こちら、落し物預かり所。
イラスト:杞紗さま ( http://12191.mitemin.net/ )
指定ジャンル・必須要素:恋愛(希望)。「指輪」の描写があること。
→→ ジャンル:恋愛 (イラストは表紙として)
この作品は15,360字となっております。
人は、人生でひとつは落し物をする。
それはお金だったり、大切にしているものや反対に捨てる寸前のものだったりと様々。だがたとえどんなものでも――名前が書いていなくても、ゴミ箱直行のものでも――人の手から意図せず失われたものは全て落し物。元あった手に帰るべきもの。
だけど、ただその場に落とされているだけでは意味がない。風に飛ばされたり、雨によって劣化したり、違う誰かのものになることもある。正しい手に帰る前に損なわれるというのは、ものにとっても人にとっても決して喜ばしいことではない。持ち主にとって何にも代えがたいほどのものなら、なおのことそうだろう。
誰かが言った、「どこで落としたかさえ分からないものでも、ひとつのところに集まればいいのに」と。
科学が劇的に進歩したこの世界でも落し物は見つけられない。そこに行けば全ての落し物が見つかるような場所があれば――。その場に居た幾人かのそんな小さな願いは、やがて叶えられる。
**********
先の尖った高層ビルが立ち並ぶメトロポリスの中心地。多くの人が行き交う大通りを前に、左右の建物に今にも潰されそうに存在する小さな建物。
その場所こそが、誰かが望んだ、“落し物預かり所”だ。
全面を覆う、綺麗に磨かれたガラスの向こうで忙しなく動いているのは、ここの唯一の管理人である若い女性。
朝日のような目映い髪色。この界隈では珍しい翠の瞳。愛らしいその顔立ちと惜しげもなく出された腕や腿がその若さを強調させるが、シックな色合いのコスチュームが全てを引き締めて見せる。胸元には淡いピンク色をしたハート型カプセルをぶら下げていて、総じて年相応な女性といった印象だ。
彼女の名前は優莉。
彼女がどこから来たのかを誰も知らない。ただ知っているのはある日突然やって来て、長い間埃を被っていたこの小さな建物で落し物預かり所を始めたことだけだ。
しかし誰一人それ以上を知りたがる者は居ない。ここにやって来る者は自分の落し物にしか興味がないからだ。もしくはそれ以上知らなくても友好関係は築けるから。
「よお、優莉ちゃん。おはようさん」
「あ、おはようございます、匡志さん!」
「今日はまだ収集、行かないのか?」
「これから一時間ほど行って来ますよ」
若くて明るくて可愛い彼女。その人柄でファンは多い。だが根掘り葉掘り聞くような無粋な人間はこの辺りには居ない。大変な仕事をやってくれているだけでありがたい存在なのだ。
匡志、と呼ばれた大柄な男は彼女のファンの第一号と言えるだろう。毎日ここに寄るのが日課になっている。
「優莉さぁぁぁん」
年頃は優莉と同じく二十代前半であろう女性が彼女の名前を呼びながら、赤茶の長い髪を振り乱して全力疾走してくる。
「マナさん! ……大丈夫?」
マナ、と呼ばれた女性はぜーはーと荒い呼吸を繰り返しながら、カウンターに手をついた。
フリルをふんだんにあしらったドレスでドールのような出で立ちだが、苦しそうに顔を歪ませる姿には似合っているとは言い難い。異国の香りのする美しい顔が台無しだ。
マナは何とか呼吸を整えて口を開いた。
「はぁ、あのね。昨日、メリーちゃんが迷子になっちゃったみたいなの」
「おいおい、お嬢さん。ここは迷子預かり所じゃないぜ」
「そんなことは分かってます!」
茶化すような物言いの匡志にマナはつっけんどんに返す。
そんな二人のやり取りを微笑みながら聞いていた優莉は、メリーちゃん来てますよ、と告げて小さな箱をカウンターに差し出す。
何の変哲もない黒い箱だ。それも掌に載るほどのごく小さなもの。これのどこが“メリーちゃん”なのか。
その答えはすぐに示された。
「ではいきます。ワン、ツー、スリー!」
優莉が明るい掛け声と共に箱を開けると、中から箱の二十倍はあるだろう巨大なうさぎのぬいぐるみが飛び出てきた。元は白かったのだろうが、浅黒く変色している。マナはそれを何とか空中で受け止めると、
「メリーちゃぁぁん、おかえりぃぃぃ!!」
と歓喜の声を上げて、涙ぐんでさえいる。
「メリーちゃんって、ぬいぐるみかよ……」
「わたし達にはぬいぐるみでも、マナさんにとっては大切な家族ですよ」
匡志が見た優莉の横顔は優しくも切なげで、家族についてはあまり触れないようにしようと匡志に思わせた。
喜びのダンスに興じていたマナが、元気よく手を振りつつ帰って行く背中を見ながら匡志はしみじみと話す。視線の先には空になった黒い箱があった。
「しかしいつ見てもすごいな。そんな小さいのからあんなでかいのが出てくるなんて」
やっぱり優莉ちゃんは魔法使いか? と続けると優莉は、秘密です、と笑って答えた。
奥行も然程広くない落し物預かり所には、およそ数百点の落し物が収容されている。幾世紀前と比べれば人の住む区域が小さくなったとはいえ、落し物の数が少なすぎると思えるだろう。
しかしこれも落し物預かり所ができたお蔭で、皆がそこに行けば必ず取り戻せると認識しているからだ。持ち主が取りに来れば当然残る数は少なくなる。そうやって数百点程度にまで抑えられているのだ。
が、その数のものを普通に保管するなら広さはどの程度必要だろう。積み重ねて押し込んでも相当な面積が必要になる。
けれどここではそれを気にする必要がない。何故なら落し物は全て、メリーちゃんが入っていたのと似た箱に収められているからだ。落し物の大きさはピンからキリまであるが、箱は最大のものでも掌サイズ。だからこの大量の落し物をここだけで保管できているのだ。
ここまでは大抵の者が知っていること。皆疑問に思うのは「どうやって小さな箱に収めることができるか」だ。それについて彼女はいつも、秘密です、とはぐらかす。匡志がおとぎ噺の魔法使いを例に出すのも無理はないだろう。
「では、そろそろ収集に出掛けてきますね」
「お、おうよ、俺もそろそろ行かねぇとな」
優莉は言いながら、カウンターの下から這い出てくる。
左右の大きな建物に挟まれてしまったこの建物には扉らしい扉はなく、カウンターの下に膝丈ほどの高さの簡易の扉がついているだけだ。そこから女性が出てくる姿というのは、目のやり場に困る。匡志は晴れた空を見上げて返事をした。
収集に出掛けると言った彼女の変化といえば、頭に濃い紫のカチューシャを付けていることと、腰に革のポーチを下げていること。そのポーチの中身を彼女以外の誰も知らない。
「洒落た色のカチューシャだよな、よく似合ってる」
「へへ、ありがとうございます。まぁ、お洒落のためというよりこれも商売道具なんですけどね」
いってきます、と高らかに声を上げて優莉は走り去った。ごく小さなヒントを落として。
「ってことは収集に使われるってことか。カチューシャがねぇ」
深まる先の見えない謎に匡志はにやりと口角を上げると、仕事場への道を進んで行った。
**********
カウンターにはカーテンが引かれている。<落し物収集中、御用の方は呼び鈴を>と手書きで書かれた白いカーテン。置かれている呼び鈴は一見普通のものに見えるが、どこに収集に出ていても鳴ればすぐに戻ってくるのだから、やはり彼女は魔法使いかもしれない。
彼女は匡志と別れてからまだ帰ってきていない。もうすぐ一時間が経つ頃だ。
そこへ、ひとりの男性が重たい足取りで近付いていく。そっと様子を窺ってカーテンに書かれた文字を確認すると、呼び鈴を鳴らすでもなくどうしようかと考え込んでいる様子。
若い男性だ。鮮やかな青髪が風に乗ってさわさわと揺れている。少し長めの前髪から覗く憂いを帯びた瞳は、髪と同じ色をしていた。きりりとした聡明な顔立ちが、この辺りでは見かけないスーツ姿にもよく合っている。
男性は迷うように周囲に視線を走らせた後、意を決した表情で呼び鈴に手を伸ばした。が、手を翳したまま鳴らそうとしない。その指は少し震えていた。
そこにリズミカルに地面を鳴らす足音が聞こえてくる。彼にもそれは届き、振り返りその足音の正体を認めた途端、表情が変わった。様々な感情が綯い交ぜになった瞳からは、彼の心の内は分からない。
「あ、おはようございます! 落し物ですか?」
優莉の方も、男性の存在に気が付いた。呼び鈴を押そうとしたまま固まっていたその人は、明らかに落し物を探しに来たのだろう。彼女の判断は勿論正しいが、彼は恐らくそれだけではなさそうだ。
「えっと、はい。……大切なものを」
彼の声に力が篭もる。手を戻して正面から優莉を見据えた彼は、ただ真っ直ぐ彼女だけを見つめていた。
そんな様子に、優莉も落し物預かり所の主人として身が引き締まる。
落し物は“落し物”としてまとめて集めてしまう。持ち主にとっての重要度が判らないまま。けれど目の前の人の大切なものを預かっていると思うと、もっと慎重に扱わなければいけない、全ての落し物を預かっているのは自分なのだから。優莉は姿勢を正した。
断りを入れて、彼女はカウンターの下の扉から中へ入っていく。
ドン、と重たい音を響かせて腰に下げていたポーチがテーブルの上に置かれる。出掛けた時よりも一回りほど大きくなっているようだ。
人を待たせているからか少し急いだ様子でポーチからあの箱を取り出す。ひとつ、ふたつ、みっつ……。全て出し終わる頃には、テーブルに十三個の箱が重ねられた。どうやらポーチ自体にも何か秘密があるらしい。
元の大きさに戻ったポーチを壁のフックに掛ける。頭にしていたカチューシャも同じところへ引っ掛けた。
収集後のいつもの行動を終わらせると、優莉はカウンターの前に駆け寄る。目隠しにしていたカーテンを開けると、表情を硬くした彼が立っていた。
「お待たせしてすみません。それで、その落し物について教えていただけますか?」
預かり中の落し物の情報が入っている端末を持って、優莉は問いかけた。それに対して彼は、どこか躊躇うように視線を彷徨わせてから、答えた。
「……指輪、です」
「指輪?」
「シルバーの、シンプルな指輪です。石がひとつだけ、ついています」
彼の声がやけに耳に馴染む。中性的で、やや低めの声。滑らかな言葉運びが見事で、時折訪れる間さえ言葉の一部のようだと、優莉は頭の隅で考えていた。
気を取り直し、指輪の落し物がないか端末で探し始める。表示されたのは七件。全体で見れば少ない方だ。
しかし、彼が言う「シルバー」の「シンプルな」、「石がひとつだけ」ついたものはその中にはない。落し物は残らず回収しているはずなのに、と考えてから嫌な予感が過る。
――誰かの手に渡っているかもしれない。
都市改革が行なわれてから貧困層はかなり減ったと言われている。低くても生活できる賃金を得られる仕事が山ほどあるからだ。確かにこのメトロポリスではもう数十年もそうした貧困層の影はない。が、それはつまりゼロにはなっていないということだ。中心部から離れれば路上を寝床とする者はまだ少なからず居る。
そういう生死の際を歩く者にとって、指輪なら安くても一月は過ごせるくらいの金になる。所詮落ちているのだからと私物にしてしまう者も居るのだ。
顔を上げた優莉は、しかしそんなことは微塵も感じさせなかった。申し訳なさそうに、それでも希望に満ちた表情をしていた。
「ごめんなさい、その指輪はまだ回収できていないみたいです。
どの辺りでいつ頃落とされたか分かりますか?」
すぐに出てくると思っていたからだろうか、彼は今までで一番不安げに瞳を揺らした。
優莉はこれまで幾度も、そうした反応の人達を見てきた。大抵の場合、人はどこでいつ落としたか分からないものだ。だから安心させるようにゆっくりと言葉を出した。
「大体で大丈夫ですよ。いつ無くなったのに気付いたか、それがどこを通った後だったかが分かれば、見落としていたものも見つけやすくなるので」
本当は見落としなどあるはずがなかった。ただ目視で探すような不確かな方法を取っている訳ではないのだから。
しかし彼女はそんなことは考えなかった。今手元にないのだから、どこかにまだあるはず。たとえ誰かの手に渡っているとしても、何とかしてこの人の手に返してあげたい。そんな思いでいた。
彼の方も、彼女のそんな気持ちを感じたのか、控えめに口を開く。
「昨年の十一月一日、午後七時。ユニオン地区のレストランで……僕の手から、離れた」
彼の回答はあまりに鮮明だった。これで、分からないから言うのを躊躇ったのではないことが分かる。
では何故、彼は言いあぐねたのか。そして含みのある言い回し。「僕の手から離れた」とは、「落とした」と語る以上のどんな意味があるのか。
優莉には分からなかった。だが、分かる必要はない。彼女にとっては落し物を見つけることだけが重要なのだ。情報提供に礼を言い、頭を下げた。
「この場所を重点的に改めて探してみたいと思います。見つかり次第連絡ということでいいですか?」
「あ、いえ。……もし迷惑じゃないなら、毎日来ても?」
顔色を窺いながら、彼はそんな提案をした。あなたのプレッシャーにならないなら、と気遣うところに彼の人となりが垣間見える。
「勿論。できるだけ早くお手元に返せるよう努力します」
「お願いします」
胸を張って応えた彼女に、彼はどこか複雑な表情を浮かべていた。とても曖昧な愛想笑い。それは彼自身が隠し通せない、心に落ちた影なのかもしれない。
そのまま立ち去ろうとする彼を、優莉は呼び止める。
「あの! お名前を伺うのを忘れていました」
「しゅうや、です。何か書くものがありますか?」
紙とペンを受け取ると、やや角ばった硬い文字で、修哉と書いた。優莉が思い浮かべたのと同じ漢字だった。
「修哉さんですね。あ、わたしは優莉と言います。
ここは私しか居ないんですけど、いつでも気軽に来てくださいね」
って、それじゃ駄目か。優莉はそう続けて恥ずかしそうに頭を掻く。それを見て彼――修哉は微笑ましいとでも言うように目を細めた。
今度こそ去りかけて、次は修哉の方が足を止めた。優莉さん、と呼びかけた声が喧騒の中に溶けていく。
カウンターから少し離れたその場所で、彼は優莉をじっと見つめた。優莉は青く光る瞳から目が離せない。
「あなたが失ったものは……大切なものでしたか?」
周りのざわめきが一瞬にして空間の外に押し出されたように、修哉の言葉だけが優莉の頭に反響する。
なおも逸らせない視線の先で、彼の瞳は強く何かを訴え、けれど今にも崩れそうに脆くもあった。
優莉は心の奥の凍りついていた部分が騒ぎ出すをの感じていた。
――大切な、もの。失ったものは……?
流れる疑問符に言葉が出ない。こんなことは初めてだと、きっと初めてだろうと思った。
修哉はその他は何も言わず、答えられない優莉に背を向ける。遠くなる彼の姿をただ呆然と見送りながら、優莉は静かに思う。
――あの人は、わたしの何かを知っている?
**********
翌日、匡志が落し物預かり所に立ち寄った時刻、既に優莉の姿はなかった。あるのは引かれたカーテンだけ。
「今日の収集は随分早ぇな、遠くでも行ってんのか?」
毎朝会わなければ調子が狂うが、落し物をしている訳でもない匡志は呼び鈴を押さない。大柄で強面の匡志は、口は悪いがかなりの常識人だ。
ちと早いが仕事に行くか、と溜息混じりに歩き出す。
一回りも下の優莉には、妹か娘のような気持ちを抱いている。突然現れた謎の女性だろうと関係ない。人のために粉骨砕身できる奴はいい奴だ、というのが匡志の口癖。その通り励む優莉の姿は甲斐甲斐しく、できるだけ毎日その元気な姿を見たいと朝一番でここに立ち寄っている。
足を引きずるようないつもの歩き方で進んで行くと、向こうからスーツ姿の男性が歩いてくる。自分より十は下だろう。その真っ直ぐ乱れのない様に、見習うべきかと少し背筋を伸ばした。
そんな匡志の考えなど知らず、その横を通り過ぎた修哉は落し物預かり所に辿り着いた。
昨日と同様、そこに優莉は居ない。今日の彼は初めから呼び鈴を押す気がないらしい。帰って来るまで待つようだ。そっと瞼を閉じた。
「修哉さん!」
すぐに遠くから声がして、修哉は振り返る。昨日と同じ出で立ちの優莉が走って来るのが見えた。
優莉は重そうなポーチと胸元のカプセルを揺らしながらやって来て、彼の前で立ち止まる。ブーツの踵がコツン、と軽い音を立てた。
おはようございます、と挨拶をした彼は、昨日のことなどなかったように穏やかな表情をしていた。
「あの、今日ユニオン地区のレストラン跡地で収集をしてみたんですが、指輪は見つかりませんでした。瓦礫の下に埋もれているというのもなさそうで……。
明日はその周辺でやってみようと思っています」
優莉の方は残念そうにそう言った。修哉は何も言わず頷く。
その状況に居心地の悪さを感じて、優莉は早口に言葉を出す。
「こんなことを本当は聞いちゃいけないとは思うんですけど……どうして今探しているんですか」
一年も前に無くしたのに、と暗に語っていた。その考えは隠しきれていないだろうと優莉自身、思う。無粋な真似だとも分かっているのに、口走ったものはもう遅い。
修哉は足元に視線を落として、言葉を選んでから口を開いた。
「もうすぐ丸一年が経ってしまうから。一年を過ぎてしまえばもう、終わりしかない気がしたから」
十月三十一日まで、あと一週間を切っていた。その日を過ぎれば「終わりしかない」。そこにどんな事情があるのかを彼は話そうとはしない。肝心の部分は敢えて触れないようにしているようだ。
しかし彼の話はまだ終わらなかった。それは独り言のように。
「手を放さなければ、失ったりはしなかった。何もかもが遠くなったのは、あの時ちゃんと握っていなかったからだ」
ただ指輪のことを語っているにしては、その口調は重かった。まるでもっと人生を変えるようなものの話をしているように、優莉には聞こえた。
修哉が拳を握る。力が入り震える手を見つめながら、優莉は自分の無力さに唇を噛んでいた。
早く見つけないと、この人は壊れてしまいそう。そう思いながらも、冷静な自分が見つからないだろうことを予期している。
あの地区はここから少し離れているが、落し物預かり所を始めてから何度か収集に向かっている。これまで見つからなかったものが今になって出てくるとは思えなかった。
ただひたすら当てもなく、見込みもなく探すしかないのかと、これまで感じたことがないほど悔しくて堪らなかった。
「……ありがとう。君が探してくれていると思うだけで、心が救われる」
なのに、修哉の言葉は意外なものだった。見つけることができないのに、心が救われると彼は言う。そんなたった一言が、無性に優莉の胸の奥を締め付ける。敬語の取れたその話し方は優しげで、ずっと聞いていたいとさえ思った。
言わなきゃ。何かに掻き立てられるように、優莉は彼に語りだした。
「記憶を、失ったんです。……どうしてそうなったのかも覚えていません。
目が覚めた時、その日から過去三年間の記憶が無くなっていました」
昨日の問いへの答えだと、彼にも分かっただろう。ゆっくりと顔が上がった。
「大切だったと思います。どんな記憶だったのか、それさえ分からないのに、きっと大切な記憶だったんだろうと思うんです」
「それは、どうして?」
「だって、哀しかったから」
「哀しかった?」
「その記憶がないことが、とても哀しかったから。欠片も思い出せないと分かった時、胸が痛んだから」
記憶が無くなっただけではあんな風に思わなかったと確信している。
記憶がないということは何もないということで。昨日を思い出そうとして、思い浮かぶのが三年前ということ。失った三年間は、初めから無かったようなものだ。
しかし優莉にとってその三年間は、失っているのに確かにあって、残っているのに見えないものだった。ずっとひとりきりだった自分に失って哀しい記憶があることが、同時に胸を熱くさせて。あの時流れた涙はただの生理現象ではなかったと、心から溢れたのだと感じていた。
「記憶はもう戻らないかもしれない。目が覚めてから、もう一年になります。
こうして落し物預かり所を始めたのは、その手に帰れるものは帰してあげたいと思ったからです」
一年前、見つけてくれたのがその人で良かったと優莉は深く感謝している。発明家で幾らか名の知れた老人だった。その人が助けてくれなければ、こうして落し物預かり所を開くことすらできなかったのだから。
親指の腹で確かめたポーチの革の感触に、幾らでもその人との日々を思い出せる。カチューシャの先が小さく耳の後ろを叩く。たった数ヶ月刻んだ時が、今の優莉を支えていた。
暫く、沈黙が降りる。
昔の名残で残されている白線の入った道路には、今では主流になった浮力自動車が縦横無尽に走っている。留まらない街の中でふたりの時間だけが止まっているようだ。
優莉は話しすぎたのでは、と幾らか後悔し始めていた。彼はきっと気まぐれで聞いただけ。何をどこまで知っているのかは分からないが、この反応であれば大したことは知らないのかもしれない。生まれ育った場所からかけ離れたこの地でゼロから始めるつもりで、全てを伏せてきた意味をここで握り潰すのは不安が大きすぎた。
突如、沈黙を裂くような機械音が辺りに響く。優莉が肩をびくりと震わせると、動きを止めていた修哉が焦った様子でスーツの内ポケットに手を差し入れる。取り出した端末を操作して音を止めると苦い顔をして腕を下した。
「もう行かないと。……話してくれてありがとう」
「いえ、そんな」
あまり明るい話ではなかったのに、丁寧に頭を下げられて優莉は大きく首を振る。確かに質問の答えではあったが、余計なことまで話したのは自分。学習したはずの悪いところが出てしまい、そんな自分への溜息を優莉は既のところで飲み込んだ。
帰る前にひとついいかな。修哉の声が届いて意識をそちらに戻す。
「この一年、出会った人はいい人だった?」
「はい、とても」
すぐに答えることができた。優莉にとってこの一年は、記憶の喪失感と明日への一抹の不安と、それ以上の優しさに抱かれていた。
節くれ立った老いた手の安らぎ、ポーチを最大まで膨らませた道具の数、何も聞かず重ねられるおはよう――。
抱えきれないほどの温もりを、目覚めた日から毎日感じている。これまで知らなかったはずの心まで沁みるような温もり。
しかしその度、どこか物足りなく感じる自分が居て、消えた三年間がどれほどのものを自分に与えてくれたのかと考えて、恋しさは募ってしまうけれど。
「それなら、良かった。……じゃ、また明日」
彼が去り際に見せた笑顔に、優莉は反射的に心臓の辺りを抑えた。痛くはない。だが申し訳なさに似た重い影が過ったのだ。
「……早く見つけなくちゃ」
まだ指輪を見つけることのできない不甲斐ない自分に嫌な顔せず、微笑んでくれた彼。
心臓の違和感に、決意の表れだろうと当たりを付けて声にする。その感触は消えないが、ぼうっとしている訳にはいかない。
優莉は修哉の姿が見えなくなった先をもう一度見つめて、扉を潜るために膝を曲げた。
**********
その後も毎日、修哉はその言葉通り優莉の元を訪れた。
時間はそれぞれ異なっていたが、丁度彼女が収集から帰ってくるのに合わせるかのようにやって来た。そのため、優莉は帰宅を迎えられるような奇妙な状況に、戸惑いと気恥ずかしさを感じていた。足繁く通ってくれる彼に、早くやめさせてあげたい気持ちともう少し続いてほしい気持ちの間で揺れながら。
思えば老人との数ヶ月は、いつも行動を共にしていた。老人が出掛けて行くこと自体少なくはあったが、限られたその機会に優莉は全て着いて行った。それは何でもいいから彼を手伝いたかったから。そして同時に、広い室内にひとり取り残される恐怖から逃れるためでもあった。幼い子どもが親を追うように、優莉は老人の後を追いかけた。
だから自身の帰りを待っていたように出迎えられ、笑みを湛えた修哉におはようと投げ掛けられる日々が、陽だまりの中に居るような麗らかな心地を彼女にもたらしていた。懐かしいだなんて言葉さえ頭に浮かぶほどに。
時間を重ねた数日の間、言ってしまえば予想通り、指輪は見つからなかった。どれほど範囲を広げようと、這いつくばるように探そうと、時間だけが過ぎては違う落とし物ばかり増えていく。
ただ優莉にとってそれが無駄な時間であったかといえば、答えは否。勿論“落とし物預かり所”の主人として帰るべき落とし物を収集しているのだから当然ではあるが、それだけではない。
ふたりは様々な話をした。主に修哉が尋ね、優莉が答える。優莉が尋ねることもあったが、それに対して修哉は上手く躱していたとしか言いようがない。直接的な答えは避けて、それでも優莉がそういうものかと納得できる程度の答えは提示して。
優莉は修哉への信頼を言葉で示した。誰にも話してこなかったこと、特に老人との暮らしについて話すことによって。気兼ねなく話せたのは、もう会わなくなると分かっていたからかもしれない。それでも幸せだと思えた。快活に話す彼女に、修哉の方も相槌を打ちながらいつも楽しそうに聞いていた。ふたりの間には少なからず、恋愛感情が育っていたに違いない。
――そして刻一刻と、最後の日は近付いていた。
その日の優莉は急いでいた。別段長く収集に出ていたとか、寄り道をしていたということはない。寧ろいつもより早い時間だった。
時間を約束している訳でもない。彼は今日も来るだろう、その確信があるだけだ。
しかし優莉は急いでいた。
「修哉さん!」
毎朝の恒例の一声。それに応えるように落とし物預かり所の前に立つ修哉がゆっくり振り返った。その顔は笑ってはいたが、幾らか不自然さも漂わせていた。
「おはよう、優莉さん。今日は早いね」
修哉は左手を上げて腕時計を確認する。続けて、会えないだろうと思っていた、と言う。
優莉は弾む呼吸のまま、首を傾げた。
「どうしてですか?」
「今日はどうしてもいつもの時間には来られなかったから。
昨日と比べると一時間も早い。まだ帰って来ないだろうと思っていたよ」
彼の複雑な表情にはそういう意味があったらしい。
修哉がもう一度見た腕時計には、時刻と共に“31”と表示されている。十月三十一日。――リミットは今日だった。
修哉は少し黙って、優莉と目を合わせる。見つめられた優莉はと言うと、落ち着き始めていた鼓動がまた早くなるのを感じていた。
「……どうして今日は早かったんだい?」
問われて、優莉は一瞬きょとんと不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔を見せて、
「木曜日だからです」
と答えた。
修哉の表情が何故だか強張る。何かを探るように彼女の翠に光る瞳を覗きこむ。
優莉はそんな彼の様子に戸惑った。数日間、朝のひと時を共有したのと同じ人とは思えなかったからだ。 しかし鋭くなった視線を怖いとは思わなかった。初めて会った日のように心の深いところがざわめくのを感じた。
「どうして木曜だと、早く来ると?」
彼の声がほんの少し、震えていた。知ることに怯えているような、そんな気配さえある。
優莉はそれに答えようと口を開いた。
だって、それは――。
言いかけて、続ける言葉がないことを知る。
朝目が覚めた時から、今日が木曜日であることを彼女は意識していた。日付の感覚はあまりない、曜日のことだけを考えていた。だから早く収集に出掛けて、急いで帰ってきたのだ。
それは「木曜日だったから」。でもその意味を考えてみると、どこにも明確な答えが見つからなかった。 ぽっかり抜け落ちてしまったように。優莉はただ、習慣めいた何かに動かされるまま行動していた。
「あ、れ? わたし、どうして……」
「ごめん、問い詰めたかった訳じゃないんだ」
優莉の耳に、修哉の声は届いていなかった。
心が潰れそうになる。記憶を失ったことに気が付いたあの時のように。掴もうと必死で手を伸ばしても空振りばかりの頭の中は真っ暗で、その濃さに背筋が冷える。
やだ、どうして、怖い、助けて、分からない、誰か――――!
プツン、と。無意識に握り締めていた胸元のカプセルの紐が切れた音がする。紐はハラリと首から離れて、優莉の細い腕にしな垂れる。
彼女は固くなった指先をゆっくりと開いて、カプセルの無事を確認する。
――あぁ、良かった。何ともなくて。だってこれは大切な……。
そこまで考えて思う。何の変哲もないハート型のカプセル。老人がくれたものには違いないが、そんなに大切なものだっただろうか。機能を備えていない、飾りのようなものなのに?
風が吹く。思わず目を瞑らずにはいられない強い風。優莉は少し身体を縮めて、修哉はそれを支えるように腕に引き寄せて、その場に踏ん張った。風は巻き上げるようにしてすぐに去って行った。
「あ、カプセルが!」
手元にカプセルがないことに気が付く。優莉は修哉に礼を言うことも忘れて取り乱した。
修哉が走らせた視線の先で何かが転がっていく。薄いピンク色をした何か。それがカプセルだと瞬時に悟った。急いで拾おうと優莉の元を離れた時、大きな影がそれを覆った。
「おうおう、優莉ちゃん。これお前さんのじゃねぇか? 落ちてたぞ」
匡志だ。大きな身体を揺らして近付いてくる。優莉は匡志のその言葉を聞いて駆け寄った。
「しかしな、さっきの突風のせいか? ここ、ひびがいっちまってるけどよ」
匡志の手から優莉の手へ、カプセルが移る。匡志は自分が悪い訳でもないのに、申し訳なさそうにそう言った。
見ると確かに大きな亀裂が入っている。その周りには無数の小さな傷も。風によって上へと上がったカプセルが地面へ叩きつけられたのだろう。悲しいことではあるが、この手に戻ってきただけで十分だと、その傷を指でなぞった。
「あ!」
「おい、意外と怪力だな」
「ちがっ、少し触っただけで……!」
匡志のからかいも、今の優莉には通じない。彼女は本当にただ触れただけだったが、どの傷もかなり深かったのだろう。一部が欠けてしまった。
おろおろする優莉に、修哉が落ち着いてと背中を優しく撫でる。そのふたりの様子から匡志は目を逸らした。この前見かけた男だな、と考えながら。
優莉の頭はどうやって直そうか、そればかり考えていた。まず欠片を無くさないようにしなければと、中に入ってしまったそれを指先でそっと取り出す。
その時カプセルの中で、何かが光った。途端に身体の奥がざわりとする。
それからの優莉は少しの躊躇いもなかった。さっきまでの落ち込みようとは打って変わってカプセルを自ら壊そうと穴に指を入れる姿に、修哉と匡志はぎょっとしつつも成り行きを見守っている。
パキリ、と明らかに割れた音がして、ハートは真っ二つに割れる。広げた手には無残な格好のカプセルと、それからコロンと出てきた、指輪があった。
「……指輪……?」
シルバーのシンプルな、石がひとつついた指輪。修哉の話した指輪の特徴と合致するものが、その手にはあった。一年前から持っているカプセルの中に、それは入っていた。
「修哉さん、の? でも、これは」
「うん」
「だってずっと、ずっと持ってて」
「うん」
「これは、わたしの……」
頭の中に何かが流れ込んでくる感覚。いや、それは心の奥を固めていた氷が溶け出していく感触だった。
「うん。それは、君のだ」
修哉の声が耳に溶け入る。無性に、訳も分からず泣きたくなった。
懐かしくて、恋しくて、愛しい声。「ただいま」を言いたくなる、声。
「僕が君に渡した、君の指輪だよ。……優莉」
雫が落ちる。何度も、何度も。そうして少しずつ、血が巡るように満たされていくのが分かる。
いつかの日々が競い合うようにその瞼の裏に映る。優莉はそこに笑い合う自分と、修哉の姿を見た。
瞼を開けば、今にも泣きそうな彼が優莉を愛おしげに見つめている。あぁ、ここに帰って来たんだ、と全てを理解した頭で思う。
「身体が覚えてた。木曜日は修哉さんが早く出掛ける日だって」
「うん」
「だからね、早く戻らなきゃって。いってらっしゃい、って言いたかったの」
「……うん」
優莉の言葉に修哉は頷く。彼女がその元に戻ってきた、その感触を噛み締めるように優しく優莉の髪を撫でた。心地良さそうに目を細めた優莉は続ける。
「あの時……この指輪をくれた時。わたしは守りたかったんだよ。初めて自分を必要としてくれたあなたを、守りたかった。だから、わたしから手を放したんだよ」
誤解を解きたかった。ちゃんと握っていなかったからだと自分を責める修哉の誤解を。
一年前、レストランで彼が優莉に指輪を手渡した後、レストランは爆発によって瓦礫と化した。多くの人を巻き込んで。
ふたりが住んでいたユニオン地区はその頃、都市化が進められ地上も地下もかなり手が加えられていた。しかし数百年前は農村だった土地は、都市化に適しているとは言い難かった。計画を実行しようとする度、幾つもの障壁にぶつかった。それを無視して強引に推し進めていたのが間違いだったのだろう。異物を押し込められた地下では謎のガス溜まりが生じて、地を裂くような大爆発を起こした。
「聞こえたの。ミシミシって、地面が軋む音が」
幼い頃、両親がおらず周囲の人間から疎外されていた優莉。まだ二桁にも満たない歳で既に、孤独に慣れてしまっていた。
仕方なく預けられていた児童施設の片隅で、遠足に出掛けた施設の皆の帰りをひとり待つともなしに待っていた日。寝転がる彼女の耳にミシミシという音が届いた。その後すぐに吐き気のするような大地震。優莉は薄い布団に包まって耐えながら、直前に聞こえた音は地の叫び声だと思った。
あれと同じ音をレストランで聞いた。注意しなければ聞き逃すような小さな音だったが、優莉は瞬時に気が付いた。
逃げなきゃいけない。楽しそうな客達は誰もそのことに気が付いていない。目の前の修哉も。
声を上げなくちゃ、逃げて、って言わなくちゃ。そう思いながら躊躇した。冷たい無数の目がフラッシュバックして喉を詰まらせた。
その間にも音は続く。大きくなり、間隔が狭まっていく。音源は足元だと悟った。だからきっとレストランを出れば――。
修哉の手を取り、帰ろうと言って入口へと連れて行く。突然のことに慌てる修哉に何も告げずに外に出た。しかしそこで忘れ物に気が付いた。指輪だ。テーブルに置いたままにしてきてしまった。
優莉は修哉を見、レストランを振り返った。修哉なら許してくれるだろう。命の方が大切だと言ってくれる。だけど今日のこの日を失いたくなかった。たとえ永遠の別れとなるとしても、あの指輪を手放したくはなかった。彼の想いが詰まった指輪だから。
先に帰っていて。その声は少し震えた。音はもう限界まで来ている。今戻れば二度と会えないだろうことは明白だった。彼だけは助けたい。そして死ぬなら、あの指輪と共に……。
ただならぬ雰囲気を感じ取った修哉が握る手に力を込める。放さないという強い意志を、優莉は振り払った。
愕然とする修哉を置いてレストランの扉を開けると、先程まで座っていたテーブルへ駆け寄る。取り残されていた小さな箱を手にして、中から指輪を取り出す。シンプルだがひとつだけついた石は輝きを放って、優莉はそれを固く握り締めた。この身に着けるなら、彼の手で。
音が耳元で聞こえるように大きくなって、客や従業員も異変にやっと気が付いて、修哉が扉を開けようと手を掛けた瞬間。
――全てが吹き飛んだ。
多くの犠牲者を出した大爆発。優莉と修哉が生き残ったのは奇跡としか言いようがなかった。
今になるまで修哉が優莉の元へ来られなかったのは、どこに居るか分からなかったからだ。彼自身、外に出ていたとは言え爆発の中心地に居て、その後一週間は病院のベッドで昏睡状態にあった。その間に、身寄りもなく重体に陥っていた優莉は、遠いメトロポリスの大病院に搬送された。その事実を修哉が知ったのはここ一ヶ月のこと。
半ば諦めかけていた。あのぼろぼろになったレストランを見て希望が持てる者は少ないだろう。病院を出てからの彼女の消息を知る者には出会えなかった。ふたりの間にあったのはただの口約束でしかなかったのだと、突きつけられた現状に苦しんだ。
しかし偶然、落し物預かり所の存在を知り、そこの主人の特徴を聞けば優莉と酷似している。半信半疑、しかし強く願いながら赴いたこの場所に、確かに優莉は居た。
記憶を失っていることは病院で聞いていた。近寄ることは怖くて、それでも彼女の瞳に映りたくて、行動を起こした。もうすぐ一年が経つ、それまでに彼女の記憶が戻らなければ諦めよう。そんな決意を持って。
「君が指輪を持っている確証なんてなかった。だけど君の記憶がない今、僕達を繋いでいるのはそれしかないって思ったから。……まさかちゃんと残ってるなんて」
「わたしのこと、ずっと守ってくれてたんだね、きっと。あの時取りに戻ってよかった」
優莉が愛おしそうに見つめる指輪を修哉が奪う。優莉が抗議する前に、彼は彼女の左手を取った。その意味に優莉は気付く。
温かな指先が薬指を流れ、そこには指輪がはめられた。一年越しの願いが、叶った瞬間だった。
優莉は手の甲で涙を拭うと、満面の笑みを浮かべる。
「わたしの記憶を見つけてくれて……わたしを見つけてくれてありがとう!」
そのまま修哉の胸の中に飛び込む。一瞬ぐらつきはしたが彼はしっかりと受け止め、取り戻した大切なものの温もりを全身で感じようと更にきつく引き寄せる。
落し物預かり所の前は太陽の光が燦々と降り注いで、優莉の指にはめられた指輪を強く強く光らせた。
*****
匡志は随分と前に、ふたりの元を去っていた。話は全く見えなかったが、優莉が幸せである、そのことだけは分かった。
悲しくはない。見守ってきた優莉が幸せなのだから。ただ少し、寂しくはある。
――明日になったら存分に冷やかしてやろう。
喉の奥に詰まる空気を唾と共に飲み込んで、そんなことを考えながら匡志はいつものように、足を引きずりながら歩いていった。その背中は少しだけ、小さく丸まって見えた。
杞紗さま、ありがとうございました。
ファンタジックなイラストで、これは現代という訳にはいかなそうだぞ、と苦手な近未来系に挑戦致しました。初・SFモドキ。
10月末であの格好は寒そうだけど、季節の感覚はないってことで……。
指定でなくても恋愛ものになったことは私の場合必至ですが、こねてこねてこねまくった結果がこちらです泣
後半がかなり走ってしまいました、15000字は意外に短い!笑
他の作者さまの作品が気になるところです。
次ページからは担当外の作品となります。
11月3日より随時更新していきますので、宜しければ立ち寄ってくださいまし。
ではまた。