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何も知らずに来たとはいえ笑いに耐える自信がなかった。
王子がアバズレに真実の愛に目覚めたとかお前との婚約を破棄するだとか騒ぎ始めたのだ。
しかも言われのない罪で私を糾弾してくる辺りロクに調べもしないで虚言だけ信じている辺りは上に立つ者としては価値がない。
国王達はこの状況を静観している。
どうやら王子の根回しは効いているようだった。
そして決定的な証拠として私がアバズレを階段から突き落とした姿を目撃した令嬢が現れると父は唖然とし、母は気を失って倒れてしまった。
その光景はまさに滑稽、喜劇である。
あの女は私の偽物を使ったのだが、それが私の侍女のサラーシャだとは誰も思わないだろう。
姿形が似ているサラーシャにみすぼらしいドレスを着させて売れない女優のフリをさせて私の代役を探しているアイツの前に出すとすぐに食いついた。
あとは適当にやらせておいてワザと証拠を残してやるのだが、思いの外上手くいったので満足する。
『婚約破棄お受けいたしましょう』
感情を表に出さないようにしながら頭を下げて承諾すると周りが騒然とした。
驚いたのは目の前にいる二人が一番驚いていた事だ。なんでだよ。
とりあえず今後の事を王子に聞いてみた。
万が一処刑なんてされようものなら私は実力をもって排除しなければならない。
しかし王子はまぬ…心優しいお陰で私は国外追放で済みそうだ。
ならば気の変わらぬ内に確約を設けた。
最初は受け入れられないと切り出されそうになったが、アバズレのおかげで話を切り出せた。
『私が国を出る際は誰も追ってこないようにしてくださいまし』
これは私が彼らに対する最大の慈悲。
旅の準備をする為にさっさと会場を後しようとするのだが、その前に私は彼らに忠告する。
『もしこの条件が破られた際は…お気をつけを』
その瞬間、アバズレが顔を引き攣らせていたのがまた面白かった。
立場が悪いはずの私が毅然として会場から去り、残された者だけが取り残されているのを傍目で見るのは清々しい気分になった。
◇
屋敷にはすぐに帰らなかった。
サラーシャをアルフォンスの元へ行かせて準備させるように指示を出すと、私は悠々と馬車で彼らがいる職人街へ向かった。
他の建物に火が灯っておらず、皆が寝静まった頃にようやく二人が待つ一件の古い家屋に到着すると私は中に入って早速着替えに取り掛かる。
サラーシャにドレスを脱がせるのを手伝わせ、アルフォンスに服を持ってこさせると顔を真っ赤にさせていた。
どうやら私のガーターベルト姿は彼には刺激が強すぎるようだった。
服を彼から受け取ると、広げて服をしみじみと眺める。
見慣れたカーキー色の軍服は昔某国から奪い取った軍服そっくりだった。
袖を通すと体にしっくりと馴染むのは前世を思い出しているからだろう。
その後様々な道具を拵え準備が整うと、私は用意していたサバイバルナイフを取り出して長くなった髪を纏めては雑多な長さに切り揃えた。
サラーシャとアルフォンスは驚いていたが、長年かけて伸ばした髪ははっきり言って邪魔だった。
今後旅をするにあたって風呂に入れる機会は悉く減るので、水で洗えるようにとの考えもあった。
アルフォンスが「勿体ない」と呟くと私はそれをアルフォンスに手渡した。
「それを私だと思って慰めれば良い」
そういうとアルフォンスとサラーシャは意味を理解したのか言葉を失っていた。
そんな二人を取り残し、机に置かれていた私の半身を手に取ると弾が装填されているかを確認する。
左右専用に用意しているのでシリンダーと呼ばれる回転式弾倉が内側に振り出す事が出来るように製作した。
弾は量産が始まったばかりで数は揃えられないが、リュックの中には弾薬庫のように敷き詰めているのでしばらくは間に合う。
小銃の動作を確認し、服に付属したポケットに弾倉をしまうと準備は完了だ。
「邸宅には帰らなくてもよろしいのですか?」
このまま帰るのはめんどくさいと思い始めると、私はこのままアルフォンス宅に泊まると話すとサラーシャはそう切り出してきた。
仮にも親だが、私はそこまで親愛はしていなかったので手紙だけを書いて外に待たせていた御者に持たせて帰らせた。
ちなみにサラーシャは私に付いていくと決めており、密偵時代の服を引っ張り出して来る為に一時離脱し国境近くで待ち合わせする事にした。
アルフォンスはすぐに付いていきたいと話してはいたが、家族を隣国の安全な場所に移すまでは合流しないと話した。
私もその方がいいと了承するとその日の夜はかなり盛り上がった。
私には彼に対して愛はなかったが、彼の方は違う様子だった。
私には理解できないが、彼は私と別れるのが寂しいと話してきた。
別に死別する訳ではないと話していると彼は微妙な顔をしていた。
彼の気持ちを理解するにはまだ時間が掛かりそうだ。
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