第19話:真夏日の生活
この国へ来て、早くも1ヶ月が経過した。
ここへ来たときはまだ梅雨で、あれから何度も雨に降られた。
しかし、今はおそらく30度を越える暑さの日々が続いていた。
この世界には冷房もなければ扇風機もない。
正直ここまできついとは思ってもいなかった。
現実世界では本当に快適な生活を送っていたということを改めて気付かされた。
ヒカリたちはこの世界しか知らないためかそれほど苦しくはなさそうだった。
それから俺は習慣として毎朝必ず素振りを行ってきた。
そのお陰かこの世界、あるいはこの国に来てから比べると体が少しは引き締まっていた様に思う。
ヒカリから貰った桔梗の花は現在も綺麗に咲いている。
「あぢー」
暑さのあまり俺は家の中で団扇を仰いでうなだれていた。
「大丈夫ですか?ジン」
ヒカリが優しく声をかけてくれる。
うなだれる度にヒカリはいつも心配してくれるのだ。
「大丈夫」
俺は気だるく言った。
汗が止まらないのだ。風呂もないので石鹸で体を洗うことができない。
今も俺たちは働いてはいない。
しかし、しっかり収入を得ている。
タエンさんのお店が繁盛していて毎週いくらか貰っている。
そして、今日もこれからタエンさんのお店に行くことになっている。
タエンさんのお店に行くのは一週間ぶりでみんな楽しみにしている。
「暑いけどそろそろ行こうか」
俺がそう言うとみんなはそれぞれ返事をして、俺の後に続いた。
5人で玄関から家を出ると隣の家に住むエラクアさんに声をかけられた。
「あら、おでかけ?」
「はい。御食事処タエンに行こうと思いまして」
御食事処タエンと言うのはタエンさんのお店のことでこの1カ月の間でこの国の人みんな知る食事処となった。
「そうなのね。私もこの間初めて行ってきたわよ!とても美味しかったわ!」
「美味しいですよね」
「ええ、気を付けていってらっしゃい」
「ありがとうございます。いってきます」
エラクアさんとの話を終え、俺たちはタエンさんのお店、御食事処タエンへ向かった。
御食事処タエンに到着すると長い長い列が出来ていた。
タエンさんはたった一人でお店を経営しているため、休む時間は無さそうだ。
俺たちは正面からではなくお店の裏へ回った。
タエンさんから特別に裏口から入っていいと言われているためだ。
裏口からお店に入るとタエンさんがとてつもなく忙しそうに料理をしていた。
一人で作って、一人で料理を運んで、一人で食器を洗う。
そんな毎日を送っているのだか、本人曰くとても幸せなんだとか。
そろそろ人を雇った方がいいのではと思うが、タエンさんは1人で続けていくそうだ。
「ジンさん!こんにちは!」
「こんにちは。忙しそうですね」
「こうして忙しくいられるのもジンさんのお陰です。嬉しい限りです」
タエンさんはフライパンから目をそらさず口だけ動いていた。
裏口から入ってくるのは俺たちしかいないとのことなのですぐに来たことが分かるらしい。
今も料理をしているタエンさんの目はとても集中していた。
「手伝いますよ」
「ううん。本当に大丈夫ですよ」
俺は以前にも手伝うと言ったのだが断られてしまった。
前回と同様に今回もあっさり笑顔で断られてしまった。
この世界は一日二食という習慣が染み付いていて朝と夕方しか食べないのだか、もうお昼近いというのにお客さんが減る様子は全くない。
結局俺たちはお店の調理場で2時間ほどタエンさんの忙しそうな姿を眺めていた。
「待たせてしまって本当にごめんなさい」
やっとお客さんが減り、タエンさんに少しの余裕がでてきた。
これからまた数時間後には再びお客さんがたくさんやって来るのでタエンさんの心に余裕ができるのは1、2時間程度なのだとか。
「いいえ、お昼になってもこんなにたくさんのお客さんがいるなんて思ってもいなかったので」
「日に日にお客さんが増えているんですよ。幸せです」
タエンさんはとても嬉しそうに言った。
ボロボロだった店内の面影はもうすでにない。
テーブルが新しくなり、座布団もふかふかになった。
箸は割り箸に変わり、お椀も新品だ。
お品書きも増え、お客さんも増えた。
もともと誰も入っていなかったのだから集客率はお客さんの分だけそのまま数字になる。
中には噂を聞いて他の国からやって来る人もいるらしい。
これはとても凄いことなのだろう。
「そんなことないですよ。タエンさんの作る料理が美味しいからです」
2週間ほど前になるが、俺は玉子焼きを作ることができないため、作り方を口頭で説明した。
するとタエンさんはたった一度の説明で玉子焼きを作ることができたのだ。
それから寝る間も惜しんで味の研究を重ねて見事お品書きにのせた。
俺は本当に驚いた。こんなことができる人がいるのかと。
「私なんてまだまだ未熟者ですよ」
タエンさんはそう言っているが俺からすれば玄人だ。
「あ、ちょっと待っててください」
タエンさんはそう言うと食器棚の奥の方からお金を取り出した。
「こちらが先週の売上の5割りです。受け取ってください」
「いつもすみません。ありがとうございます」
俺はお礼を言って受け取った。
今はここから得たお金で生活していてヒカリのお父さんから貰ったお金には手を付けていない。
「とんでもありません」
タエンさんはいつも見せる笑顔で言った。
「あのー、タエンさん。今日のお仕事が終わったらうちに来ませんか?」
「え?ジンさんのお家ですか?」
「はい。みんなで天体観測しようと思ってまして」
「テンタイ、カンソク?」
タエンさんは頭上にハテナマークを浮かべながら言った。
実はヒカリたちも天体観測とは何なのかわからなかったのでここへ来る前に俺がみんなに説明したのだ。
この世界には星を眺めるという文化がないようなので俺はタエンさんにも天体観測というものが何なのか説明した。
「天体観測というのは・・・簡単に言うと星を眺めることだよ。ただ見るだけ」
ものすごく簡単な説明を終えるとタエンさんは興味深そうに言った。
「なんか素敵ですね。何でジンさんはそんなにいろいろな発想が出てくるんですか?」
「さあ、なんでだろうね」
俺がこの世界の人間ではないということをタエンさんは知らないのだ。
本当のことは言わずにごまかした。
「タエンさん、最近忙しくしてるからたまにはゆっくりしながらそういうこともいいかなって」
「いつも親切にしてくださりありがとうございます」
タエンさんはそう言った後に考え出した。
「うーん。どうしようかな?」
「無理にとは言いません。お仕事大変だと思うので・・・行く場合はお仕事が終わる時間を教えてもらえれば迎えに来ますよ」
「でも、仕事がいつ終わるかわからないので・・・」
「大丈夫ですよ。何時間でも待ちますから」
タエンさんは天体観測がどういうものなのか興味はあるみたいなのだが、迷惑を掛けてしまうのではないかと悩んでいる様子だった。
「迷惑かけちゃうかも―」
タエンさんが断ろうとしたときだった。ヒナタが元気いっぱいに言った。
「タエンさん、迷惑じゃないよ!何時にお仕事終わるの?」
俺は心の中でヒナタにナイスフォローと絶賛した。
「仕事はだいたい19時には終わると思いますが・・・」
「じゃあそのくらいになったら迎えに来ますよ」
「え?ごめんなさい。ありがとうございます」
迎えに来ることを伝えるとタエンさんは申し訳なさそうでもあり嬉しそうでもあった。
「気にしないでください。じゃあ俺たちはここで失礼します。お仕事頑張って下さい。また来ます」
こうして俺たち5人はタエンさんのお店を出て家に帰った。
帰宅した後、5人で座布団に座って話をしていた。
「タエンさんを誘えてよかったね。ジン」
ケデアがそう言うと俺はヒナタをたたえた。
「よかった。みんなついて来てくれてありがとね。ヒナタ、支えてくれてありがとう」
「どういたしまして!」
ヒナタは褒められてとても嬉しそうだ。
ハナはヒナタに嫉妬していた。
「むー、ヒナタずるい」
「ハナちゃんはいつもジンに十分貢献してくれてますよ。ね?ジン」
ヒカリはハナの頭を撫でながら俺にそう言うと俺はハナにお礼を言った。
「うん。ハナがいつもそばにいてくれるから助かってるよ。ありがとう」
「うん」
ハナはうつむいて照れていた。
それをみていたヒカリとケデアは微笑んでいた。
そんなこんなで時は流れて日が沈んだ。
「じゃあそろそろ迎えに行ってくるよ」
「私も行きます」
俺が迎えに行ってくるとみんなに言うとヒカリも一緒に行くと言ってきた。
「じゃ、行こうか」
「はい!」
「え?ヒカリが行くなら私も行く」
だいたいいつもこの流れでヒカリが行くというとケデアが行くと言う。
そして、ヒナタとハナを留守番させるのもかわいそうなので結局みんなで行くことになる。
「じゃ、みんなで行こうか」
こうして5人でタエンさんのお店へ向かった。
タエンさんのお店へ到着し入店するとタエンさんはたった今お仕事が終わった様子だった。
「こんばんは」
「あ、こんばんは!今、終わりました」
「本当ですか。ちょうど良かったですね」
タエンさんはちょうど食器などを片付けたところだった。
「少し休んでからでいいですよ」
「いえ、もう行けます」
そして、タエンさんは店を閉めて6人で我が家へ向かった。
家につくまで歩きながら話を少しした。
「ジンさんたちは普段、どのような事をしているんですか?」
「俺たちはいつもみんなで同じ行動をしてるから1人で行動することの方が珍しいんですよ」
「そうなんですか?とっても仲がいいんですね」
タエンさんは羨ましそうに言った。
「1人でも欠けちゃダメなんです。俺たちは5人で1つなので・・・ま、詳しい話は天体観測してる時に話しましょう」
「そうですね」
しばらくして家に到着した。
「着きました。ここが我が家です」
「大きくて綺麗ですね」
タエンさんはそう言ったがそこまで大きくはなく普通の家だ。
玄関から入るとタエンさんは興奮していた。
「わぁー素敵」
何を見て感動しているのか理解できなかった。
毎日ここで暮らしているとそれが当たり前になるからだと思う。
一か月前に初めてここへ来たとき、感動したことを思い出した。
それだけここでの生活に慣れたということなのだろう。
「これから少し山に登りますが休憩しますか?」
「いいえ、平気です」
こうして俺たちは陣が毎朝素振りをしている場所へと向かった。
山といっても本当に小さな山で登るのにそんなに辛くはならない。
到着すると地面に6人分の布を敷いてそれぞれ円を作って横になった。
『うわぁーお』
夜空にはたくさんの星が輝いており、みんなはじっくりと星を見ることがなかったからか感動していた。
「実は私たちも天体観測をするのは初めてなんですよ」
ヒカリはタエンさんにそう言った。
「そうなんですか?みなさん知っているのかと思ってました」
「知ってるのはジンだけなんだよ。私もよくわからないんだけどね」
ケデアがそう言うとタエンさんは少し安心したようだった。
「天体観測と言うよりは天体観望の方が正しいのかもしれない。ただ星を見て話したりして楽しみたかったからさ。こういうのもたまにはいいかなって」
「普段、仕事で忙しかったので、今日はゆっくり息抜きできそうです!」
「それはよかったです」
タエンさんがゆっくりできれば嬉しいと俺も思った。
「みんな、星座って知ってる?」
『セイザ?』
やはり星を見る習慣がなかったため星座を知らないようだ。
「星座っていうのは星と星を線で結んでみて、その形に名前を付けるんだよ。たとえば何かの動物とかね」
『へー』
「この世界の星と俺がいた世界の星は違うものだと思う」
「え?」
俺のその言葉を聞いてタエンさんは驚いていた。
「ああ、信じてもらわなくてもいいんですけど、俺はこの世界の人間じゃないんです」
「え!?」
「俺のいた世界の夏の星座で夏の大三角形っていうのがあるんですけど、この世界にはないみたいなので」
「ちょっと待ってください。それは本当なんですか?ジンさん」
「本当だよ。信じてもらえないと思いますけど」
タエンさんは唖然としていた。
無理もない。もし、俺があまり話したことがない人から違う世界から来ましたと言われても信じないだろう。
それから少しして、タエンさんは信じてくれた。おそらくこの世界にない様々な事を知っているからだろう。
話を変える為、俺は少し大きな声で提案した。
「みんなで星座を考えてみようよ」
「賛成です」
「よし!じゃあ順番で考えよう。誰からにする」
『ジン』
「え?」
「まずジンのお手本を見せてよ」
ケデアをはじめ、みんながそう言うので俺は真剣に考えた。
「うーん」
真剣に考えているとヒカリが質問をしてきた。
「ジンの世界にはどのような星座があるのですか?どのくらいの数があるのですか?」
「まあ、有名なのは12星座だね。山羊座、水瓶座、魚座、牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座、天秤座、蠍座、射手座。数はわからないくらい多いんだよ」
「そんなに沢山!?」
「そう。あ、あと生まれた月日によって自分の星座が決まってるんだ。ちなみに俺は山羊座だよ」
「そういうものもあるのですね」
「星座考えてみたよ。今真上にある黄色の明るい星があるのわかる?」
『はい』
「その星の両隣に赤の星と青の星が見えるの分かる?」
『はい』
「その3つの星で一本の線を引いて、十字を作るようにオレンジの星と少し離れてる白い星で線を引く」
『はい』
「俺はあれが剣に見えるから剣座かな?」
『おー』
俺が星座を考えるとみんなは拍手をしてくれた。
「確かに剣に見えますね」
「じゃあ次はヒカリの番」
「そうですねぇ・・・」
俺がそう言うとヒカリは星座を考え始めた。
「あ!できました!剣座の柄の下にある黄色い星からあの4つの黄色い星を結んで桔梗座なんてどうですか?」
『あーなるほど』
その後もケデアが弓座、ヒナタが木刀座、ハナが花座を作った。
ヒナタは俺の真似をしてハナはヒカリのものを真似た感じだ。
「最後はタエンさんですね」
「私・・・ですか?」
「はい。やってみてください」
俺がそう言うとタエンさんも真剣に考えだした。
「できました」
しばらくたってタエンさんが口を開いた。
「剣座の黄色い星、桔梗座の黄色い星、弓座の黄色い星、木刀座の黄色い星、花座の黄色い星を線で結んで運命座・・・なんて」
「いいですね。後世に夏の大運命線なんて語り継がれたりして・・・」
タエンさんは恥ずかしそうに言ったが俺はすごく良いと思った。
みんながひとつにつながった星座。
運命なんてものは形にできないがこうしていつでも目で見ることができる。
夏の夜空に大きな輪が出来た。
その後も1、2時間程話をした。
語り合い笑いあいとても楽しい有意義な時間を過ごすことが出来た。
「本日はありがとうございました」
家の前まで戻ってきた6人。タエンさんはお礼の言葉を口にした。
「こちらこそ、長い時間ありがとうございました。とても楽しかったです」
「私も楽しかったです」
「タエンさんの家まで送りますよ」
「いいえ。大丈夫です。ヒナタくんとハナちゃんはもう寝てしまっていますし」
ヒナタとハナは天体観望の後半に寝てしまった。
夜空の星を見ていて気持ちよかったのだろうかぐっすり寝ている。
帰りは俺がヒナタをケデアがハナをおぶって帰ってきた。
「ごめんなさい。気を付けて帰ってください。ではまた会いましょう」
「気を付けます。ではまた会いましょう。ありがとうございました」
こうしてタエンさんは帰って行った。
今日は本当に楽しかった。
みんなと遅くまで話をする。
ただそれだけだがそれが楽しい。
またみんなで天体観望したいと心から思った。




