舐めてもいいか?

「あっ、駄目! 殺菌してあるんだから!」

「リーエ姉ちゃん、キグノを捕まえといてよ。邪魔」

 俺だけ役立たずのままか!


   ◇      ◇      ◇


 チーズ……。甘美な響きだぜ。

 保存食的なところがあるから塩気がきつめで、犬の俺じゃ量は食えないけどな。牛乳の旨味の集大成と言っていいくらい凝縮されてる。いつか腹いっぱい食ってみたいぜ。


 ポレットが相棒にチーズ棟を見学してみないかというので、俺とラウディも同伴させてもらってる。もちろん味見が目的だぜ。


「まずは牛乳にさ、このパシャの実を搾って濾した果汁とナナカルネ煮汁を加えるんだ。すると……」

「わあ、固まってきた! 面白い」

「これがカード。チーズの一歩手前ってところかな」

 ずいぶんと量が減った。味が濃厚なはずだぜ。

「半透明の上澄みはホエー。これも料理に使ったりするけど、大量に出るからほとんど廃棄」

「なんかもったいない」

「あんまり保存が利かないからね。うちや託児院、一部の料理店が欲しがるだけ。味はあんまりしないけど、栄養はすごいんだよ」

 舐めてもいいか?

「本当。味はピンとこないね」


 確かに旨味には乏しい。でも、汁物に入れたりすると美味くなるらしい。

 これはひと舐めで十分だ、相棒。ラウディなんて露骨に疑問符な顔してやがるじゃん。


「で、カードをこっちの湯桶で練ったり千切ったりしてやるとモッツァレラチーズが出来上がり。これも鮮度が命だから出荷先は限られてるんだ」

「見た目から美味しそうになってきたわ」

 同感だぜ。くれ。


 そこじゃ年長の子供たちがせっせと作業してる。搾乳はかなり簡便化してるのに、ここはほとんど手作業なんだな。

 ここでもリーエは歓迎されて、すぐに試食品が手渡される。うん、善行は積むもんだろ?


 うは、これこれ。美味いぜぇ。もっちりぷにゅぷにゅだ。ずっと噛んでいたい。

「あー、この味は料理に使いたいね。お店で扱ってたら欲しいもん」

「無理無理。管理が大変で、信頼の置けるところにしか卸せないから」


 ラウディはもう歓喜の舞を踊ってやがる。気が早いんじゃないか? まだまだ先がありそうなんだぜ?


「モッツァレラチーズを加熱して一度溶かして、塩を入れて固める。これがプロセスチーズ。牧場でも初期から出してた自慢の製品」

「ちょうど食べやすい柔らかさ。旨味も濃いわね。うん、美味し」


 ここのチーズは一級品だ。とびきり美味い。あとで雌牛たちに言葉を尽くして礼を言っとかないとな。


 とりあえず、相棒の指ぺろぺろぺろぺーろぺろぺろ。

第百四話はフュリーエンヌ躍進とチーズの話でした。彼女は信頼を勝ち得ますが、キグノは出番がありません。今回、でくの坊です。

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