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The Holy Evil  作者: 風羽洸海
後日談ほか番外
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嘘つき悪魔の優しさは


 チェルニュクのユウェインは良い司祭である。村人たちの暮らしと健康に目配り心配りし、優しい物腰と巧みな話術でもって礼拝を楽しみにさせるに至った。そしてもちろん、魔のものから村を守るつとめも怠らない。

 森の聖域を清める彼の姿は熱心な司祭そのものだ。しかし、後について歩く領主が彼の背中に投げかける視線は、いかにも胡散臭そうである。

 一通り清めが終わったところで、カスヴァは足を止めて木にもたれ、口を開いた。


「ずっと疑問だったことがある」

「なんだい、改まって。……ちょっとごめんよ、歩き疲れた」


 振り向いたユウェインは小首を傾げ、相手の姿勢からして長話になりそうだと察すると、ちょうどいいところにあった切り株に腰を下ろした。それで、と目で促した司祭に、領主は声を低めて問いかける。


「悪魔と契約させるなんて、『良き司祭でありたい』という願いはどうやってごまかしたんだ」


 訊いた端からもう後悔する。いつも柔和な司祭ユウェインの微笑が、ニコォ……という擬音の似合う悪魔的なものに変化したからだ。

 やっぱりいい聞きたくない、と喉元まで出かかったのを飲み込み、目を背けたいのを堪えて相手を睨みつける。

 カスヴァの葛藤を見てユウェインは表情をとりつくろい、面白がりつつも誠実な思いやりを込めてしみじみと答えた。


「いやぁ、あの時はお互い本当に危なかったよね。よくあの窮地を切り抜けられたものだと思うよ」

「グラジェフ殿がいなかったら、もっと簡単だったという話か?」


 カスヴァは眉を寄せて唸った。窮地、と言ったのが外道の脅威だけでなく、浄化特使の存在をも含めていると理解できたからだ。よりによってこんな時に、と絶望的に叫んだ声は、今も耳に残っている。

 ユウェインは「うん」と苦笑でうなずいた。


「助かる算段があればこそ、瀕死の怪我人を担いであそこまで逃げてきたんだろう、って言った君の推測は、その通りだよ。外道が迫るより前に君と合流して、君と……一時的な契約を結んで撃退するつもりだったんだ。君にも()()を行う手助けを頼む、と言ってね。契約を《力の言葉》で行えば、君は意味もわからず復唱するだけで、それが悪魔との契約だとは気付かない。そのうえで、外道を撃退するのに充分な術を街道に仕掛けておく。もちろんそれは一司祭ユウェインの分を越える行為で、君という代行者なしには使えないけど、術そのものは秘術だからね。それこそ、熟練の浄化特使が使うようなわざだ。そうして村を守った後は契約終了、君は魔道に堕ちることもなく、僕は良き司祭のままでいられる……という見込みだったんだよ。まぁ、今になって振り返れば、あれだけの外道が村に到達する前に充分な対策を打てたか、そこは賭けだったなと思うけど」

「そうだったのか……悪魔というのも案外、不便なものだな」

「願いが厄介なものだったからだよ。こんな回りくどいことをしなくても、自由に力を使えたら、そもそもノヴァルクからの援軍が来る前に熊退治ぐらいやってのけたさ」

「おまえが?」


 反射的に聞き返してから、カスヴァは頭を振って自分の思い込みを打ち消した。泣き虫ユウェインがずいぶん大口を叩く――なんて、もう二度と言えはしない。


「そうだな。あの炎は凄まじかった」

「司祭の秘術ではないからね。いにしえのわざ……悪魔本来の力とでも言うかな。あそこまで追い込まれていなかったら、さっき言ったような方法で、秘術だとごまかせる範囲の力でなんとかしたんだけど。あれだけのわざを行うには、魂をかけた本式の契約を結ぶしかなかった。村の皆を助ける唯一の道だ。それに、そうすれば悪魔の名前を知った浄化特使殿が、後で始末をつけてくれる。つまり契約は悪魔の正体を暴く手段なんだ、という論で『願い』をごまかして」

「おまえ、それは」


 思わず遮り、カスヴァは相手のほうへ踏み出した。悪魔憑きの司祭は平然と、馬鹿だね君は、と言わんばかりの微苦笑を返す。


「いやいや、君じゃあるまいし、尊い自己犠牲の精神なんかじゃないよ。君も言ったじゃないか、『ごまかし』さ。司祭ユウェインの願いをかいくぐる抜け道。実際あの後グラジェフ殿が僕のほうを攻撃しても、やられはしなかったろうね」


 自信ありげに言ってのけた悪魔に、カスヴァはしかめ面を返す。今こうして話している内容さえ『ごまかし』なのだという確信があるのに、どこがどう欺かれているのかわからない。言葉にできず唸りを漏らした彼を、ユウェインは柔らかい声音でなだめた。


「司祭じゃなく悪魔と話すと決めたなら、明快な答えを期待しないで欲しいな。今の僕は願いの縛りでそれなりに誠実ではあるけど、どうしたって『悪魔』だからね。……さあ、休憩は終わり! 帰って何か食べよう、おなかが空いたよ」


 よいしょ、と立ち上がったその仕草も表情も、素朴な田舎司祭に戻っている。カスヴァは複雑な気分のままだったが、結局それ以上は追及しないことにした。頭を振り、幼馴染みに対する軽口を叩く。


「今度から弁当も用意しておけよ。帰り着く前にへたばるぞ」

「その時は君がおぶってくれるんだろ」

「当てにするな、馬鹿」


 他愛無いやりとりをしながら、村への道を辿る。そうして気付けばもういつも通り、平穏無事な日常だ。

(結局のところ、こいつが何をごまかしているとしても、そのおかげで平和ってことなんだろうな)

 村の暮らしも、カスヴァ個人の胸中も。剥き出しの事実をごまかしで覆って、鋭く硬い角で怪我をしないように――そうやって日々の生活は維持されている。悪魔がいようといまいと。


 ある意味それは、優しさゆえであるのかもしれない。


 危うくそんな結論を出しかけ、カスヴァは反射的に横目で連れを盗み見た。視線に気付いた様子もなく、ユウェインは小声で「木苺のジャム、まだあったよねぇ」などとつぶやいている。

 あれこれ悩まされているのが馬鹿らしくなって、カスヴァは深いため息をついたのだった。



2024.8.25



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