本編 堕落。
これが本編です。
「・・・は」
これは何かの聞き間違いだろう。
何で。そんな。ありえない。
俺は営業成績もトップで社内からの信頼も厚く華の出世コースだったはずだ。
それが。それなのに。
「ほら、この紙、ここに置いとくから」
何で自主退職迫られてんだよ。
+ + + +
「おはようございまーす!」
「あ、一之瀬君、おはよう」
朝から人一倍大きな声で良い笑顔。これを心がけて会社での一日は始まる。
8時20分。自分のデスクに鞄を掛け椅子にコートを掛ける。
9時。毎朝恒例の朝礼。
10時。外回り。
12時30分。昼休憩。
14時。顧客からの注文に即時対応。
16時。事務作業。
18時。今日の反省、明日の打ち合わせ。
18時30分。帰宅。
これが大体の一日の流れ。
顧客のニーズに合わせて料金プランや価格設定を事細かに説明し、どれだけ長期間でも顧客と親身になり向き合い、一日に一人、契約を取ってくる。それを入社当初から今までやってきた。新人だが、難しい顧客を回され、されど契約は必ずもらってくる。
これが顧客相手との流れ。
完璧すぎる。
なんて鮮やかな立ち回りだろうか。美しい。
こんな有能な新人、今すぐにでも課長、いや部長にしたいところだろうな会社は。
しかし俺は驕らない。図に乗り有頂天にはならない。敢えて謙遜する。
先輩を立て、自分がうまくいったのは先輩のお陰だと、下らないお世辞を吐き、気分の上がった上司は飲みに誘ってくる。それを断らずに愛想を振りまく。
つけあがった上司は「一生俺についてこい!」なんて酔った勢いで言いのける。
そこで俺は気持ちよく「はい!」と答える。まあこの上司は平だからそのうち部下に変わるだろうけども。
会社では驕らず、しかし実績を出し、さらに優しいときた。そんな将来有望で生きのいい新人、会社の女性陣が黙ってる筈もない。
「一之瀬君、お昼一緒に食べない?」
なんてことは多々あった。相手が可愛くなくてもおばさんでも嫌いな人でも嫌な顔せず「いいですよ」と笑顔で答える。
バレンタインデーなんかはほぼほぼ全員からチョコを貰い、個人的な要件が書かれた紙が入っている事なんて数多と存在した。
男上司ともいい関係を、女性社員とも健全な関係を築いた俺はまさに勝ち組だった。
なのに。
+ + + +
「・・・腹減った。コスパ考えるとやっぱり食パンか」
朝9時。自宅。
「・・・さっむ」
今は3月だというのにストーブは勿論エアコン、こたつなど暖房器具は一切ついておらず、テレビ、固定電話のコンセントは常に外されている。
携帯は先月末に解約し、外での連絡手段はない。
「この時間は・・・セールやってないか。明日まで待つか」
事実上この家で稼働している家電製品は洗濯機と冷蔵庫だけだ。
「冷蔵庫になんかあったっけか」
照明もつけず、夜は街灯と月明かりでしのいでいる。
「板チョコ7枚と人参2本、トマト缶3缶、にんにく2かけら・・・か」
俺は実績もあり上司との関係もうまくやってたんだ。
「あと一週間は持つか・・・?」
私生活でも自宅の中にフィットネスバイクを置き毎日1時間それに乗って体を引き締めていた。
「とりあえず寝直して時間稼いでおくか」
俺の人生は順風満帆で、充実したものになるはずだった。
それが。
それなのに。
何故。何で。何が原因で。
俺は職を失い、お先真っ暗の人生転落で完全に負け組ルートの。
「ふわぁ。ああ、夕方までは眠れそうかもな」
ニートになっていた。