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第五十七話 親知らず子知らず①

秋になりました。

新章として再開です。

よろしくお願いいたします。


『若松先生、

 体研にいるより美術準備室にいることのほうが多くないですか?』


「そりゃあ縁ちゃんの顔、見たいじゃない?」


『もーう! それ気をつけないとセクハラですよっ?』


 チャラ松さんはまだ残暑が厳しい頃、私が暑さに弱いと知ったら体研の製氷機(運動系の部活でアイシングに使うんだって)で作った氷をクーラーボックスにって、雨守先生にお裾分けによく来てくれてたの。

 だから私の中ではあの一件以来、チャラ男からチャラ松さんに「昇格」してる。


 でも九月も半ばになって、もう氷のお世話になることはなくなったのに、雨守先生が学校に来る日はこうしてちょくちょく美術準備室にやってくる。


 雨守先生は私達に背中を向けるように机に向かって作業をしてたけど、チャラ松さんは準備室の真ん中で反対向きにした椅子を跨ぎ、背もたれに両肘ついて頬杖つきながら苦笑した。


「体育って二クラス同時でやるじゃない? 

 二年生男子は俺で、女子は我門先生が担当なんだけどさ。

 ってことは授業の空き時間、体研に我門先生と二人になるんだよね。」


『アッ、わかりました!

 きっと我門先生、先輩風吹かせてすぐ「バカ聞け」って言うんでしょ?』


「そうそう、よくわかるね縁ちゃ~ん。

 体育科五人もいるのに、よりによっていつも我門先生とじゃねぇ~。

 でもその我門先生も昨日からナーバスなんで、静かにはしてるけど……。」


 ふーっと、鼻から息を吐きだしながらチャラ松さんは肩を落とした。口元は笑ってるけど、その目はなにか考え込んでる感じ?


『なにかトラブルでも?』


 一瞬、はっとしたように私を見つめると、やっぱ縁ちゃんと雨守先生に相談に乗ってもらおうかな? なんてぼそっと呟いて。

 チャラ松さんは声を落として話し始めた。


「うん、トラブルっちゃトラブル。

 高野先生のクラスの小原なんだけど、我門先生の講座なんだわ。

 あいつ水泳の補習はさぼるわ、マラソンになったらなったでさぼるわでさ。」


『ああ、例の困った小原さんのことですね?』


 チャラ松さんは息を吐きながら深く頷く。


「で。我門先生、昨日改めて昼休みに小原を体研に呼びつけたわけよ。

 そしたら小原、話の途中で泣き出して学校飛び出しちゃってさ。」


『さぼった小原さんも悪いけど、

 それだけ酷いこと我門先生が何か言ったんじゃないんですか?』


「酷いっつーか、うん、大きな声出せばいいってもんじゃないよね。」


 ふーっとまた鼻から息出しながら、チャラ松さんにしては珍しく顔をしかめた。


「問題はその後なんだ。

 他の生徒なら我門先生、怒鳴りつけて追っかけるんだけど、

 小原のリアクションに狼狽えちゃって、高野先生んとこ駆け込んでさ。」


『まさか担任の高野先生に文句言いに?』


「その逆。どうしよう?って。

 小原の母ちゃん、いわゆるモンスターなんだよね。

 案の定、夕方苦情の電話かかってきたんだ。我門先生に。」


『じゃ、我門先生それでナーバスに?』


「うん、まあね。でも我門先生はどうでもいいんだけどさ。」


 どうでもいいんだっ! ん? じゃあ、問題って……?


「俺、気になってることあるんだよね。

 小原、この夏の間、去年と違ってずっと長袖でとおしてたんだよね。」


『よく去年のことまで覚えて……っていうか、それが、なにか?』


 私、夏場は長袖のブラウスの袖まくって過ごしてたけどな? なんでそんなこと、気にするんだろ。

 すると、雨守先生が作業をしていた手を止めて、ゆっくり私達に振り向いた。


「リストカットしてるかもな。その子。」


『ええっ?!』


 びっくりしちゃって思わず大きな声を上げちゃったけど、チャラ松さんは真剣な目つきに変わっていた。


「やっぱそうっすかね、雨守先生。

 それで小原の奴、水泳、ずっと見学してたのかなぁって。」


『傷を、見られたくないから?』


「わかんないけど、きっとそうじゃないかな。

 でも担任引き継いだばかりの高野先生も、

 もしかしたら前の担任の久坂先生も気付いてないかも。」


 ん……確かに久坂先生との引継ぎの日、そこまで詳しい話は聴いてなかったかも。それは雨守先生が美術しか担当しないからかも知れないけど。


「正直、本当に自殺なんて考えてるものなのか、わかんないんだけど。

 ……ごめんな、縁ちゃん。」


 考え込んでた私に、チャラ松さんは申し訳なさそうに眉間にしわを寄せていた。


『? なんで私に謝るんですか?』


「いや、

 だって縁ちゃんは死ぬなんて思いもよらなかったのに死んじゃったじゃん?

 そんな縁ちゃんにこんなこと聞いていいのかどうかって思うんだけどさ。

 リストカットって、ちょく、死のうってことなのかなぁって。」


 あ……。

 チャラ松さん、雨守先生とどこか似てる。

 そうだ。

 人の気持ちを分かったような気にならないんだ、この人も。


 チャラいけど、チャラくないんだよね、チャラ松なのに。


『私自身は、そんな気持ちになったことないから、わからないですけど。

 きっとなにか不安とか、悩みとか抱えてるんじゃないかな?

 でもそれでマラソンになっても体育をさぼっちゃうとなると、

 なにか悩み事が深刻になってきてるんじゃ……。』


「うーん、やっぱそうか。ありがと、縁ちゃん!

 高野先生にも後でゆっくり相談してみるよ。」


 チャラ松さんはそう言うと、にっと笑って腰を上げた。

 そして小さくぼやきながら美術準備室を出て行った。


「でも高野先生となかなか時間が合わないんだよなぁ。」


 チャラ松さんの心配は、そのまま現実になった。

 高野先生と話す暇もないまま、トラブルはまた起きてしまったみたい……。


************************************


 翌日の昼休み。

 町の図書館に貸し出していた生徒作品を返しに、高野先生は美術準備室にきていた。もちろん、立花先生も一緒に。

 でも話題は、小原さんのお母さんのことで始まった。


 前日の我門先生への苦情の電話だけでなく、なんと昨日の放課後、小原さんのお母さんは「改めて」学校に押しかけてきていたらしい。

 校長を出せとか、県教委に知り合いがいるとか、娘が中学の時には、つけられた成績がおかしいから付け直させたとか、わけわかんないことを武勇伝のように喚き散らしたんだとか。


「我門先生が日頃の言動に気をつけてくれてさえいれば、いいだけなんだけど。」


 軽く肩を上げてそう言う高野先生の顔を、私は覗き込む。


『高野先生も、小原さんのお母さんから酷いこと言われたんじゃないんですか?』


「うん、まあね……。

 久坂先生から聞いてはいたけど、言いたい放題。

 でも、立花先生のお陰で冷静でいられたわ。」

 

『そんな虎の威を借るような人には、

 それ相応の立場の人に対応してもらえば良いと、私は助言しただけよ。』


 背筋を伸ばし、どこか遠くを睨むように言う立花先生に高野先生も続ける。


「だからそのまま、校長室に案内したの。

 校長先生も何かあったらそうしてって 言って下さっていたし。

 そうしたらお母さん、校長先生相手に三時間くらい一人でしゃべって。」


『そんなに?!』


「ええ。休みなくずっと学校批判ばかり。

 久坂先生が勝手に産休に入るなんて生徒のことを見ていない証拠だとか。

 代わりの担任がまた若い女教師だなんて学校は信用できないとか。

 私の話なんてまともに聞く耳も持ってなかったわ。」


 随分酷いこと言われたはずなのに、なぜか高野先生の口調は落ち着いていた。でも反対に立花先生は、その間も目をぱちぱちさせて落ち着かない様子。


『さすがに私も、あの母親の態度には堪えかねてしまって……。』


 言葉を切って、ふっと立花先生は雨守先生の顔を覗き込んだ。


『あの、雨守先生?

 私、つい感情を抑えきれなくなったのですが、

 その時、校長室の隅にあった花瓶が割れてしまって……。

 私、触れてはいませんでしたが、それってやはり……?』


「ええ。

 きっと、立花先生の霊波です。でもすごいパワーですよ、それ。

 まだ花瓶で良かった。

 気を付けてくださいよ? 立花先生。」


 すっごい。ポルターガイストってやつですね! 雨守先生が目を丸くして注意するので、立花先生は肩をすぼめた。


『え、ええ……わかったわ。

 でも、あの母親ったら、

 「あなたは子どもを産み育てた苦労をご存知ないでしょうから」

 だなんて嫌味まで高野先生に言うのだもの。

 つい、かっとなってしまって。』


「だけど花瓶が割れたお陰でお母さん、びっくりして少し黙ってくれましたから。

 ひとまず私も我慢して。

 小原さん本人には腰を据えていかなければなりませんからね。」


 なんだか先日までと反対に感じちゃうくらい、高野先生のほうがどっしり構えてる感じだな。でもそれはきっと、立花先生がいてくれる心強さからですよね。

 そうは言っても……。


『高野先生、言われっぱなしでストレス溜まっちゃいそうですね……。』


「うん、まあ……あ! 次の授業の準備があるから、またね。」


 そう言うと高野先生は一人、美術準備室を出て行った。


 あれ? 立花先生はまだなにかあるのかな?

 身を乗り出すように私と雨守先生を交互に見つめて、その声は少し興奮したようにさえ感じちゃった。


『私、少しばかりあの若松という教師を見直したわ。』


『チャラま……いえ、若松先生も一緒にいたんですか?』


『ええ。

 我門先生と同じ体育科で、

 自分も小原さんを授業で見ていると言って同席していたわ。』


 我門先生がいなかった、というのはさもありなんだろうけど、チャラ松さん、小原さんのこと、ほっておかなかったんだ!


 なんだか急に嬉しいって感じちゃった。


『私が花瓶を割って皆が沈黙した時、彼は静かにあの母親に話しかけたの。

 「自分は子どもは産めませんが、今まで二千人近くは十七歳を見てます。」

 なんて切り出して。』


「きっとそのお母さん、面喰らったでしょうね。」


 雨守先生の言葉に、立花先生は何度も頷きながら目を大きく開いてく。


『授業や補習をさぼったことについては、

 他の生徒同様、改めて指導しますからって。

 毅然とすべきところはそうする。立派だったわ。』


『え? 小原さんの悩み、お母さんに聞かなかったのかな?』


 呟いた私えを、いぶかしがるように立花先生は見つめた。


『悩み?

 では、その生徒は何か悩みを持っていて……。

 それで授業や補習をないがしろにしていたというの?』


 そうか!

 立花先生も知らないってことは、チャラ松さんが心配してたように高野先生もまだ気づいていないんだわ?

 きっとチャラ松さん、高野先生に相談する時間がなかったんだ!


 私は立花先生に答えた。


『若松先生は、もしかしたら小原さん。

 りすとか……あ、手首を自分で切ってて、

 その傷を見られたくないから水泳も休んでたんじゃないかって。』


『まさか自害しようと?!

 そんな大変なことなら、

 すぐ確かめて止めさせなければならないじゃないッ!!』


 叫びながら慌てて出ていこうとする立花先生を雨守先生は呼び止めた。


「若松先生には、なにか考えがあるんじゃありませんか?」


 そんなこと言っても先生!


『でもチャラ松さん、小原さんを指導するって!

 それじゃ、小原さんの悩みの解決にはならないじゃないですか?

 先生?!』


 むしろ、もっと小原さんを追い詰めちゃうんじゃない?

 でも、雨守先生は穏やかな表情のまま、私を見つめ返していた。


「若松先生は、そのお母さんの様子を見て、

 危惧していたことを、その場では話すべきじゃないと判断したんだろう。」


『でも、親なら子どもがそんなことしてたら心配に?!』


「ああ、勿論そうだ。

 だが滅茶苦茶な理屈で学校に乗り込んでくるような親だ。

 下手したら、そんな娘を責め立てるかも知れない。

 だがそれは、小原本人のためになるのかな?」


 あッ。


 私と立花先生は同時にお互いを見つめていた。そうか、きっとチャラ松さん、そこまで見越して……。


 先生は床に視線を落として呟いていた。


「案外リストカットの原因は、その母親にあるのかも知れんな。」















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