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(5)

 十分後、スグリ達は菓子店ポムグラニットの前庭にいた。


「いやあ、参った。まさかドラゴンと契約していたなんてねぇ」


 キフルの前脚に掴まれたままの吸血鬼の青年――名をジーンと言った――は、どこか他人事のように、のんびりと笑っている。

 キフルは目を眇めて前脚に力を籠め、ジーンは「痛い痛い」と喚く。

 その様子を戸惑いつつ見上げるのはナツメだ。


「……スグリ、どういうことなんだ、これは」





 ――キフルが現れてすぐ、ナツメは目を覚ました。しかし、目の前に巨大なドラゴンがいることに気づくと、くらりと倒れかける。


『ちょっと待て……まさか、古の赤の賢者……? 欧州の千年竜がどうしてこんなところに……』


 頭を押さえるナツメだったが、ふとその手を離して顔を顰めた。

 ナツメのこめかみの辺りからは血が流れており、スグリは急いでハンカチを押し当てる。


『ナツメ君、大丈夫!? 怪我は? 気持ち悪くない? 吐き気は? ていうか早く病院にっ……』

『ちょっ、おい……大丈夫だ、落ち着け』


 ナツメはスグリの手を押さえる。その頬は赤くなっていた。やはりどこか具合が悪いのではないかと、スグリはナツメの様子をよく見ようとするが、『大丈夫だから』と頑なに言われた。


『それより……』


 いきなり田舎町の農道に現れた大きなドラゴン。このままでは騒ぎが起きるとナツメに言われ、スグリ達は急いでポムグラニットに向かった。

 その際、キフルが『背に乗れ』とスグリとナツメを乗せてくれたのだが――





「まさかドラゴンの背に乗る日が来るとは思わなかった……」


 どこかぐったりとした様子でナツメはスグリを見てくる。


「一体いつ、ドラゴンと契約したんだ?」

「え!? いや、契約なんて、そんなまさか……」

『ま、本人に自覚はねぇわけだ』


 呆れたように見上げてくるのはミントだった。

 先ほど、キフルの背に乗って到着したとき『本当にきやがった…』と少し驚きを見せつつも、すぐに状況を把握したようで、皆を迎え入れた。

 ミントは鼻先を上げて、スグリの胸元を示す。


『スグリ、お前、鱗もらっただろ。あんときに契約してんだよ』

「……そうだったの?」

「ちょっと待ってください、ミントさん。鱗って……」

『竜の虹鱗こうりんだよ。数百年に一枚しか生まれない、そんな貴重なアイテムを気安くホイホイ配りやがって、あの甘党蜥蜴』


 けっ、と悪態を吐くミントに、はるか頭上から重い声が響いてくる。


『聞こえているぞ、猫もどきが。我の物を誰に与えようが、貴様には関係のないことであろう。それに、勝手に我の鱗に奇妙なまじないを掛けおって……』

『そのおかげで、すぐ来れただろうがよ。ま、風と火自体は相性がいいからな。別に悪い守りじゃねぇだろうが』

『……』


 キフルは不満そうに鼻息を吐いたが、それ以上文句は言わなかった。

 ミントが説明してくれたところ、鱗に付けているのは風の魔力で編んだ糸であり、守護以外にも、風の力が得意とする『伝達』や『移動』の力が増すと言う。

 スグリの危機をいち早く感じ取ったキフルは、普通なら大掛かりで時間のかかる転移の魔法を、ミントの魔力を借りて、すぐに行うことができたそうだ。

 そう、風と炎を操る二匹の魔力は、決して相性は悪くなく(本人同士の相性は最悪でも)、互いの魔力が相乗効果を増す。

 お守りの強さ、というか貴重さを実感して、スグリは狼狽えた。


「こ、これ、私が持っていて大丈夫なの…?」

『何言ってんだ。どうせお前以外には使えねぇ』

『そうだ。それは其方に与えたものだ。他の者に渡すでない』


 ミントとキフル双方に強く言われて、スグリは「あ、ありがとうございます」とお礼を言いつつ、お守りを丁寧に胸元にしまった。

 その様子を眺めていたジーンが、くすくすと笑う。


「なるほどねぇ……それじゃあ、あの炎はドラゴンの加護ってわけか。それにしても、猫妖精と千年竜に愛されるなんて、やっぱり君は興味深いよ」

『おいこら吸血野郎。これ以上スグリに手ぇ出すようなら、そのままどっかの火口に投げ入れるぞ。その蜥蜴野郎がな』

『勝手に貴様が決めるな。そんな手間の掛かることをせずとも、今すぐこの場で骨の髄まで焼き尽くした方が早かろうよ』

「おおっと、怖い怖い」


 ジーンは肩を竦めてみせたが、その顔には恐れる様子はない。むしろ楽しそうに、赤い唇を歪めた。


「それじゃあ、僕はさっさと退散することにしよう――」


 その台詞の直後、キフルの前脚に拘束されていたジーンの身体が黒い霧になって、さらさらと風に乗って消え失せる。かと思えば、スグリの目の前で金茶色の髪が揺れた。

 目の前に、ジーンがいた。

 咄嗟のことに動けずにいるスグリは手首を掴まれる。掌に冷たいものが触れ、ぴりっとした痛みが走る。


「っ……」


 スグリの掌に、ジーンが唇を押し付けていた。

 ぬるりとした感触に、背筋が粟立つ。さっき道路に手を付いたときにできた傷を、舐められているのだ。

 硬直するスグリを、ナツメが慌てて引き寄せて、ジーンの手を払う。ジーンはあっさりと手を離し、赤い舌を覗かせながら笑った。


「じゃあね、スグリちゃん」

『逃がすか!』


 キフルが前脚を振り下ろすが、ジーンは再び黒い霧となって消え失せ――再び現れることは無かった。





予想以上に長くなってしまいました…。

次話でこの話は終わりです。


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