部屋。
神話をご存じだろうか。
遠い昔、遥か昔にあった、居たとされる神々の物語。
日本で言い伝わる神話だと、竹から生まれた輝夜姫だったり、八首の邪竜、八岐大蛇を倒した須佐之男命だったり。
しかしこれは今や作り話とされ、この伝承を信じ尊ぶ人間は数少ない。理由としては二つ。
信憑性に欠ける。”観測者”がいない。
二つは繋がっている。”観測者”がいないからこの話に信憑性は欠けるのだ。
この神話が実際にあったかどうかなど定かでは無く、根も葉もない作り話である、と言えない事も無い。
ではこれはどうだろうか。
異世界。パラレルワールド。
それは、あったかもしれない、あり得たはずの世界。
もし地球に隕石が衝突せず、氷河期などと言う絶対零度が到来せず。恐竜が現代に跳梁跋扈していたら。
この世界に超能力や魔法とかいう謎の基礎概念が存在していたら。
だがそれを調べる術は無い。異世界など無く、超能力などインチキだと、この世に生を成した時点で理解する。理由としては二つ。
自分の存在している世界がここだけだから。”自分が”能力を使えないから。
人間という生物は自分の出来ない事を否定したがるめんどくさい生命体だ。
自分が行ったことない、使えない。だからそれは無いと、決めつける生き物だ。
今の例文に共通しているのは一つ。
あり得るが、見たことない為分からない。
だからだろう。これまで大々的な研究が行われず、このすべてをフィクションのものだと決めつけていたのは。
ならば。
チュンチュン、キーキー、ホロロロロ。
今俺の目の前にある全てを説明するのに必要な言葉は一つ。
異世界はあった。
+ + + +
俺は開いた口が塞がらなかった。
なんだ、なんなんだこれは。
家の中に草が生え木が生い茂る”広大な”大地に変わっているではないか。
”面積で表すと東京ドーム何個分”とかいう単位では到底表しきれないだろう。
なんだ、なんなんだこれは。
あれか、近未来型猫型ロボットの出したどこでも扉がうちに常設されたのか。
だとするならリビングに帰れるのは何回目だ。
なんだ、なんなんだこれは。
駄目だ。思考がループする。
頭が痛い、今さっきまで寝ていた筈なのに今すぐベッドへ飛び込んで夢の中へと逃走したい。
俺はゆっくりと扉を閉め、目を瞑る。
そっか、俺の部屋は二階なんだよ。
などと意味不明な事を考え、二階に希望の光が見えた俺はその階段を上がっていく。
そもそも金欠な俺が色んな部屋を使うはずない、全部リビングで完結するように家具を移動させた事は頭に残って無いようだ。
わっはは~、俺の部屋だぁ~!
と、家を借りて以降一切開けていない扉を勢いよく開ける。
「たっだいまぁ~」
満面の笑みでその部屋に入っていく。
「あ、お帰りですっ」
バタン。
俺は真顔に戻り、世界一速く扉を閉めることに成功した。
なんか返事が返ってきたんだが?
俺は一人暮らしだって言ってんだろうに。
あ~あれか。ずっと一人だったから寂しくなってとうとう頭の中に彼女を飼い始めたのか。
それなら納得じゃん。
納得したくねえわ危ない奴かよ。
だがもう一度開けるのは嫌だ、自分の妄想を妄想のまま収めておきたい。
事実だと、もう一度確認したら俺はきっと発狂する。
ようやく貯めた10連ガチャで爆死する時と同じくらい発狂する。
そんなのは嫌だ。それも今回は目に見えた不幸しか待っていないときた。災厄のみ待ち構えるこの扉の先を確認する理由はあるだろうか。いいや無い。
何のピックアップもされていない10連ガチャほど闇なものはない。
なら引かない。絶対引かない。
よし、このままこの家を去ろう。
そう決意し、来た道を折り返そうとした時
「十也さん、入らないんですか?」
嘘だろ10連ガチャの方から来やがった。
何故わざわざ引かれに来る?無料10連は熱いけど入ってる内容が★2とかならボックス圧迫するだけでただの害悪なんだが?
現実、俺の脳内のキャパシティは容量をオーバーしている。それに今引いた10連ガチャのキャラは売却出来ないらしい。
目の前に消えないものとして映り込んでいる。
売却画面に移行できない。
いますぐアンインストールしてやりたい。
だめだ”俺の人生”とかいう名前のクソゲーは初期化しようが本体に登録されてるから消せない。
なるほど買い替えればいいのか。この古い端末は海か高いビルの上にでも捨てて来よう。
そして新たな親の下でニューゲームを始めようか。
「あのー?」
なんだバグでもあるのか。勝手に人工知能搭載型AI「尻」が反応してるぞ。
頼むからタスク切断だけでもさせてくれない?
「十也さーん?」
どうしたバイブレーションなんか始めて。とうとう故障したか?
ずっと揺さぶられているぞ。ああ、これはバイブレーションじゃなくてメッセージ送信アプリ「線」のふるふる友達登録かぁ。いっけね、まっちがえたぁ~。
・・・もうそろそろ現実逃避も諦めよう。
流石に、もう、無理。