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第五十九話 親知らず子知らず③

「死ぬ理由?

 あなただって、私とそんなに歳も変わらないじゃない。

 何も知らないくせに、偉そうに言わないでよ!」


 小原さんは目を見開き叫ぶ。でも、反対に私は冷たく、静かに問い返した。


『そうね、あなたのことなんか全然知らないわ。

 でもあなたがここで今死んだところで、誰にも理由はわからないまま。

 あなた、本当にそれでもいいの?』


「いいわよ!

 どうせ誰にも話せないことなんだもの。」


 私は眉を上げ、溜息をついてみせた。


『幽霊って、そういうの人に聞いてもらいたくて化けて出てくるんだけど。

 そういう点から言えば、今のあなたは死ぬ資格なしね。』


「わけわかんないこと言わないでよ!

 それよりもうこんな苦しみから解放してよ、お願いだから!!」


 瞬きもせず詰め寄る小原さんを私は睨み返した。


『人にものを頼むなら少しは私の言うことを聞いたらどう?

 誰にも話せないって、それは「生きた人には」でしょう?

 話によっては、私が死なせてあげるわ。』


 口元を震わせながら恨めしそうに私を見つめる小原さんは、ぺたんとその場に尻もちをつくように座ると、ようやく自分の気持ちを話し始めた。


**************************


 中学に上がるまで小原さんは、両親と三人で暮らしていた。ブティックを営む母親と、単身赴任でなかなか一緒にいる機会が少ない父親。


 小原さんは厳しいお母さんより、穏やかなお父さんの方が素直になれていたらしい。お父さんはいつも小原さんに「一人娘に傷がついちゃいけないから」と、優しくしてくれた。


 でも小原さんが中学一年生の時、両親は離婚してしまう。お母さんが酷くお父さんを責めなじっていたことしか、覚えてないそうだ。


 家庭は崩壊し、小原さんの親権は母親が持った。母親は生活のために店の経営を続け、住む家だけ、この町に越してきた。

 父親がどこにいったのか、なぜ離婚に至ったのか、なにも教えてはもらえないまま。


『それがどうして死にたいって理由になるのよ?』


「去年の秋。

 パパが偶然、学校の近くに越してきたのがわかったから。」


 去年のマラソンの授業で、学校の周り四㎞程のコースを走っていた時、小原さんは偶然父親の姿を見かけた。

 またお父さんに会いたい、話したいと、その後、冬にかけてどこに住んでいるのか放課後学校の近所を探し回っていたらしい。


 そしてこの春、ついに願いは叶った。


 夕飯の買い物の帰りかスーパーの袋を下げた父親は、知らない女性と、マラソンコースの途中にあるアパートに入っていった。

 優しかった父親は、あの時の微笑みを、今はおなかの大きくなったその女性に向けていた。


「本当に捨てられたんだって、思った。」


 それでマラソンもさぼってたんだ。


『それでリストカット?』


「よく覚えてないけど、気がついたら、してた。

 お父さんが大事にしなさいって言った自分なんて、

 もうどうでもいいって。」


 傷をつけると、心の痛みをその時は忘れられる気がしたって。いつの間にか癖みたいになっていたって。


「でも、一昨日、我門先生に怒鳴られて。

 それで学校抜け出して、部屋で切っていたら……。

 いつもならいない時間なのに、ママが帰って来て。」


『見られたの?』


「いきなりほっぺたぶたれた。

 ママはただ黙ってた……。

 だから、私も口もきかずに部屋にこもったわ。」


 唇をかみしめる小原さんの握った拳は、膝の上でわなわなと震えた。


『こうなったのは、お母さんのせいだと言うの?』


「そうよ!

 ママが全部悪いのよ!

 パパが出ていったのも!!

 ママがパパを傷つけていたからよ!!」


 キッと私を睨むように見上げ、小原さんは叫んだ。私はかわらず、見下ろすように聞く。


『あなたの引き出しのカッターナイフ、きっとお母さんが隠したのね?

 この家に刃物が一つもないのも、

 きっとあなたに間違って死んで欲しくないからでしょう?』


「違うわよ!

 ママは私が当てつけにリスカしてるって、そう思ったからよッ!」


『あなたにそう言ったの?』


「言わなくたってきっとそうよ!

 言いたいことがあるならはっきり私に言えばいいのにッ!

 なのに昨日また学校に文句言いに行くなんて!!

 私に対する嫌がらせじゃない!!」


『なによ。

 お互い話もできてないんじゃないの。』


「偉そうに言わないでよ!

 学校でなら死ねるって思ったのに、あなたが邪魔したんでしょう?」


『ふん。

 切る前に泣いて見せたりなんかして。

 いまいち、あなたの覚悟が見えなかったからねぇ。』


「もういいじゃない!

 お願いだから死なせてよ! 

 これ以上、生きてく意味なんてないわよ!!」


 生きてく意味か。死ぬ意味なんて、尚更ですよね……先生。


『そうね。

 そんなあなたが……死んだらどうなるかわかる?』


「あなたみたいに、ただ幽霊になれるんでしょう?

 今より、よっぽど自由だわ。」


 ただ幽霊に……か。確かに死ななきゃ、わからないよね。でも「死んで自由に」って、なんなんだろうな。


『いいえ。

 あなたは自由になんてなれない。

 あなたははきっと、

 そこにたむろしだした幽霊のようになるんでしょうね。』


 私がダイニングの隅に視線を向けると、彼女もそっちに顔を向け、小さく悲鳴を上げた。

 また壁からさっきの幽霊が、一人、二人とぬっと現れその場にうずくまりだしていた。焦点の定まらない虚ろな目をゆらゆらとさせて。


 そっか。

 彼らはきっと、単にこの家の居心地がイイだけなのかも知れない。特になにをするってわけでもなく、ただそこにいるだけなんだ。


『あの人達はお互い見えてもいないし、話もできない。

 でもあなたは、それでいいんでしょう?

 今だってお母さんと、そんな感じなんだもの。

 死んだ時の状態が、そのまま幽霊になっても現れるわよ?』


 小原さんは小さく、違う、そうじゃないって繰り返し呟いてる。私は蔑むように低く唸った。


『あなた、私のような幽霊になりたいのよね?

 こんな私のように。』


 じっと私を見つめる小原さんの顔が、すっと上に流れガクンと画像がぶれたように見えた。重さなんてないのに、私の左腕、そして右腕が、どすっどすっと床に落ちてくる。


 床に落とした目玉から見上げた私の顔は、ぽっかり真っ暗な穴が二つあいていた。両腕がもげ落ちた胴体は、一歩ずつ小原さんに近づく。

 足首がちぎれ、膝で歩き、腰も背中側に折れていく。

 上半身は座り込んでいる小原さんに、そのまま上からもたれかかってゴロンと崩れ落ちた。


 最後には目玉のない私の頭だけが、悲鳴を上げる小原さんの両手の中に残っていた。


 まるで動くバラバラ死体ね。


「はああッ!」


 小原さんは私の頭を投げ出して、玄関から飛び出した。でもそこですぐ一人の男の人に抱き留められた。


「小原ッ! 落ち着くんだ! 大丈夫ッ! 大丈夫だから!!」


 ああ、チャラ松さんも来てくれたんだ。……ということは。


「縁、いやな役をやらせてしまったな。」


 まだ玄関先でパニック状態の小原さんを抱きかかえたチャラ松さんの脇をぬけ、とってもすまなさそうな表情の雨守先生が声をかけてくれた。


 うん、もう元の姿に戻ってます。でも、どんな顔していいかわかんなかった。


『きっと、全然よくない対応してしまいました。』


「いや。縁のせいじゃないよ。すまない。」


『先生?』


「どうした?」


『私にはこうして、先生がすぐ来てくれるからいいけど。

 小原さん、寂しかったんじゃないかなって。』


「ああ。

 親子だからって、お互い素直になれるものじゃない……か。」


『え?』


 先生と一緒にドアを外の見ると、小原さんを抱き留めたチャラ松さんの後ろに一人の女性が、やつれはてた顔をして、ゆっくりへたり込んでいくところだった。











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