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最終的に私達はクラウディアの条件を無視する形になった。
悪役令嬢クラウディアは一人静かに“あの世”へ旅立ってもらう事になった。
しかし…。
◇
暗闇の中、私は息を潜めていた。
なぜこんな事になったのかと己の今までの行いをずっと考えていた。
しかしそれらの考えを吹き飛ばすかのように一発の、この時代、いやこの世界に聞こえるはずのない破裂音が遠くから聞こえてくる。
あの女はいつものように笑みを浮かべてやってきた。
刺客は沢山出した筈なのにその日の内に私達がいる城へ単体で乗り込んできた。
それは普通の常識で考えれば無謀に等しいのだが、彼女はたった一人で城を落とした。
『約束をお破りになりましたね?』
彼女は変わらぬ笑みを浮かべていた。
城を守る騎士達は女一人と高を括り剣を抜いて駆けていく。
そして破裂音と共に断末魔を上げて倒れていった。
それは私だから知っている武器。
彼女は銃を拵えていた。
この時代は言わば中世ヨーロッパをモチーフにしている。
だから彼女が持つ拳銃や銃剣付の小銃は本来ならば存在しない。
しかし現にそれらはあり、しかもその細身からは信じられないぐらいに巧みに立ち回って平然と人を殺していく。
気が付いたら城内入口は血の海になっていた。
弾が尽きれば隙が出来るはずなのだが、彼女にはそれがない。
一切無駄なく精練されたダンスのように弾を込め、引き金を引き、弾を撃つ。
時には銃剣で鎧の隙間から差し込み仕留めていく。
私と王子様は戦慄した。
不気味な位に大人しいと思っていた淑女が、今は嬉々として人殺しを楽しんでいる。
それはあの付けたような笑顔とは全く違うものだった。
イケメンの王子が愛を語らっても、ご婦人達と他愛のない会話を語らっていても、豪華絢爛な舞踏会のダンス中でもそんな笑顔を見せる事はなかった。
だから分かった。
彼女も転生者であると、そして私のような輝かしい世界に憧れを持つ少女ではない。
私がいた頃には転生もののテンプレで“悪役令嬢”以外にも“チート”で異世界を蹂躙するラノベも流行っていた。
彼女は本来ならばそう言った世界に転生すべき人間だったのだ。
そして彼女は約束を破られると必ず報復する性格なのだ。
子が親の約束を破った時のように、親が子に仕置きするように、彼女はそれだけの理由で何の躊躇もなく殺していった。
ふと視線が合った。 私は二階からそれを見ていた。
彼女は私に憎しみや怒りを向ける訳ではなかった。
ただ一言呟いては再び死の舞を踊り始める。
私は恐れおののき奥へと逃げ出した。
◇
あれから何時間経っただろうか?
私はとある部屋のクローゼットの中に隠れていた。
遠くからは男女関係なく悲鳴が上がり、銃声が聞こえた後はそれも自然と聞こえなくなる。
そして音が聞こえなくると私は不安に掻き立てられる。
逃げ出したい衝動に駆られるが、今表に出れば私は彼女に殺されるだろう。
だから息を潜めて援軍を待つしかなかった。
王子様は私をここに隠して国王の元へと行ったがそれからしばらく帰ってこない。
もしやと考えていると遠くから足音がした。
誰かは分からないが鼻歌を歌っているので酷くご機嫌そうだった。
彼女だ。 そう理解すると必死に気配を殺す。
だが彼女は私がいる部屋を知っているが如く無慈悲にその扉を開けた。
軋む音が部屋に響き渡り、足音が近づく度に私の鼓動が早くなる。
気づかないで!!気づかないで!!気づかないで!! 心の中で何度も叫びながら懇願していると、それが天に通じたのか扉が閉まる音がした。
ホッと一息して安心した。
これでもう大丈夫だ。 しばらくは時間を稼げると、そう思っていた。
クローゼットの扉を足で蹴破り、満面の笑みを浮かべて此方を見つけた彼女の笑みを見るまでは。