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(4)

「ナツメ君……?」


 どうしてナツメがここにいるのか。

 呆気にとられるスグリの前に、ナツメは落下する速さで降りてくる。

 風で乱れた栗色の髪の下の顔には、いつもの意地悪な笑みは無い。ナツメは青い目でスグリをまっすぐに見つめて、手を差し出してきた。


「スグリ! 乗れ!」


 スグリは躊躇うことなく、ナツメの手を握る。強い力で引っ張られ、ナツメの後ろに座った途端、箒がぐんっと上向いた。

 スグリは咄嗟に、ナツメの腹に腕を回して落ちないようにする。ナツメもまた「しっかり掴まってろ」と告げ、あっという間に十メートル以上の高さまで上昇した。

 はるか下の道路には、大きな氷の塊と、その前に佇む金茶色の髪の青年、そして端に捨てられた自転車がある。

 久しぶりに味わう浮遊感に、スグリは眩暈を覚えつつも、自分の自転車を指さした。


「自転車が……」

「馬鹿! そんなこと言ってる場合か!」


 ナツメはスグリを叱り、前傾姿勢になった。スグリが慌ててナツメにしがみつき直すのと同時に、箒は急発進し、耳元で風を切る音がする。

 箒に乗って空を飛ぶなんて、何年ぶりだろうか。足の下に地面が無く、魔力に包まれて浮いている感覚が慣れない。

 くらくらとしながら、スグリはナツメに尋ねる。


「なっ、ナツメ君、どこに……」

「お前の家だ。あそこならザクロさんの結界があるし、ミントさんも――っ!?」


 言いかけたナツメの言葉が途切れたかと思えば、次の瞬間、ナツメとスグリは黒い塊に飲み込まれていた。

 それは蝙蝠の集団だった。一体どこから現れたのだろう。

 キィーと高音の鳴き声と羽ばたきの音が周囲を包む。蝙蝠は顔の周りを飛び、髪の毛や制服をつつき、箒の穂先を掴んで引っ張り回した。明らかに普通の蝙蝠ではなく、スグリ達を狙って攻撃している。

 箒のコントロールも視界も奪われ、バランスが崩れる。落ちそうになって、スグリは必死にナツメにしがみついた。


「このっ!」


 ナツメは蝙蝠の集団から逃れるため、箒の柄を強く握って向きを変え、蝙蝠が比較的少ない場所を通り抜ける。

 ようやく抜け出た時、そこには金髪の青年が宙に浮かんで立っていた。赤い唇が笑みの形を作っている。――待ち伏せされていたのだ。

 気づいたときには遅く、青年が長い腕を振るう。長い爪の生えた手が、ナツメの頭を直撃した。赤い血の玉が宙を舞う。


「ぐっ……!」

「ナツメ君!」


 ナツメの身体が揺らぎ、箒から手が離れた。

 完全にバランスを崩して、スグリとナツメは地面へと向かって落ちる。

 ナツメは気絶しているのか、何の反応も無かった。スグリはナツメの身体が離れぬようにと掴んだが、魔力の無い自分には、これ以上何もできない。

 地面が、近づいてくる。


 どうしよう、このままじゃ――。


 ナツメだけでも助けなくてはと、スグリは彼の頭を守るようにぎゅっと抱きしめた。

 そうして、地面に衝突するまで、後数メートルというとき――

 強い風が巻き起こり、二人の身体を包んだ。風は柔らかな空気のクッションとなってスグリとナツメを地面に優しく降ろす。

 風には、緑色と金色の光る粒子が混ざっている。見覚えのあるそれに、スグリは自分の首に掛けていたペンダントをはっと見下ろした。

 ミントからもらったお守り。ドラゴンの鱗にただ紐をつけたのではなく、守護の魔法もかかっていたのだ。スグリの危機を察して発動したのだろう。


「ミント……」


 ひとまず、地面へ激突するのは避けられた。

 ほっとしたのも束の間、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきて、スグリは顔を上げる。

 吸血鬼の青年が、ゆったりと余裕の表情で手を叩いていた。


「今のは風の魔法かい? どちらが使ったのかな?」


 どこか楽しそうに、スグリとナツメを見下ろす。


「その坊やは『青樹せいじゅ』だよね? 水系の魔法が得意なのは『青樹』だし、目が青かったし。あんな大きな氷を瞬時に出せるなら、本家に近い血筋かなぁ。だとしたら風は君が使った……わけはないか。だって君は、魔法が使えないんだものね」

「っ……」


 無邪気に小首を傾げる青年を、スグリは睨み上げた。


「あなた、一体何をしたいの? ナツメ君を傷つけてまで……!」

「最初から言っているじゃないか、君の血を飲んでみたいって。その子は僕の邪魔をしたから、少しお仕置きしただけだよ。……ああ、でも『青樹』の血も味見してみたいな。ついでにその子の血も貰おうか」


 そう言って、青年が近づいてくる。

 スグリはナツメを庇うように前に出た。胸元のお守りを強く握り締める。

 温かな乳白色の鱗が、ちりっと熱を帯びた。ふと、スグリの頭の中に力強い声が響いてくる。


『――我を呼べ』


 金環日食のような瞳。

 深紅に光る鱗。


『小さき魔女の娘よ。我の名は――』


 ――キフィリエシア・グリムガル・シュバルツェスマーケン。


 その名が頭の中に浮かんだ途端、胸の奥が燃えているかのように熱くなった。ぶわっと、何かが自分の身体から溢れる。胸に灯った熱が膨れあがり、溢れ出す。


「君……」


 青年が赤い目を瞠る様子が、赤い炎の向こうに見えた。

 直後に空が翳り、強い風が巻き起こる。咄嗟に目を閉じたスグリが目を開けた時――


 赤い鱗をまとい、鋭く大きな爪を供えた前脚が、吸血鬼の青年を地面へと押さえつけていた。

 脚の上には身体があり、翼があり、蜥蜴のような顔があって。

 二本の角と、鋭い牙があって。じりじりと燃える黄金色の目が、スグリを見下ろしていた。


『……大事ないか、娘』


 低い声を頭に響かせる彼は、いにしえのレッドドラゴン、キフルであった。


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