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ゆずり葉の系譜  作者: 風花てい(koharu)
7/14

 その日は、ひとまず来た道を戻って、早々に宿に入った。 


 夕刻、綾瀬という男が、私たちを助けてくれた武士たちを代表して、挨拶にきた。

 綾瀬は、私の婚儀を仲立ちしてくれた人物でもある。父から話を聞かされた時には腰の曲がった好々爺を想像していたのだが、やってきたのは、弥一郎よりも幾分年上に見える若い男だった。彼と彼の部下たちは、主の命を受けて、ここよりももっとずっと先にある彼らの故国に近い場所で、花嫁の引渡しの儀に備えていたという。しかしながら、なにやら胸騒ぎがしてならず、ここまで馬を飛ばして来てくれたそうだ。

「ここらは昔から物騒でございますから、お節介を承知でまかりこしました。ご無事でなにより。姫さまにもしものことがあれば、それがしが、この首を殿に差し出さねばならないところでした」

 手刀で自らの首を叩きながら笑顔を見せる綾瀬は、爽やかな好人物に見えた。柔らかな物腰も話し方も、いかにも貴族受けしそうである。しかしながら、見た目と中味が同じかといえば、そうでもないらしい。この男、数刻前には、血刀を振り回しながら鬼神のような顔つきで盗賊退治の指揮を取っていたのだそうで、それを間近で見ていた乳母と乳母子の千草は、彼のあまりの変りように先ほどから目を瞬いてばかりいる。


だが、私たちが綾瀬以上に驚かされたのは、弥一郎だった。てっきり小物として入り込んでいるとばかり思っていたのに、綾瀬の後ろで物静かに控えている彼は、どこから見てもひとかどの侍であった。名も、綾瀬の名から一字をもらって彰昌と改めている。

「『弥一郎と再会した時には、初めて会う者として接せよ』と命じられておりましたが。あれでは本当に別人ですね」

 綾瀬たちが退出した後、千草が私に耳打ちした。「ちょっとだけ寂しいですね」という彼女の言葉に、私も小さくうなずいた。




 弥一郎改め彰昌たちが一行に加わった後は、安全に旅を続けることができた。富士の山に近づいた時には、「ずっと駕籠の中ではお辛いでしょうから」と、綾瀬が自分の乗る馬に私を乗せてくれもした。左手に雪を戴く霊峰を望みながら見通しのよい草原を馬に乗って進むのは、気持ちが良かった。 


「せっかくですから内緒話をいたしましょう」

 横座りで馬に乗る私の背後で手綱を握る綾瀬が言った。

「お公家からお輿入れなさる姫さまは、家中では新参者。実は、それがしも新参者なのでございます。 


 綾瀬が少年の頃、彼の家は我が婚家と覇権を争う大領主だったそうだ。

「ですが、私の父が病に倒れ、父は、幼い私では自分の国を守り抜けぬと考えました」

 どうせ負けるなら自分が存命しているうちがよかろうと、綾瀬の父は、自ら全ての家臣を率いて我が婚家の軍門に下ったという。 


「そんなわけなので、それがしは家中で一二を争う重鎮でありながら、いつまでも浮いた存在なのです」

 綾瀬が寂しそうに笑う。

「それがしには殿に取って代わろうなどという野心はございませんが、まだまだ信用されておりません。地元にいると昔の家臣と旧領民とで画策してなにかをやらかしかねないと煙たがれた時期もございまして、父の死後、見張りつきで都に厄介払いされもいたしました。姫さまとうちの若君を娶わせんと骨を折りましたのは、正直に申しますと自分の保身のためでございます。公家の姫さまをお連れできたことで主家に恩を売り、次代の北の方さまを味方につけることで我が一族の安泰を計ろうという、さもしい了見からです」

「一族を守ろうというお気持ちを、私は、さもしいとは思いませんが」

 私は、正直に言った。逆境を利用して主家にとって捨てがたい人物になろうと努力するところは、立派だとも思う。


「つまり、私が北の方としてつつがなく若殿にお仕えすることは、綾瀬さまの為にもなるのですね?」

「さようでございます。姫さまが栄えれば、我が家もまた栄える。その子が跡目を継げば更に」

 綾瀬が微笑みながらうなずく。

「それがしと姫さまは、一連托生の運命。なにがあっても、それがしだけは姫さまのお味方であり、そうする他には、それがしには取るべき道がないのです。それゆえ、姫さまのお父君は彰昌をそれがしにお貸しくだされたのでしょうし、彰昌も姫さまのためになると思えばこそ、それがしのためにも働いてくれるのでしょう。だから――」

 綾瀬が、気安い口調で前を行く彰昌に話しかける。 


「だから、私も姫のお味方として存分に働かねばならぬな。さもなくば、おぬしに何をされるかわからない」

「埒もないことを」 

 彰昌が、今まで見たことがないほど機嫌の悪そうな顔で、綾瀬を振り返った。それから、私に目をやると、これまた、今までされたことがないほど普通に話しかけてきた。

「姫さま。綾瀬さまは幼い頃から苦労をしすぎて、世の中を曲げて眺めずにはいられないのです。だから、単純明快な武将たちだらけの御家中で浮いてしまうのです。しかしながら、そのおかげで世の流れや機を掴むことには優れておりますから、煙たがれながらも得がたい人物として殿に重用されております。どうぞ頼みにして、存分に使ってやってくださいませ」

「わかりました」

 私は、顔を赤らめながらうなずいた。


 もしかして、こういう話し方が武家流というものなのだろうか? 

 それとも東国ならではの流儀なのだろうか? 


 これまで私の前では畏まってばかりだった弥一郎が、彰昌となって、こんなふうに気負いなく私に話しかけてくれることに、私は戸惑っていた。けれども、そうされるのが不快と問われれば、そんなことはなく、むしろ嬉しいような気がした。 


「おお、それがよい。我が手足の代わりに、この彰昌を働かせますので、どうぞ存分にこき使ってやってくださいませ」

 彰昌の憎まれ口に、綾瀬も憎まれ口で返す。主従というよりも友達同士のようなやり取りが可笑しくて、私は声を上げて笑った。


 どうやら、彰昌はここで楽しくやっているようだ。この分ならば、私もすぐに嫁ぎ先での生活になれるだろう……と、彼らを見ているうちに、これから新しい環境に入り込むことになる私の緊張も解れていった。









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