腐敗。
「ふわ・・・あ」
おはようで目覚めると、陽は茜色に染まり、カラスが電線の上でたむろしている。
今は夕方だ。
「一日何も食べてないと流石に体が重い・・・」
昨日の晩から累計で18時間も寝ている。人間寝すぎると体に良くないと聞くが、現環境を生き抜くにはこれが最もベストである。
「仕方ない、チョコと水で今日はしのぐか」
生活の基本がベッドの上の為、クッション性のあったマットはくたくたにしおれている。シーツは男臭を吸い込みあまりよろしくない臭いを放っている。
俺はおもむろに立ち上がり、冷蔵庫に向かい足を進める。
ああ・・・頭がくらくらする・・・。
おぼつかない足でせいぜい数メートルの距離に息を切らしながら目的地へと移動する。
片側開きの一世代古い冷蔵庫に手を掛ける。
「ふう・・・よし」
バッ!と勢いよく扉を開け、目的の板チョコが目に入ると即座に腕を伸ばしそれを手に取り瞬時に扉を閉める。
普通に取るのとたった数秒の差でしかないが、この数秒でも電気代のかかる量は今の俺にとって雲泥の差だと言えよう。
ようやく手にした食料という名の戦利品に感極まりつつ、ゆっくりと周りに付く銀紙を剥がしていき、感謝を込めながら一口、もう一口と噛みしめる。
そこでやっぱり俺は思ってしまう。
何で。何で俺がこんな事をしているんだ。
何で日々を死に物狂いで生き抜いていかなきゃならないんだ。
俺は・・・俺は真っ当に生きてきたはずだ。
高卒ではあったがそこそこいい高校を卒業したし、面接でもいい印象を持ってもらうためにいい所悪い所、聞かれたことは包み隠さず答えた。
分からないことは素直に聞いた。出来るようになったら感謝も述べた。
完全無欠とは言わない。それでも一人の人間としては及第点を貰っていいはずだ。
なのに、それなのにだ。何で、何だって俺はこんな生活を強いられているんだ。
「・・・眠たくない。これからどうしよう」
心が痛い。親に、親戚に、友達に。俺はなんて言えばいいんだ。
・・・もういっそ死んでしまった方が楽なのではないか。
・・・駄目だ。もう何回もそんな事考えてきた。でも実行できた試しがない。首を吊ろうと縄を用意しても、剃刀で手首を切ろうとしても、屋根から飛び降りようとしても。
そこから先には進めない。足が竦んで動かないんだ。
「辛い・・・辛いよ唯・・・」
泣くな。涙なんて流すな。泣いて流れた水分が勿体ない。泣くな。涙を流すことは体力を使う。折角食べたチョコのエネルギーが勿体ない。
俺はここでようやく心から意味を知った言葉がある。
強く生きろよ。
よくアニメマンガ小説ドラマ、スラム街貧民街の連中が言っているこの言葉。
俺はただの決め台詞か何かだと思っていた。思い込んでいた。でも違った。
あれは皆、それぞれ状況が違えど一度二度どころじゃなく、死を思ったが故の言葉だったんだと。
死を覚悟、自殺を願望、殺害を要求。それでも、それでも死ねなかった。死にたくなかった。
分かっている。今心も体も脆弱で。社会的地位も発信力も発言力弱い事なんて。
こんな弱り切って考え方もひねくれだして。でも、だからこそ言うんだよ。
強く生きろよと。
だから俺は死なないし諦めない。何かまだ方法はあるはずだと。
「そうだよ、諦めたらそこで試合終了だって安西先生も言ってんだから」
やりようならいくらでもある。株、FX、フリマ、何もない所からだって何かを生みだし発信することは出来るんだよ。
もう一回何かしらを考えてみようか。大丈夫、まだやれる。纏まった資金が手に入れば企業も視野に入れて活動再開だって出来る。会社勤めの時に出来たコネもあるし何かあれば頼ってくれと声をかけてくれた顧客だっていたんだ。まだリスタートは可能だ。
そうと決まればまず市場調査だ。区画ごとに分けて種類別、年代別、男女比などを観察し、今どの層に何が一番売れるかを調べる。
金欠と言ってもまだ多少無茶できる程度には残してある。
やるか、やってやろうか。ここからが本編。
人生の物語の幕開けだよ。
+ + + +
そう啖呵を切って動きに動きまくった一週間後。
「・・・死にたい」
多少はあった金は全て消え、手元に残ったのはパチンコの景品だった。
何勝手に盛り上がって失敗してんだよ俺。そもそも金稼ぎの方法知ってたらこんな貧相な暮らししてねえっつーの。
最初はメモを片手に商店街をうろちょろしていたが、そのうち不審者だと間違われ警察のお世話になってしまった。渋々訳を話すと困った顔で一言。
「そこ曲がって二つ目の信号を右に行けば仕事案内所・・・あるから」
あるからなんだよ。そんな憐みの視線送ってくんな。
わかってるよ、仕事はもう何回も探したよ。でも結果はご察しだったんだよ。
アルバイトはなんかプライドが許さなかったんだよ。
結局ニートのままだった。
一人暮らしの無職で金欠のニート。
・・・腐ってやがる。