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第4話:悲しみの雨

お姫様と森に入って一体どれほどの時が過ぎただろうか。

かれこれ3時間は経つと思う。

未だに森から抜け出せず、目的地もなく、ただ真っ直ぐ歩くだけ。

人に遭遇することもなく、狼や熊といった獣のような動物にも遭遇していない。

俺たちは森に入ってから一度も休憩することなく、茨の道を突き進んでいる。

その道はまるで今の人生そのものだと感じた。

左腰に下げてあった真っ白い剣で植物を切り落とし、道を作りながら進んでいる。

気温が徐々に下がり始めている。太陽が沈んできている為か、太陽が厚い雲に覆われてしまった為か、そのどちらもか。

森へ入る前は晴れていたのだが、今すぐにでも雨が降ってきそうな気配だ。


彼女を見ると彼女の腕や足は傷だらけになっていた。

茨の道を歩いてきたからだ。

とても痛々しい。


「大丈夫ですか?」

俺はお姫様を気にかけて森へ入ってから何度も声をかけている。

しかし、返ってくる言葉もいつも同じものだった。

「大丈夫です・・・」

お姫様はただそれだけ言って陣の背中を懸命に追っている。


白いドレスを着ていて歩きにくそうだ。

どうにかしてあげたいが声をかけることができずにいた。


今はもう落ち着いているが森へ入ってしばらくの間はずっと泣きながら歩いていた。

もう父や国の人たちに二度と会えない。そんな思いが彼女を悲しませているのだろう。

俺も悲しかった。

何もできない自分の無力さに。

なんて言葉をかけていいのかも分からなかった。



それでも歩き続ける。

敵に追いつかれないように。

敵に見つからないように。



しばらくすると予想通り雨が降ってきた。

始めのうちは弱かったため、気にせず歩いていたが雨脚は強まる一方だった。

このまま進むのは危険だと判断し、森に入って初めて休憩することにした。

洞窟など雨宿りをする都合のいい場所はなかった為、大きな木の下で休息を取った。



沈黙



お互いに何も言葉を交わさず、ただ雨音だけが聞こえる。

雨の匂い、雨に濡れた土や緑の葉の匂いがする。


彼女の綺麗な金色の髪も綺麗な白いドレスもビショビショに濡れていた。

そんな彼女の姿に一瞬心臓が脈を打つ。しかし、すぐに我に返った。


俺の服は全く濡れていなかった。

とても驚いた。なぜ濡れていないのだろうか。

その答えはすぐに分かった。この世界にやって来たときから身に着けている軍服だ。軍服が水を弾いているようだ。

なぜもっと早く気が付くことができなかったのだろうと悔いた。


そんな時、お姫様は今まで苦しさを我慢していたのか大声で泣き出した。

嫌なことが沢山あった、大切な人との別れが苦しかった。

雨と一緒にお姫様の涙が地に落ちていく。

この雨と一緒に嫌な記憶も流されればいいのにと思ったが、そう簡単に嫌な思い出は消えてはくれない。それは俺自身もよく分かっている。

お姫様の泣き声は雨の音にかき消されていった。


俺は来ていた真っ黒な軍服を脱ぎ、お姫様の肩にかけた。

「これ、着るといいよ」

お姫様は下を向いていたが驚いたのか顔をあげ、目があった。

「体、冷えちゃうから」

俺はさらに一言加えた。

「でも、あなたが・・・」

お姫様は涙を堪え、心配するように言った。

「俺は大丈夫。気にしないで」

「ありがとうございます・・・」

優しく声をかけるとお姫様は申し訳なさそうにお礼を言い軍服に袖を通した。


雨の勢いは弱まることなく1時間は経過しただろうか。

驚くことにお姫様が着ている黒い軍服はやはり全く濡れていない。

対して軍服を脱いだ陣はもうビショビショだ。

軍服の下に来ていた身に覚えのないワイシャツのような白い服から滝のように雨水が流れ落ちる。

それでも俺はお姫様が濡れて体調が崩れてしまうより断然いいと思った。

三時間ほど歩き続けたて溜まった疲れは大分とれてきたと思う。


それからさらに数分が経ち、やっと雨脚が弱まってきた。

「あの、大丈夫ですか?」

落ち着いたお姫様が申し訳なさそうに声をかけてきてくれた。

初めてお姫様から声をかけてきてくれたのでとても嬉しい気持ちになった。

「はい、大丈夫です」

「あっ、これ、ありがとうございました」

お姫様は気を遣ったのか、そう言うと着ていた軍服を脱ぎ始めたので陣はそれを止めた。

お姫様の手足に植物による傷があったことを思い出したためだ。

「ああ、大丈夫だから、森から出るまでずっと着ていてください」

「よろしいのですか?」

「はい」

俺は笑顔で答えた。

お姫様にこれ以上負担をかけたくないと思ったからだ。


それからしばらくすると雨が治まった。

梅雨の生温い風が吹き、何とも言えぬ気持ちになった。

「そろそろ行きますか」

「はい」

それだけ言うと俺たちは険しい森の道を再び歩き出した。

あとどれくらい歩けばいいのか分からないまま。



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