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「~♪~♪~♪~♪」
彼女は鼻歌を歌いながら私を担いで廊下を歩いていた。
彼女の服はこの時代には似つかわしくない軍事色の強い動きやすい格好をしていた。
しかも長く美しかった金色の髪は、何かで一気に断ち切ったかのように短くなっていた。
そして噎せ返るような硝煙の臭いが彼女から感じ取られ、どれ程弾を撃ったのか理解出来なかったが、廊下を見て私は理解した。
「ひっ…!?」
毎日侍女達が丹念に清掃していた廊下は、その侍女達の血肉で汚され、進む度に兵士、騎士、文官、貴族と様々な人間が物言わぬ肉塊になっていたのを見せつけられた。
中には見知った人間も居たし仲の良い友人とも呼べる姿もいた。
思わず吐きそうになるのを必死に抑えた。
彼女からの忠告で「吐いて服を汚したら殺す」と言われ、とにかく彼女の機嫌が損なわない事に気を徹した。
するとある事に気が付いた。
今彼女が歩いている道は私も見知った道でもある。
そこは王が居る玉座の間へと続く道。
もしやと嫌な予感が体の中で駆け巡ると、彼女は玉座の間にたどり着き、その扉を開いた。
◇
「痛っ!!」
乱暴に投げ込まれた私の目に入ってきたのは、クールながらいつも優しく接してくれる宰相の息子の顔だった。
彼も攻略対象の一人でクールな見た目に反し愛玩動物が好きで、可愛いものを部屋に置いては愛でていた。
今は苦悶に満ちた表情のまま死に絶えていた。
「いや…!?」
すぐさま離れようとするのだが、何かを踏んで転倒してしまう。
するとそこにはスポーツ系の爽やかな青年で、これまた攻略対象の将軍の子息がいた。
赤い髪が特徴で、いつもヘラヘラして笑っては私を城下に連れていって様々な事を教えてもらった。
今では首だけになっていたが。
「いや…!」
それから目を反らそうと王が座る玉座に目をやると、優しい国王と王妃、そしてまだ幼い第二王子もいた。
髭を生やしたサンタクロースのような国王と歳を重ねてもその美しさが衰えない王妃、そして私を姉と呼び慕う第二王子。
彼らは第二王子を庇うように息絶えていた。
「いや…!!」
すぐさまここから逃げ出したいと何度願った事か。
私は壁に背を付けて這ってでも逃げようとした。
だが不意に背中から感じ取る滑りのある感触に恐る恐る振り返った。
そこは何かが弾け飛んだかのように壁を血で染めていた。
それは誰かが爆発で死んだ事を物語っている。
だから私はこれが誰なのかをすぐに理解した。
いや、この状況において私は理解したくはなかったが、彼女は私を殺さずに何故わざわざ玉座の間まで連れてきたのか理解した。
「…殿下は?」
なんとか振り絞った声で彼女に問うと、彼女は笑みを浮かべながら私の後ろの壁を指差す。
あぁやはりかと納得した時には私の中で何かが切れた。
「…なんでよ?」
「なんで、とは?」
私は聞いた何故この様な事を仕出かしたのか?
だが、彼女は逆に聞いてきた。 何故私が悪いのかと。
「貴女は悪役令嬢で、私はヒロインのアリシアよ!? シナリオ通りなら貴女は地獄に落ちて私は幸せに…!!」
「ん~…そのシナリオ通りとは何の事でしょう? 確かに貴女は前世の記憶を持ってらっしゃる様だが、私にはそのシナリオというのがさっぱり分からない」
彼女は私が転生者だと知っていた。
だから私はこの世界が乙女ゲーによく似た世界なのだと説明すると、彼女は一呼吸置いてから高らかに笑った。
「くはははは!!」
「何がおかしいの!?」
「何がおかしい…? おかしいのは貴女だお姫様」
私は彼女の言葉が理解できなかった。
だが彼女はそのおかしいと思う理由を答えてくれた。
「確かにこの世界は貴女が言うゲームの世界によく似ているとしましょう。 だがこれは紛れもなく現実だ。 仮想ではない。 腹も空けば、眠たくもなるし、こうやって簡単に人も死ぬ。 貴女はそれを理解していなかった。 これはゲーム、想定外の事は起こらず己の意のままに動かせると…」
冷水を頭からかけられた気分だった。
確かに私はこれが現実だと理解していなかった。
いや分かってはいたが、現実から目を反らしていた所はある。
だから彼女が意と反する行動を取る事に苛立ちを覚えていた。
「なら…ならなんでこの人達を殺す必要があったのよ!!」
「逆上ですねぇ…。 貴女方が私の約束を反故したからでしょう?」
私は完全に逆恨みしていると自覚していた。
彼女の言われた通り私は彼女の約束を破った。
だが彼女がここまでする理由が分からなかった。
「だからって殺戮をする必要はないわ!! ざまぁするなら他の人を巻き込まずに…!!」
「何故報復する相手に慈悲を与えなければならないのでしょうか? 私は私の仇になる者に対しては誰であろうと容赦はしません。 それが親しい友人であろうが、親兄弟であろうが、泣き叫ぶ赤子であろうが」
彼女の考え方はシンプルだった。
自分が邪魔されなければ相手に対して非常に無害になる。
むしろ協力を惜しまなかっただろう。
だが、彼女を蔑ろにするようなら彼女は相手を徹底的に叩き潰す。
「貴女が私を追わなければ私は黙って北の戦場に行ったのに、貴女がいけないのですよ?」
彼女はそう言いながら私に銃口を向けた。
私はそれを止めさせようと口を動かそうとしたが、彼女の引き金を引く方が早かった。
◇
“王国の落日”事件はすぐさま大陸全土に衝撃が走った。
死者は王族全員を含め百名は下らないとされ、それらは謎の武器により殺害された事が分かった。
しかもそれが後に一人の公爵令嬢が起こしたと分かると更に衝撃が走った。
その令嬢は後に“魔弾”と呼ばれる程に畏れられる傭兵となったのだが、彼女は今日も何処かで元気に戦場を駆け抜けていた。
次はクラウディアsideのお話になります
この度日間ランキングに81位に入らせてもらいました‼
これも皆様のお陰でございます‼