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第七話 ブラッディ・ゼリーは誰の味?(1)


 菓子店ポムグラニットには常連客がいる。


 二日に一度、小型犬三匹の散歩がてらにやってきてシュークリームを買っていく、早川さんとこのおじいちゃん。

 三日に一度、イートインスペースで季節のタルトやシフォンケーキでお茶会を開くのは、三人組のおばあちゃん。女学生時代からの付き合いだという、美嶋さんと相原さんと三枝木さんだ。

 週に一度訪れるのは、昨年この町に引っ越してきて、古民家風のレストランを営む若夫婦の上野さんで、幼い子供二人の手を引いて、ショーケースをのぞいて楽しそうにケーキを選んでいく。レストランでのデザート用にポムグラニットの焼き菓子を卸す、大切な取引先でもある。

 そして、二週間に一度、日曜日に遊びに来てくれるスグリの友達の穂南ほなみ紗子さこ。手ごろな焼き菓子をお供にして、部屋で勉強会を行う。


 ポムグラニットがあるのは、郊外の小さな田舎町。

 いくら、魔法菓子の第一人者であるマダム・ザクロが営む本店とはいえど、町営バスが二時間に一本という交通の不便さと、当のマダム・ザクロが世界中を飛び回って殆ど店にいないという状況から、地元以外の客は少ない。

 ほとんどの常連客は、スグリの日常生活での顔馴染みなのである。

 なので、偶に見知らぬ客が来ると、スグリは緊張と期待を持ちながら対応する。


 そして今日も――






 店のドアが開いたのに気づき、スグリは顔を上げた。


「いらっしゃ……いませ……」


 挨拶の声が途中でかすれ気味になったのは、思わず見惚れてしまったからだ。


 店に入ってきたのは、それは綺麗な青年だった。

 二十代前半くらいだろうか。背が高く、手足がすらりと長い。金茶色の髪は緩くウェーブが掛かり、白皙の頬にかかる。日本人離れしたくっきりとした目鼻立ちで、長い睫毛に縁どられた眼の色は淡い褐色だ。

 明らかに異国の人、そしてテレビの中でしか拝めないような絶世の美形の登場に、一応は年頃の少女であるスグリは、例外なく見惚れてしまった。


 ぽかんと口を開けるスグリに、青年は微笑みながら話しかけてくる。


「こんにちは、お嬢さん」

「……あ、はいっ、こんにちは!」

 

 我に返ったスグリが頭を下げて勢いよく挨拶すれば、青年は口元に長い指先をやりながら、くすりと上品に笑った。

 恥ずかしい所を見せてしまった、とスグリは頬を赤くしながらも、いつも通りの口上をのべる。


「い……いらっしゃいませ。ご入り用のものは何ですか?」

「うーん、何にしようかな」


 青年はショーケースの中を覗き込む。「ごゆっくりどうぞ」と言って、スグリはカウンター内で背を伸ばした。

 ショーケースを楽しそうに見やる青年が視界に入るたびに、何だか緊張してしまう。

 ミントがいれば、背中をわしゃわしゃと撫でて気を逸らせるのに。そう思ってカウンターの上のマットを見やるが、スグリが店番に入っているので、サボりがちな彼は不在である。

 スグリがそわそわしている間に、青年の注文は決まったようだ。


 白く細い指が差すのは、真っ赤なゼリーが入った透明のカップだ。

 柘榴と野苺のシロップを使ったゼリーが二層になり、表面には柘榴の粒と野苺が乗り、その上には白い生クリームがたっぷり絞られていた。

 十月も半ばになった今は、ハロウィン用の飾りで、黒いコウモリ型のブラックチョコレートがちょこんと刺さっている。赤い色を血に見立てて、『ザクロのブラッディ・ゼリー』とこの時期だけの名称がついていた。


 他にも、長方形のチョコレートケーキをビターチョコレートでコーティングして、上に金色の十字架を乗せた『チョコレート棺桶コフィン』。

 紫芋で作られたペーストが鮮やかなモンブランの『ゾンビのブレインモンブラン』。

 それから、小さなカボチャ型の容器に入ったパンプキンプリンの『ジャック・オー・プティング』。プリンの上に乗ったチョコレートのカボチャおばけが、小さな青い炎と共にゆらゆらとダンスを踊る魔法がかかっており、見て楽しく食べて美味しい仕様になっている。

 

「ブラッディ・ゼリーを一つ」

「かしこまりました」

「ここで食べていくことはできるのかな?」

「はい。よろしければ、無料で紅茶かコーヒーをお出ししておりますが、どちらになさいますか?」

「そうだね。それじゃあ、紅茶で」


 イートインスペースのテーブルについた青年は、優雅に足を組む。その一連の動作も実に絵になっていた。

 スグリは見惚れそうになる前に、ブラッディ・ゼリーをショーケースから取り出し、お盆に乗せ、スプーンを添えて彼の前に置く。


「紅茶をお持ちしますので、しばらくお待ちください」

「ありがとう」


 綺麗な笑顔を浮かべる青年に一礼し、スグリはそそくさとキッチンの方へと向かった。

 緊張していたスグリは、その背に強い視線が注がれていることに気づかない。


「……あの子が、『赤橙ざくろ』の姪か」


 青年の唇が妖しく弧を描いたことにもまた、スグリは気づくことは無かった。





魔法菓子の説明おまけ

●チョコレート棺桶 : 棺桶の蓋になっているコーティング部分が勝手に動いて、ホワイトチョコレートでできた白い手が出てくるというホラー風魔法。

●ゾンビのブレインモンブラン : 中には白い脳髄……ではなく、白いさくさくのメレンゲ菓子が入っている。食べるとゾンビっぽく……なりません。




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