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月の光を背に受けて

作者: 雫石野想人

「お願いします!!!」

「いや、それはちょっと…」

「お願いします!モデルになってください!!お願いします!」

夏休み直前のある昼休み、同じ学年を名乗る男子が私を訪ねてきて、写真旅行のモデルをしてほしいと頼まれた。

「僕の写真のモデルをやってくれるだけでいいんです!なんなら、バイト代も払います!移動とかも師匠が付いてきてくれるんで大丈夫です!お願いします!!」

廊下で大声を出されて迷惑だったので、私は「ちょっと別の場所に行こ。」と言って、旧校舎の使われていない教室まで行って、彼にこう質問した。

「なんで私なの?」

「綺麗だからです!」

はっきり真っ直ぐな目でそう言った彼に戸惑いながら、私は「それだけ?」と聞き返した。

「はい!きっといい写真が撮れますよ!」

彼は悪びれる様子もなく笑顔で答えた。

「わかった、連絡先くれたらこっちから連絡するから。」

私が彼の熱心さに諦めてそう言うと、彼は嬉しそうに「ありがとうございます!」と言って、ポケットから手帳を取り出して、ページをちぎり、小さな銀色のペンでそこに連絡先を書き出して、私に渡した。

この時、私の一夏の思い出が始まろうとしていた。

「真夏ちゃんは恋人とかいないの?」

会沢君に師匠と呼ばれているこの車の運転手、野口さんがいきなり私に聞いてきたので、私は咄嗟に「いません!」と答える。

野口さんは笑いながら会沢君を見ると、「良かったじゃねえか。武。お前にもチャンスあるぞ」と言って、車の中に流れるジャズの音量を少しだけあげた。

ふと、窓の外を見ると、山と山の間から風車が見え、勢いよく回っているのが見え、それは車が加速するのと同時に、すぐに見えなくなってしまった。

約1時間半で、車は島に着いた。

それほど有名な観光地でもないらしく、撮影にはとっておきの場所なのだと、野口さんは自慢気に笑ってみせた。

「佐々木さん、早速撮影始めてもいいかな?すぐそこ、砂浜だから」

「うん。あ、タメ語でいいよ。敬語使われるとちょっと気まずい…。」

私がそう言うと、会沢君は少し黙り込んだ後、笑顔で「オッケー」と言った。

「楽にしてていいよ。カメラ意識しなくて。自然な表情が撮りたいから。」

「わかった。」

私はそう答えると、行く先も決めず、砂浜を歩き出した。

ザザー、チャプン、サー、ゴー、波の音、砂の音、船の音、飛行機の音、色んな音が混ざって、私の耳に我先にと入り込んでくる。

普段、妙に騒がしい学校の教室や、ぎゅうぎゅうに詰め込まれて目的地まで運ばれる満員電車の光景や、都会の喧騒に慣れてしまっていると、当たり前のはずのこの景色がとてつもなく美しく感じる。

ふと、涙が零れ落ちる。

それはだんだんと零れ出してきて、止まらなくなってきたので、私は会沢君に「ごめん、気にしないで」と言って、ただ想いの落ち着く場所を探して、ひたすら歩き続けた。

「その写真ってさ、何かに使うの?」

私は会沢君に浜辺にあったベンチに座りながら、そんな質問をした。

「いいや。使わないよ。この写真は自分の技術を上げるための練習って感じかな。」

「ふぅん。そうなんだ。」

「佐々木さんこそなんでオッケーしてくれたの?最初は迷惑そうだったのに。」

「そりゃあんなに熱心に頼まれたらオッケーするしかないよ。それに、バイト代出るなら悪くないかなって。どうせ暇だったしね。」

「そうなんだ。」

さっきまで真上にいたはずの太陽が地平線と交わり始めた。

野口さんが笑顔で私達を呼びにきて、「いい写真は撮れたか?」と会沢君に聞いた後、両手をパチンと合わせて、「そろそろ旅館に行こうか!」と私達に提案した。

「ごめんね〜、部屋1つしか取れなくて…」

「ああ、いや!大丈夫です!」

「ならいいんだけど」

野口さんは屈託のない笑顔でそう言って荷物の整理を始め、会沢君もそれを手伝い、私も小さなバッグの中から必要なものを取り出し、お風呂に入る準備を始めた。

「じゃあ、もし先に出たらここで待ってて。」

野口さんは私にそう声をかけると、会沢君と一緒に男湯に入って行った。

女湯に入ると、脱衣所には誰もいなくて、私以外入浴してる人はいないようだったので、私は大浴場の扉を開けた瞬間、「貸切じゃん。」と呟き、一人で入る露天風呂では寂しさといった感情は湧いてこなくて、ただもうすぐ沈んでしまいそうな真っ赤な太陽とその周りに広がる大火事のような空と、そこから出る煙のような雲の綺麗さに見とれて、私は小さな声で「幸せ。」と呟いた。

部屋の窓から三日月が見えていた。

野口さんが部屋に用意された食事を見て「こりゃまたうまそうだなぁ」と上機嫌に言って、笑顔を見せる。

私は着なれない浴衣を着て、会沢君の隣に座った。

会沢君の浴衣の帯が上手く結べていないことが妙に面白くて、クスッと笑うと、会沢君はそれに気づいて恥ずかしそうに「慣れてないんだよ、こういうの。」と言った。

食事中、話題を作るのは野口さんだった。

学校はどうなんだ?とか恋人は作らないのか?とかお酒に酔っているわけでもないのに上機嫌で私達に質問しては、俺の頃はこうだったなぁなんて言いながら、笑みをこぼしていた。

食事中、ふと会沢君が私に、「そういえば親御さん、何も言わなかったの?」聞いてきたので、「私の親あんまうるさくないんだ。」と答えた。

その会話を聞いていた野口さんが会沢君を見て、「親に口うるさくされないとこ武と一緒だな」と言って、また大きく笑ってみせた。

食事を終えると、野口さんは遊び疲れた子供のように先に布団で眠ってしまった。

まだ眠くないので私は会沢君を誘って、野口さんが心配しないように書き置きを残して、宿の外に散歩に出かけた。

宿の外の今にも消えてしまいそうな電灯に照らされた林道を私達は無言のまま歩き始めた。

歩きながら、私は独り言のように会沢君に話し始めた。

「ほんとはね、会沢君が救世主だと思ったから会沢君に頼まれた時オッケーしたんだよ。会沢君なら私を狭いマンションの一室から広い世界に連れ出してくれるかもしれないって。私さ、夜にこっそり抜け出しても、帰らなくても親に怒られなくてさ、でも、それが嫌で…。」そこまで言うと、私の目からは指図を受けていない涙が溢れていた。

「それにね。私この顔もあんま好きじゃないんだ。でも、会沢君が綺麗って言ってくれた時凄く嬉しかった。馬鹿でしょ。私。そんな理由でモデルになってもいいかなってすぐに決めちゃったんだよ。」

「そんなことないよ。馬鹿じゃない。」

そう言った会沢君の声はとても優しく聞こえて、ぼやけた街灯は私の心を照らす会沢君みたいで、そう感じた途端に私が会沢君に抱く感情は友情とは別物だと自覚せざるを得なかった。

私と会沢君は林道をしばらく歩いた後、お互いに言葉を交わさないまま宿に戻ってきた。

野口さんが起きた様子はなく、宿を出た時と同様、ぐっすりと眠っていた。

「さっきはごめんね。忘れていいよ。さっきの話。」

私はさっきの出来事が急に恥ずかしくなり、口にした言葉を会沢君は「ああ。」とちょっと笑ってから、「俺も佐々木さんの気持ち分かるよ。」と言って、彼はバッグのファスナーを閉めると、「俺もさ、親にあんま心配される方じゃなくて…」

そこまで会沢君が言いかけた時、野口さんが目を覚まし、「二人とも早く寝ろよ〜」と言うと、体勢を変えてまた眠ってしまった。

会沢君はそんな野口さんを見て、私に「そろそろ寝よっか」と言うと、バッグを隅に押しやり、布団に潜り込んでしまったので、私も布団に入って、小さく「おやすみ。」と呟いて目を閉じた。

朝、目を覚ますと野口さんは椅子に座ってエンタメ情報を伝えるニュースを見ていて、会沢君はうずくまるようにしてまだ眠りについていた。

「おはようございます…。」

「ああ、おはよう。武と違って早いね。さすが女の子だね。着替えたら武を起こしてやってよ」

野口さんの明るい人柄は元気をもらえるなと思いながら、「はい。」と返事をして、私は着替えを持って洗面所へ向かった。

着替えて、洗面所から出ると、会沢君はさっきと体勢を変えて、気持ちよさそうに眠っていた。

私はそばに座り込んで、「会沢君、朝だよ。」と声をかけたが、起きる気配がないので、肩をポンポンと叩いて、今度は少し強めに「朝だよ!」と声をかけたが、やはり起きる様子はなかった。

その様子を見ていた野口さんは「仕方ないなぁ」と言って立ち上がり、会沢君のとこに来て、少し大きな声で「起きろ!」と言うと、会沢君はゆっくりと目を開けた。

「んん…おはよう。」

「さっさと着替えろ、武。朝飯食いに行くぞ。」

その様子を見て、私が思わず「凄い…」と言うと、会沢君は「眠い…」と呟いて、ゆっくりと立ち上がると、着替えを持って洗面所へ行った。

ホテルの朝食会場からは綺麗な海と青い空が見えて、色鮮やかな食事は非日常を感じさせた。

野口さんは「今日はあそこに見える砂浜に行って、そこで撮影して、それから帰ろうか。」と私達に言って、私達はコクリと頷いた。

朝食を終えて、私達はチェックアウトの準備をして、野口さんが手続きをしている間、私と会沢君は車の中で話をしていた。

「この撮影が終わっても友達でいてくれる?」

会沢君が聞いてきた。

「いいよ。また、どこか行こうよ。野口さんが一緒でも、二人でもいいし。」

会沢君は少し考えてから答えた。

「せっかくだし、二人でどこか行こうよ。」

私は答える。

「そうだね。そうしよっか。」

ちょうど、そのとき野口さんが車に乗って来た。

「お待たせ。じゃあ行こっか!」

と明るい声で言ってホテルの人から貰ったという飴を私達に手渡した。

砂浜に着くと、観光客や、サーファーが楽しそうに歩いていて、ああ夏だなぁと思わず感じさせた。

車のトランクから撮影道具を取り出した会沢君が私の横まで歩いて来て「行こっか」と言って、私達は撮影場所を探し始めた。

しばらく歩くと、ちょうどいい撮影場所が見つかった。

「その辺りを自由に散策したり、砂で遊んでいいよ。俺勝手に撮ってくから」

会沢君に言われた通り、私は砂浜を歩いてみたり、空を見上げたり、砂で遊んでみたり、わざとカメラの方を見ないようにして好きなことをしてみせた。

夏の太陽は特別眩しく感じる。

そこへ野口さんがやって来て、「二人とも並んで。写真撮ってあげるよ。」と言ったので、「野口さんも一緒に…」と私が言うと、野口さんは「俺はいいよ。」と笑いながらそれを断ってカメラを向けたので、私は会沢君と急いで隣に並んで、できる限りの笑顔を見せた。

帰りの車の中、私達は疲れて眠ってしまって、車内には野口さんが好きなジャズと私達の寝息が混じって、幸せな音が響いていた。

「じゃあここで。」

私は最寄駅に下ろしてもらうことにした。

「ありがとう。楽しかったよ。」

「またな。楽しかったで!気をつけて帰りや」

そう声をかけてくれた二人に私は「ありがとうございました。楽しかったです」と一礼すると、家への道を歩き始めた。

空に登り始めた月の光を背に受けながら

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