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(3)


 翌日の放課後、スグリは自転車を力強く踏み、急いで家に帰っていた。

 明るいうちにできるだけ早く家に戻れと、ミントから言われているのだ。




 昨日の夜、あの吸血鬼の青年を追い払った後、ミントは鼻先に皺を寄せて言った。


『スグリ。お前、しばらく学校休めねぇか?あの吸血野郎をどうにかするまで、この敷地から外に出ない方がいい』

「それは無理だよ。明日は小テストもあるし、そもそもそんなに長く学校休めないし……」


 スグリが困って眉を八の字にすれば、ミントも『そうだよなぁ』と鼻先の皺を深くする。うーん、としばらく考え込んでいたミントは、やがて嫌そうにくしゃりと目元を細めた。


『やっぱあれがいいよなぁ……うーん……』

「ミント?」

『あーもー……仕方ねぇ。おいスグリ。あれ持ってこい。あの大食い甘党大蜥蜴あまとうおおとかげからもらったやつ』

「甘党って……もしかしてキフルさんのこと?」


 またそんな失礼な呼び方をして、と呆れるスグリに「いいから持ってこい」とミントはなんだか怒ったように言った。


 以前、巨大な赤いドラゴン――キフルがポムグラニットを訪れたとき、スグリは彼から一枚の鱗をもらった。

 長さが四センチほどの乳白色の薄い鱗は、光を受けると螺鈿やオパールのように七色に輝く。憧れの幻獣であるドラゴンからもらった鱗を、スグリは自室の宝物入れに大事にしまっていた。時折光にかざしては、うっとりと眺めていたのだが……。


 ドラゴンの鱗をどうするのだろう。スグリは首をひねりつつ、ミントに言われた通り、鱗を持って来て彼の前に置いた。

 ミントは緑色の目を眇めて、前足を鱗にかざす。

 ミントの目がぼうっと金色を帯びた燐光を放ち、窓も開いていないのに風が起こった。

 魔法だ。金色と緑色のきらきらとした砂粒を帯びた風。音を立てて鱗の周りを取り囲み、巻き付いていく。

 風が止んでミントの目が元の色に戻った頃、鱗には金色の細い紐が巻き付き、緑色の小さな石が付いていた。金色の細い紐は長く、首に掛けられるほどの長さの輪になっている。

 ペンダント状になったドラゴンの鱗を、スグリは感心したように見つめた。だが、ドラゴンの鱗に、勝手に魔法をかけて大丈夫なのだろうか。


「ミント、これって大丈夫なの?キフルさんに怒られない?」

『あいつが怒ろうが俺には関係ねぇ……が、別に鱗には何もしてねぇよ。そっちの方が身に着けやすいだろ』

「それは、そうだけど……でも、学校はアクセサリー禁止で」

『お守りだ。忘れずに身に着けとけよ。でないと、どうなっても知らねぇぞ』


 鱗のペンダントをミントが鼻先で押しやる。

 彼のいつになく真剣な様子に押され、スグリはペンダントを受け取った。






 ――そんなわけで、スグリの胸元、制服の下に隠すようにして、鱗のペンダントは下がっている。

 ひんやりとしていたドラゴンの鱗は、身に着ければいつの間にか皮膚の一部になったかのように違和感なく収まったものだ。

 お守りがあるから絶対に大丈夫……と楽観はしていないが、心強く感じるのは、ミントが珍しく魔法を使ってまで作ってくれたからだろう。

 ともかく、早く帰るに越したことはない。

 本当は、友達に事情を話して一緒に帰ってもらおうかとも思ったが、相手は吸血鬼だ。もしも友達にまで危害を加えたらと考えると、一人で帰宅した方が

 幸い、今日は金曜日で、明日と明後日は学校も休みだ。その間は、ザクロの結界が張られた家で、ミントと大人しく過ごそう。ザクロには昨晩のうちに連絡しているし、すぐに対策すると言ってくれた。今日をやり過ごせば、きっと何とかなるだろう。

 家までもう少し、とペダルを踏む足に力を込めたときだった。

 前方に、男性が一人佇んでいる。

 高い背に、赤い夕陽に照らされて輝く金髪――。

 昨日の、吸血鬼の青年だ。

 まさかこんなに堂々と現れるなんて、とスグリは動揺する。自転車を漕ぐ足の力が緩んだ。

 次第に自転車のスピードが落ちていく。青年は通せんぼするように道の真ん中に立っているので、避けて横を通り抜けることもできず、スグリは仕方なく自転車を止めた。全速力で通り抜けたところで、彼にはすぐ追いつかれるのだろうと予想もついた。

 大人しく自転車を降りたスグリに、青年は昨日の騒動など何もなかったように声を掛けてくる。


「やあ、また会ったね」

「……何か用ですか?」

「あれ、昨日のこと覚えてない? 君の血が飲みたいって言ったじゃない」

「断ったはずです」

「そうだったっけ?」


 空惚そらとぼけて、青年はスグリの方へと一歩近づく。スグリは自転車のハンドルをぎゅっと握りしめて後退った。


「こ、こっちに来ないで下さいっ」

「そう言われると、行きたくなるよねぇ」


 言うなり、青年の姿が掻き消えて、気づいたときにはスグリの目の前にいた。

 驚いてハンドルを離してしまい、自転車が倒れそうになるのを青年は片手で軽々と支える。


「おっと、危ない」


 言いながら、まるで空き缶を投げるように、ぽいっと自転車を道の端へと投げた。

 ガシャン、と自転車は大きな音を立ててアスファルトの道路を滑る。思わず自転車を目で追うスグリの喉に、冷たい指が触れた。


「自分の心配より、自転車の心配?」


 くすりと笑う青年の冷たい吐息が、頬を撫でる。

 一気に鳥肌が立ち、スグリは青年の肩を反射的に押す。だが、青年の身体はびくともせずに、逆に反動でスグリが後ろに転ぶ羽目になった。


「痛っ……!」


 咄嗟に地面に付いた手に痛みが走る。アスファルトで擦れたのか、尖った小石でもあったのか。

 傷ついた掌からは、赤い血が滲み出て流れる。それを見た途端、青年の褐色の目がじわじわと赤い色に染まっていった。


「……ごめんね、スグリちゃん。赤橙の血を流すなんて、勿体ない事をしてしまったよ」

 

 青年はスグリに向かって手を伸ばしてくる。

 腕を掴まれそうになったその時、急に真上から冷たい風が吹いてきたかと思えば――


「っ!」


 青年が目を瞠り、スグリから勢いよく飛び退る。

 同時に、スグリの目の前に大きな壁ができていた。

 スグリと青年の間にそびえ立ち、冷気を放つそれは、氷の壁だ。

 青く透き通るその氷には、見覚えがあった。

 これは、彼が作ってくれた、あの氷の花と同じだ――。


 呆然とするスグリと青年の真上から、声が降ってくる。


「――スグリから離れろ!!」


 鋭い声に顔を上げると、黒いローブを纏った栗色の髪の青年――青樹夏馬せいじゅ なつめが、箒の上からこちらを見下ろしていた。



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