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The Holy Evil  作者: 風羽洸海
外伝『魔女の毒』
123/132

【オマケ】価値無くも貴き


 各地に残る師の足跡を辿る旅から聖都に戻ってきたエリシュカが記録を整理していると、通りがかったムラクが「ほう」と声を漏らした。

「拝見しても?」

「どうぞ」

 数枚の羊皮紙を取って目を走らせ、ムラクは懐かしげに微笑んだ。

「よくぞここまで聞き集めてくれた。実に、かの御仁は深く含蓄のある言葉を数多あまた残されたものだ。しかしこれだけを見ると、まるで彼の口からは箴言か神学論議しか出てこなかったかのように思われてしまうな」

 ムラクは苦笑し、エリシュカの反論を待たずに続けた。

「弟子である君には特に、何かと教え諭すことも多かったろうが……むろん日頃は、こうして記録に残すほどの価値がない、ありきたりの会話もしたのだろうね」

「ええまぁ、もちろん」

 曖昧に答えたエリシュカの脳裏に、かつてエリアス青年として師と共に過ごした記憶が鮮やかによみがえる。たわいない日常の会話、折に触れ投げかけられた温かい言葉が。


 なんだその顔色は。寝不足か?

 そら、肉もしっかり食べなさい。

 手を見せてみろ。ああ、霜焼けだな……


 次々と師の声がこだまするにつれて、頬に血が上る。耐えきれず、エリシュカは真っ赤になって両手に顔を埋めた。ムラクが目をしばたたく。

「どうしたのかね」

「いえ、なんでも……。今さらですが、つくづく私はあの方に世話をかけていたのだな、と痛感しただけです」

 もっといろいろな会話があったはずなのだが――天気の話や道中で見かけた動植物の話なども――とりわけ鮮明に思い出されるのは、幼子を気遣うかのような声ばかり。

 思えばあの頃はとにかく悪魔を殺し仇を討つことに囚われていて、浄化特使としての戦いだけがすべてだった。そんな風に自分をまったく大切にしない若者に対して、グラジェフは心身に気を配り適切に整える習慣を教えようとしてくれたのだろう。浄化特使として独りでやっていけるように、というだけでなく、どんな人生になろうとも、自分自身をきちんと生かせるように。

 そうした細々(こまごま)とした言葉は、奥深い洞察や議論の尽きぬ神学上の命題などにくらべたら実に取るに足りないもので、記録し他人にも知らしめるようなものではないのだけれど――しかし、その価値は。

「本当に、ありがたい言葉をたくさんいただきました」

 どんな奇蹟よりも貴い授かり物を抱くように、エリシュカはそっと胸の銀環に手を当てたのだった。




2022.12.2


最後の仕草、弟子君もしや結局師匠の銀環返してないのでは疑惑。

(自分の銀環の下、肌身にもういっこ着けてるがゆえの…)

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは♪ 愛しかない師の言葉の数々が いつだってエリアスを包み守り諭し…… エリシュカが思い返せば もちろん二つの銀環が熱くなる事必至! 「愛だねぇ」
[良い点] 大事な言葉や、重い反省もたくさんあるにしても、ふとした時のなんでもないやり取りこそが、その人の人となりをよく思い出させたりするものですよね……。 エリシュカさんは、きっとグラジェフさまにも…
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