悪役令嬢は儚い夢を見る
ここはイースト王国の王都にある、世界中から多くの貴族の子供達が15歳になると集まってくる由緒正しき学園。
年も新たに変わり、明日には卒業する生徒のために毎年恒例のダンスパーティーが行われる、そんな日……
午後の日差しが窓から入り、少し寒いながらも心地よい暖かさを感じるそんな時、物語は動き始める……。
キャァァー!と甲高い悲鳴が廊下に響き渡る。廊下には大勢の人が集まりザワザワと騒いでいた。そしてその中心には、美しい金髪を靡かせた女性が荒い息をし目は血走り物凄い形相で目の前の階段の下を見つめている。
その視線の先の踊り場には綺麗な黒髪をした少女が横たわっていた。周りには脱げた靴が転がり、明らかに階段の上から落ちたという事が分かった。
しかしそれは事故ではない、階段の上で未だに凄まじい形相の女性が故意に彼女を突き落としたのだ。
そんな騒ぎを聞きつけ1人の男が走ってくる。そしてその男の姿を見るや否や、その金髪の女性は無理やり作り笑いを浮べ男に急いで駆け寄った。
「リューク様! これは!!」
「うるさい!! どけっ!」
リュークと呼ばれた男は、駆け寄って来た女を乱暴に突き飛ばすと急いで階段を駆け下りるとグッタリと横たわる少女を抱きかかへ、必死に少女の名前を叫んでいた。
その光景を、突き飛ばされた女性は呆然と見つめていた。そんな彼女の後頭部には突き飛ばされて階段の手すりにぶつかった際にできたタンコブが、痛々しく腫れ上がっている。
そんな彼女の姿を見ても誰も助けようとはせず、下の踊り場ではリュークが少女を抱きかかえて、医者に見せるために急いで階段を下りている最中だった。
そんな光景を金髪の女性は、ただ不思議そうに眺めていた。
(――あれ? 私……どうしましたの? ここは何処……? ここは…王都の学園? 何故? 学 園に通うのは来年から……いえ…私はもう18歳?どういう……どうして……)
混乱した頭で彼女はヨロヨロと立ち上がると、残りの授業の事を気にする事もなく学園内にある寮の自分の部屋へと向った。
部屋に入ると2人のメイドが恭しくお辞儀をして、まるで心の篭もっていない声で「「お帰りなさいませ、お嬢様……」」と言いながら出迎えた。
そしてメイド達はテキパキと彼女から制服を脱がし部屋着に着替えさせると、深々とお辞儀をしてさっさと部屋から出て行ってしまった。
その頃になってようやく彼女は落ち着きを取り戻し、自分の今おかれている状況を整理し始めた。
(先程ミリアを突き落としてしまったって事は、つまり……私は明日には捕まって数ヶ月後に処刑される訳ですか……はぁ、せめて元に戻るならもう少し早い段階で意識が戻れば良かったのに、これではどうしようもありませんわね……)
ため息をつきながらそんな事を考える彼女は、まるで彼女は自分の未来を知っているようだった。しかしそれは当然の事だ。
彼女は自分の未来だけでは無くこの世界の事も全て知っているのだから、これがゲームと同じ世界である事を。
元々、私はこの世界の人間ではありません、正確に言うならば、この体を別の意識を乗っ取っている……という事です。
私は所謂、転生者なのです。
私は元の世界では大西 武治という男でした。たしか仕事に向う途中だったと思います。私は…トラックに轢かれそうな子供を助けようとして――というテンプレ方法で死んでしまい、転生いたしました。
よく小説で見受けられるみたいな神様に会うわけでもなく、チート能力をもらう事もなく、突如として私の意識は目覚めたました。ハッテンブルグ公爵家のフィーリア・エル・ハッテンブルグとして――
その時は、まだ3歳だったフィーリアは自宅の階段から転落したらしく、その衝撃で彼女の前世? である私、武治の意識が蘇ったようです。
最初は私も大変、混乱いたしました。だって(トラックに轢かれたっ!?)と思った瞬間3歳の幼女になっていれば誰だって驚くでしょう?
けれど一応フィーリア自身の記憶を読む事はできたので、誰がお父様でこの人はメイドで、自分は誰なのかくらいは直ぐに理解できましたが、何せ3歳児の記憶ですからそんなにハッキリとしている訳でもなく、最初の数ヶ月はかなり大変でした。
まぁ、その時は階段から落ちたショックで混乱しているのだろう……と皆は思ってくれたらしく、何か騒がれる事はありませんでした。
そして何より私自身がその頃は、まだこれがゲームの世界だとは知らなかった事もあり、第二の人生を謳歌しようと張り切っておりましたので(転生したぜ! ヤッホー第二の人生謳歌してやる!)くらいにしか思っていなかったのです。
そんな私が、ここが前世で知っているゲームの世界だと理解したのは5歳になってからでした。
ある日、隣の領主の館で開かれるパーティーにお父様と出かけた帰りの事でした。暗い夜道をランプの明かりを頼りに馬車を走らせている時、急に道に人が飛び出してきたのです。
どうやら山賊に誰かが追われているようで、直ぐにお父様は護衛の兵士に指示を出し、護衛の兵士たちは難なく山賊を蹴散らしました。
しかし、追われていた人は助けられず、その人が抱えていた少女しか助ける事ができませんでした。
その少女は綺麗な黒髪をしており、私はその子を見て直ぐに好意を持ったのです。
この時には私の心は殆ど女性のものというか、普通の女の子へと変わっていたのでその少女を見た瞬間、自分にも妹がほしいと常々思っていましたので直ぐにお父様にお願いしました。
『私、妹が欲しいいですお父様! この子を妹にしても宜しいかしら!?』と必殺!上目遣い!! で懇願すると、お父様は多少……渋りながらも了承してくださいました。
そしてその子が包まれていた布にミスティアと書かれており、その後意識を取り戻したその子に名前を尋ねると、『ミスティ』と名乗ったので、ミスティアが恐らく彼女の名前であろうと判断し、ハッテンブルグ家で私と姉妹のように生活いたしました。
それでも名前が残念ながら何度頼んでもミスティアを養子にする事はできませんでしたが、ある程度成長したら私付きの専属メイドとして雇う事はできました。
その後、私とミスティアは中の良い姉妹であり友達でメイドという関係で暮らしておりました。互いに『ミスティー』『フィー姉様』と呼び合う仲でした。
ミスティアとは2才の年の差があり、初めてできた自分の妹に大変喜んでいました。
え? 元男なのに順応しすぎじゃないかって? しょうがありませんじゃないですか、元々フィーリアとしての記憶があった以上、急に言葉遣いを変えれませんし、何より毎日お稽古や習い事…淑女になるための言葉遣い、仕草の訓練をさせられれば、イヤと言ってもこうならざるをえないですわ。
まぁそんな私の事など別にいいのです、問題なのはそれからですわ……ある日の事でした。私はふと思い出したのです。
自分の名前やミスティアという名前……色々と本を読むうちに知りえたこの国の名前など、それら全てに聞き覚えがあったのです。
それは元の世界であった乙女ゲーム"ドキドキ!?メイドの私が王子様と!?"というゲームと、おかしいくらいに類似している事に。
とりあえず訂正しておきますが、元の私は別に男なのに乙女ゲー大好きだった腐男子って訳ではありませんのよ?
元の世界で私の姉がそういったモノが好きでそれで覚えてしまっただけですの。
その世界の私の家はそれほど広くはなかったので、まだ学生だった頃はテレビは居間に1つしかなく姉弟で交代でゲームをしていたんです。
その時、自分の順番を待っている間に横で姉がプレイしていたこのゲームを見ていたので、ただ知っていただけですわ。
まぁ、途中で横に置いてあった攻略本なんかも読んでいましたので、かなりこのゲームについては詳しくなりましたけれど。
なので自分がそのゲームでどういった立ち位置なのかも直ぐに思い出しましたわ。この"ドキドキ!? メイドの私が王子様と!?"の世界で私フィーリア・エル・ハッテンブルグはヒロインであるミスティアを虐める悪役令嬢だったのです。
それを思い出した私は絶望しましたわ。だってこのゲームの最後にはヒロインがどの男と、くっついても最後の結婚式のシーンで捕まった牢屋の中で毒を飲まされ処刑されるんですもの……考えただけで絶望しかありませんでしょ?
しかし何故フィーリアは捕まって処刑までされるの?て誰でも思うでしょう……普通ただの嫌がらせしていただけなら、お家をお取り潰しされるか、勘当されるかその程度のはずですが、絶対に処刑されてしまうのです。ホント有り得ないと思うでしょ?
けどこれにはヒロインの立場が関わってくるのです。
ヒロイン最初のスタートはこの世界で1番の大国であるイースト王国にある学院に入学する所から始まります。
彼女は元々ハッテンブルグ家に助けられ、メイドとして幼い頃より育てられるのですが、彼女が12歳になった時に異国の貴族がハッテンブルグ家を訪れて彼女を引き取りたいと言うのです。
何でも彼女の両親はその異国の貴族と好意になさっていた方らしく、この国に向う途中に山賊に襲われ死んだものと思っていたらしいのですが、ミスティアが生きている事を知りこうして引き取りに来たらしいのです。
そしてミスティアは表向きは、その貴族の養子となり16歳になる年に、貴族が集まる学園に入学するのです。そして5人の攻略対象である男性達に言い寄られて、1年かけて誰か1人と結ばれ結婚というのが大まかな流れでなのです。
しかしこの1年の最後のイベントでは衝撃的な事を聞かされるのです。
最後のイベントは卒業を控えた生徒や在学生が集まり、盛大なパーティーが行われるのですが、その席でフィーリアは婚約破棄を言い渡されミスティアが実は隣国のお姫様だという事を知らされます。
さらに今までのイジメの数々をを白日の元にさらされて、その場で兵士によって捕まりそして……投獄されヒロインの結婚式の日に、という事です。
まぁ、裏のストーリー設定の話だと本当は、隣国でお家争いが起こって、生まれたばかりの娘を隣国へ逃がしている途中、山賊に扮した追っ手に襲われてしまったらしいのです。
そして、ミスティアを引き取りに来たこの貴族も、お家争いが完全に終結してもともとの国王が勝利し、国が平和になったので王の命令で迎に来たといのが本当のところで、ミスティアがこの学園に来たのも彼女自身が望んだ結果みたいです。
お父様がミスティアを養子にしなかったのもこれが理由……でも私がゲームの設定を知っていたから、ここがゲームとよく似た世界だと気がついてからは、無理に養子にしてとお願いする事はありませんでした。
しかしこのゲームちょっと変な所があって、ヒロインが結ばれる男性と必ずフィーリアが婚約関係になっているのです。しかも幼い頃からの……
まぁ、その辺は制作会社が手抜きをしたらしく、このゲーム自体そんなに売れなかったみたいだから気にする事でもないのですが、現在その世界で生きている私にとっては大問題になるのです。
おそらくミスティアが貴族になるのは間違いのない流れでしょうが、普通なら婚約するのは1人だけだと思いますから、ミスティアが5人のうち誰かを好きになるのかは分かりません、けれど私が誰かと婚約するのもまた変えられない事実。
だって親が決める婚約ですから、自分の意志で変えられるはずもありません……なので確率は5分の1となります。
もしミスティアが、私と婚約した人ではない誰かを好きになれば問題は無いですし、そもそも私自身が悪役になるつもりもないのでゲームのシナリオどおりにならないはず……そう思っておりました。
そして私の婚約者はこの国の第二王子、ゲームで言うとメイン攻略対象の人ですわね、だけど私はそんな事は特に気にしておりませんでした。
だってもしミスティアと第二王子が恋に落ちても、自分は身を引けばいいのですから、そうすれば争いになりませんし、なによりまだ私は男性を恋愛対象にみる事ができずにいたので、ミスティアに嫉妬してなんて起こる筈も無いと信じておりました。
けれど現実は残酷なのです。
私は悪役令嬢にならないために、使用人も両親もそしてミスティアとも仲良く過ごしておりました。しかし、14歳のころ再び自宅の階段から転落するのです。自分の不注意で……そしてそこで私の意識は途絶えます。
そうして次に意識が戻った時がつい先程の、ミスティアを階段から突き飛ばし明日には婚約破棄宣言を言い渡される日だったのです。
(しかしまさか、意識を失っている間に元のフィーリアの人格が戻っていたなんて……)
私は現在の状況と今までの出来事を知るために、フィーリアの記憶を読む事にしたのです。するとそこから分かった事は、あの時14歳だった時に階段から落ちた後は3歳の階段を落ちる以前のフィーリアの意識が蘇り生活していたようです。
最初はかなり戸惑っていたみたいです。そりゃそうですよね、3歳の女の子が気がついたら14歳に成長していて、しかも自分じゃない誰かがかってに自分のふりをして生活していて、その時の記憶があるんですもの……普通戸惑わない訳がないですよね……
それと意識が私でないために、フィーリアとして生活していた記憶はおあるけれど、どうしてそういう行動をしたのかとか、元の世界の記憶も私の意識にあったようで、彼女はそれらを知る事ができず、良くミスティアに元の世界に居た時好きだった歌を日本語で歌っていたのですけれど、ミスティやお父様に『歌を聞かせておくれ』と言われても歌う事はできず、かなり皆とギクシャクしていたみたいです。
そうして3歳のフィーリアの意識? 精神? まぁどちらでも良いですが、そんな幼い子が急に来年から学園に通うとか、婚約者がいるなんて知って冷静に対処できるはずもなく、14歳の階段を落ちた日からフィーリアはまるで別人のようになってしまっていたみたいでした。
けれど私が覚えた知識も経験も残っていますから、それなりに生活はできていたようですが、かなり我がままほうだいだったみたいです。
ミスティアとは仲が良かった記憶がありますし、ミスティア自身もその時のフィーリアに優しかったみたいなので幼いフィーリアの精神はかなりミスティアに心を開いていたみたいですが……
ミスティアはこの後直ぐに隣の国の貴族に連れられて行ってしまいました。けれど連れて行かれる前にミスティアは、フィーリアを慰めるために『一生お側におりますと』言っていたので、ミスティアは嘘を付き自分を置いて何処かに行ってしまったと思い込み、ミスティアの事をフィーリアはかなり憎んでいたようです。
けれど泣いてもいられません、学園へ向う準備もあり彼女自身初めて見る物ばかりで、この3年間程は楽しく過ごしていたようだけれど、この学園にミスティアが入学してきて憎悪を思い出してしまったのです。
そして自分の婚約者であるリューク王子は、ミスティアに一目惚れ、その事実が悔しくてたまらないフィーリアは、ミスティアをさらに憎み、嫌がらせの毎日……
そして今日、ミスティアとリューク王子がキスをしている所を目撃してしまい、激怒した彼女は怒りに身を任せミスティアを階段から突き落としてしまいました……。
っと、これが今の状況、ホント最悪な状態ですわ。まぁ、ゲームの話で行くとメイン攻略対象のこのイースト王国の第二王子であるリューク・フォン・イーストのルートみたいです。
このルート私もしっかり覚えていますわ、だって悪役令嬢のフィーリアのイジメがこのルートえげつないくらい酷いんですもの。そりゃー処刑されるでしょって思うくらいひどい事をするんだもの、もうホント絶望しかありませんわ。
そんな今の状態を嘆いていたら、いつの間にか外は暗くなっておりもう夜も遅い時間になっておりました。
(まぁっ!? もうこんな時間!? 捕まるまで後……だいたい20時間くらいしかないじゃない! しかも夕食もメイドが呼んでくれないって事は、それだけ彼女達に嫌われているという事ですわね……はぁ、たった4年でよくもまぁここまで人間関係が悪化できますわね、でもめげてばかりもいられないわ、とりあえず捕まる事を回避するのはもう無理ね……せめて悔いが無いようにしなくちゃ……)
フィーリアはそう決心すると、薄い部屋着姿で部屋の窓を開けてシーツで作った簡易ロープを使い窓から出て行った。
(部屋の出入り口にはメイドは控えているでしょうから、彼女に会いに行くには、こうするしかありませんわね……しかしこの4年ほどでこんなにも女性って胸が育つものかしら? 前は手で隠れるくらいだったのに、これっていったいサイズはどうなっているのかしら? Eじゃないわよね……F? G? それともIくらい? この世界ブラジャー無いからカップ数は分かりませんけれど、かなり邪魔ですわね、動きににくいったらありゃしませんわ!)
そんな貧乳を敵に回すような事を思いながら、フィーリアは目的の部屋の窓の下まで来ると徐に壁を登り始めた。
(さすが、成金趣味の貴族の子供が住む寮ですわね……装飾のおかげで壁が登りやすいですわっ!)
昔からかなりヤンチャでお転婆だったのでフィーリア自身、木登りが得意で幼い頃はミスティアと一緒に屋敷の大きな木の上に登っては、両親に怒られていた。
そんな事を思い出し心で苦笑しつつ、フィーリアは裸足で今にもおっぱいが零れそうな薄着で壁を必死に登りようやくの思いで、何とか3階にある目的の部屋まで登りきると、そっと窓から部屋の様子を除き見た。
そこにはベッドで布団を被り、ションボリと座っているミスティアの姿があった。
(良かったぁ、居りましたわ……)
フィーリアは少し微笑むと、少しだけ開いた窓を開き部屋の中へと入っていった。
「こんばんわミスティア……」
「!!!? ひっ………あっ……フィー…リア……様……!?」
「…………そんなに怖がらないで、って言っても無理でしょうから、このまま話すわね? そのごめんなさい、今までの事を許してなんて言わないけれど、その……本当にごめんなさい、私があの時……階段から落ちなければこんな事にはならなかったのにね……いいえ、そんな事関係ないわね、ミスティには辛い思いあをさせてしまって私は謝る事しかできないけれど……」
窓の淵に腰をかけ、ミスティアの方を振り向きながら謝るフィーリアの顔には涙が溢れていた。
「!!!? フィー……リア……様?」
「安心なさい、こんな辛い日々は今日で最後よ……明日の今頃には私はパーティーの席で、リューク様から婚約破棄を言い渡されて、貴女が隣のウェスト王国の王女だと知らされたら、今までの悪事をばらされて、兵士たちに捕まり処刑されますから……そういうストーリーですから、もう泣かなくていいのよ?」
そう寂しそうに顔を伏せるフィーリアの耳に、小さく呟く声が聞こえてきた。
「……フィー……お姉様……?」
「えっ? ミスティ……今何て……?」
「やぱりその言い方! フィーお姉様なのですね!! やっと元に戻られたのですねお姉様!」
ミスティアは嬉しそうにそう言いながら、ベッドから駆け下りると窓の淵に腰掛けるフィーリア目掛けて抱きついた。
「ちょ!? ミスティ危ないわ! これじゃ2人とも落ちて!!?」
「お姉様! お姉様!! お姉様っ!!! ミスティアは信じていました。必ずお姉様は元のお姉様に戻ってくださるって!」
「分かった! 分かったから、ミスティ落ち着いて私を放しなさい! 本当に危ないからっ!?」
「イヤ、イヤ! イヤ!! もう放しません!! ミスティアはお姉様をもう二度と放したりはいたしません! もう二度と……」
フィーリアは危うく落ちそうになるのを何とか踏ん張り、必死にミスティアを宥めると、ミスティアの部屋に入り2人でベッドに腰をかけ、事の詳細を……どうしてミスティアを虐めていたのかを話し始めた。
「そういう事だったんですか……やっぱり昔、お姉様が言った事は真実でしたのね?」
「あら? 覚えていてくれたの?」
「当たり前です! お姉様との事だったら何でも覚えております!」
実を言うと、フィーリアは昔…自分はフィーリア本人では無く別の世界から転生して、フィーリアの体を乗っ取ている男だと話した事があるが、ミスティアは……
『お姉さまが元が男であろうと、イセカイ? の人であろうとミスティアには関係ありません! ミスティアが好きなのは今のお姉さまです!だから中に誰がいるとか関係ないのです!お姉さまはお姉さまです!』
と言ってくれた。私はその時ミスティアのあまりにも真剣で可愛らしい表情にキュンッとなり思わず抱きしめてしまいました。
っと、話しが脱線したしましたわね……そんな風にミスティアと仲直りできた時でした。突然、部屋の扉がノックされ誰かが入ってきたのです。
私たちは身構える暇も無く、その入ってきた人物と会ってしまったのです。
その人物とは………
リューク様と親友でもあり、幼馴染でもありゲームで攻略対象でもあるマース公爵家の三男、ジーク・フルム・マース様でした。
ジーク様は入ってきた瞬間……驚き私とミスティアを引き離そうと、物凄い形相で近づいて来ましたが、ミスティアが『やめてください!』と怒りながら、ジークの頬をバチンと叩いたのです。
その有り得ない状況にジーク様の動きが止まり、何が何だか分からないご様子でした。
「ミスティ……いくら咄嗟の時とはいえ、頬を叩くのは……」
「はっ!? ごめんなさいジーク様……私……フィーお姉様とまた引き離されると思ってしまい……その……申し訳ありませんでした。」
そう言われようやく、意識がハッキリしたジーク様は混乱しながらも『いっ、いやこちらこそ……その……突然部屋に入ってしまい……あの……申し訳ない』と謝りました。
(うーん……ミスティアが怒った理由とかみ合っていませんが、ミスティアをつい数時間前に殺そうとした女と一緒に楽しそうに話している姿を見れば、訳が分からなくなるとは思いますけれど、あの冷静沈着で次期宰相だと言われていたジーク様が取り乱している姿は、少し笑えましたけどね……フッフ)
さて……とりあえず事情を説明するために、ジーク様には全てをお話しいたしました。けれどそんな突拍子も無い話しをそう易々と信じはしませんでした。
「そんな異世界なんて……それに、げぇむ? というのもよく分からないが、人格が違うとは…………流石に信じる事はできないな」
「別に信じてくれなくても構いませんわ、ただ…私は嘘を申してはおりませんし、こうしてミスティと仲直りできただけで満足ですわ……もう、思い残す事もありませんし……」
「そんなお姉様!?」
「ミスティ……例え本当に私の人格が別人だったとは言え、王族である貴女を傷つけあまつさえ殺そうとしたのです。極刑は免れませんわ……せめてもの願いはお父様やお母様、使用人たちに累が及ばないようにお願いするしかありません……」
「お姉様……うぐっ……そんなの……ようやく会えたのに……こんな……」
「泣かないでミスティ……私だって、死にたくは無いですわ……けれど私が貴女を苦しめていた事は事実……その罪を無かった事にはできないですもの……こうやってまた会えただけで奇跡とは思わなくて?」
「ぐすん……それは……うぅ……」
「それにもし今日、リューク様が私を突き飛ばさなければ…今の状況は無かったんですもの……これは神様のからの贈り物ねきっと……さて、長いし過ぎたわ、私は部屋に帰りますね?」
「!!? どうじで!? お姉様……何故? もっと私と……一緒に……」
「私も、もっと一緒にいたいですわ……けれど今まで迷惑をかけた人たちに手紙を書かなくては……後16時間後には投獄されるのですから、書くなら今しかありませんわ、遺言……って事になるのでしょうけれど、悔いは残したくないの、だから……」
「わっ、わがりまじだ……私にはお姉様を止める権利はありませんもの……ぐずっ…最後にギューと抱きしめてくれますか?」
「えぇ、もちろん……可愛い私の大切な妹……ミスティ今までごめんなさい……これからは幸せに生きて、私の分まで……」
「はい゛……お姉ざま……うえーん……うぅぅ……」
かなり長い間、私はミスティアを抱きしめていると『昔、歌ってくれたあの歌…もう一度聞かせてくださいませんか……?』と言われたので、元の世界で自分が好きだった歌を優しく歌って聞かせた。
そしてミスティアはそのまま泣きつかれて眠ってしまったので、涙をそっと拭くとジーク様と一緒に静かに部屋をでました。
それから回りに誰もいない事を確認すると、男子寮と女子寮を繋ぐ渡り廊下に差し掛かると不意にジーク様が話しかけてきました。
「本当に別人なのだな……」
「あら? 信じてくださるの?」
「信じるも信じないも…俺自身、確かに今のお前が10年前に会ったお前と同じ感じなのは分かる。だから信じるしかないだろう?」
「フッフ……信じてくれてありがとうございます♪」
「しかし本当に明日お前は、捕まると思うのか?」
「えぇ、私の知る限りストーリー通りなら必ずですけれど、どんなに足掻いたとしても投獄は免れませんわ……良くて永久投獄か、奴隷に落とされるか……そのどちらかでしょう……だってリューク様は凄くお怒りでしょ?」
「あぁ……だから変わりに俺が様子を見に着たんだが……このままリュークに会いに行かないか? しっかり話せば、あいつだって……」
「それは無理ですわね……会いに行った瞬間、物理的に切って捨てられますわ」
「しかしこのままではお前は!?」
「分かっていますわ……けれど私がミスティアを殺そうとしたのは誰もが見ております……それを実はフィーリアは昨日までとは別人で、アレは間違いなんだ! って言っても誰が信じてくれるのです? しかもそんな証拠もなにもない事で罪が晴れるはずもないでしょ? だからいいのです、もう……」
「――っ!! ……お前はそれでいいのか!? 本当にそれで満足なのか!」
「満足はしておりませんが、しかたがながない事ですし……それにリューク様に言わないのは彼のためでもありますの……」
「リュークのため……?」
「彼はいつも尊大な態度をとっていますが、本当は心の優しい方です。そんな彼が私の事を知ったらどうなります? 十中八九、私の罪を消そうと奔走すると思いますの……」
「当たり前だ! 俺だって、ミスティアだって!!」
「けどそれは個人的な感情で法を犯す事に変わりはありません。しかもそれがこの国の王子がしたとなれば民に示しがつきませんし、王族か……ひいては国の信用の問題になります。そんなことになれば……」
「だとしても!」
「お気持ちだけで十分ですわ、もし罪が許されても、許されなくてもリュークもミスティも貴方も傷つき将来の汚点になってしまいます。だから……このままで良いのです。このまま私は王族にあだなす悪女フィーリア・エル・ハッテンブルグとして消えるのみですわ……」
「もう、覚悟を決めているんだな……」
「はい……」
「本当に悔いは無いんだな……」
「なんの悔いも無いとは言えませんが…………そうだ! 1つだけお願い聞いてくださいます?」
「お願い……だと?」
「えぇ♪ 明日のパーティー私をエスコートしてくださらない? 他に頼める人もおりませんので……」
「――っ!? そんな事……俺は! お前の事を!」
「気持ちだけで十分よ……ジーク、ありがとう……私の事を気にしてくれて、この4年間貴方にも嫌な思いをさせたわね、なんにもできなけれど本当にごめんなさい。私楽しかったわ、皆に会えて本当に……もしも望みがあるとするなら、あの14歳の時の階段を落ちる直前に戻れるならどんなに嬉しでしょうか、でも過去は過去…変えられない普遍なもの、だからこのままでいいのよ、これで……」
ジークはその場で俯くと、もう何も言いませんでした。私はジークに『おやすみなさい……』そして『また……明日……』と別れを告げ、自分の部屋へと戻りました。
そしてパーティー開始まであと30分と時間が迫っている頃、私はその日の為に元のフィーリアが用意していたドレスに身を包んでおりました。
やはり精神が変わっても私の好みは変わらなかったようで、私が好きな青を基調とした美しいドレスを身に纏い鏡で入念にチェックしておりました。
「……グス……お美しいですわ……お嬢様……」
「えぇ……うっ……本当に…お綺麗で……うぅ……」
「もう泣かないで、アメリア、ローズ……これで最後なのですから、笑って送り出してくださいまし」
「「お嬢様……」」
あの後、部屋に帰ると寝ていたアメリアとローズを起こし自分の部屋に入れてもらいました。最初は2人とも凄く不機嫌ではありましたが、しっかりと全てのを話しますと2人はその話しを信じてくれました。
そしてパーティー開始ギリギリまで、私が捕まった後の事や処刑された後の事を頼み、色々な方々への手紙を書くのを手伝ってくれました。
そして今は、パーティー支度を手伝ってもらっているという事です。元々2人は屋敷にいた頃から仲良く、一緒に話しをしたりお茶をしたりしてくれていた間柄だったので、2人に真実を話せて良かったと思っています。
もう後はパーティーを待つばかり、これが私の最後の務め――
「それじゃ、行ってくるわね……2人とも」
「「行ってらっしゃいませ……お嬢様……」」
2人は涙を流しながらも満面の笑みで送り出してくれました。私も笑顔でその場を後にします。そしてパーティーホール入り口で待っていてくれたジークの手を取り、会場へと入って行きました。
その間、私を他の学生やメイド、下働き、執事、コック……ありとあらゆる人から刺す様な視線で見られたが、決して笑顔を絶やすことなく、その時を待っておりました。
もう皆が私が捕まる事を理解しておいででした。会場の脇には普段いない兵士が多く配備され、彼らもじっと私を睨みつけておりましたもの。
そんな状態なので、飲み物を取りにいっても誰も入れてくれず私はできるだけ気にしないように、自分でグラスに飲み物を注ぎ他の人がいないテラスの柵に背を預けながらぼーとパーティーの様子を眺めておりました。
パーティーも、もう終盤……後少ししたらリュークが会場中央の階段に登り、大きく憎悪を纏った声で私を呼び出す。それまで後少し……
そんな風に決心を固めようとしているとジークが、テラスに出てまいりました。
「ここにいたか……」
「よろしいのですか? 他の方から反感を買いますよ?」
「構わんさそんな物俺には何の意味も無い、そんな事でお前と会う事を怯みはしない……」
「そう……ですか、しかしこうしていると昔を思い出しますわね……ジークとリュークとミスティと4人で城の中で遊びましたわね」
「あぁ……懐かしいな……」
「良くかくれんぼをしましたが、ミスティは『お姉さまが居なくなっちゃたぁ~!!』て泣くし、しかたなくミスティを構っていると、リュークはふて腐れて……」
「あいつは構って欲しくてしょうがなかったのさ、好きな人にな……」
「私としてはリュークは恋愛対象でなく、親の言いつけで婚約しただけですし……まぁ、良い友達ではありましたけれどね……」
「友達か………」
「あっ!? ごめんなさい……そんなつもり……」
「いや、昔から分かっていた事さ……俺もリュークもフィーは俺たちに恋をしないだろうなってな……」
「ジーク……」
「なぁ…フィー……最後に俺からの我がまま聞いてもらっていいか?」
「私にできる範囲でしたら……」
「………キスしてくれ……」
「ジーク、それは……だって私は本当は男で……」
「そんなもの関係ない! 俺はお前が好きだ! 今のフィーそのものを愛しているんだ! だから……だからっ……んっ!?」
私はジークが喋り終わる前に唇を唇で覆いました。少し背伸びをしてジークの頬に手を当て、キスをしました。
自分でも、もう元が男とかは関係なくなっていました。その時の私は心の底から女に、乙女になっていたのでしょう。
だからジークの告白が嬉しくてたまらず、思わずキスをしてしまった……。
そんなキスに最初は驚いたジークでしたけれど、直ぐに彼は私の肩に手を回し、より熱く激しい口付けを交わしました。
「……んっ……あっ……ありがとう……ジーク……」
「俺こそ、すまない……」
「ううん……謝らないで、凄く嬉かったから……今、私凄くドキドキしていますの……これが恋なのかもしれませんわね♪ フッフ……」
「フィー……」
「最後に良い思い出をありがとう……ジーク…私も貴方の事を好きです。そしてさようなら……」
私はそう言いながら満面の笑みで、パーティー会場へ戻っていいきました。間もなくフィナーレのダンスが終わろます……。そして曲の終わると、リュークとミスティが階段を上っていきました……。
そして、階段のほぼ中央まで上るとリュークが会場を見下ろしながらこう叫びました。
「フィーリア・エル・ハッテンブルグ前に出ろ!!」
その声には物凄い憎しみと、憎悪を含んでおりました。
その表情に気おされそうになるのをグッと堪えていると、私の目の前にいた人たちは左右に分かれ、階段までの道ができていきます。
私その道を、悠然と微笑みながら歩きます。そして階段の下まで来るとジークとミスティの方を向き膝を折り、頭を垂れました。
「フィーリア・エル・ハッテンブルグ! 貴様が何故呼ばれたか理解しているか!」
「はい、理解しておりますリューク様」
「まず私からお前に言うべき事が1つある! それは今、この時をもって貴様との婚約破棄を申し付ける!」
「はい、婚約破棄……謹んでお受けいたします。」
予想外にも私が何の文句も言わず婚約破棄を受け入れた事に、回りの人たちはザワつきました……しかしそれをリュークは制止して、さらに話そます。
「皆に聞いて欲しい事がある! ここにいるミスティア・レーベンブロイは、実は隣国のウェスト王国の王女であり、本当の名はミスティア・フォン・ウェスト王女なのだ!」
ミスティの素性を知り、さらに会場はザワつくが……リュークは話しを止めない
「皆もこの意味が分かるだろうか! このフィーリア・エル・ハッテンブルグはミスティア王女を殺そうとした挙句! いままでどれだけの酷い仕打ちをしてきたか!!」
高らかに叫ぶリュークは、今までフィーリアが行ってきた嫌がらせの数々を白日の下に晒すと最後の言葉を言い放った。
「よって、フィーリア・エル・ハッテンブルグは王女暗殺未遂により大逆罪! 我がリューク・フォン・イーストとの名の基に、死刑を宣告する!!」
その声と共に、控えていた兵士たちは私に近づくと拘束し、連行しようとした。私は一切の抵抗をせず歩き出します。すると突然ミスティが叫び、階段を駆け下りてきました。
「待って! お願いっ……お姉様……私は! ……私は……」
「いいのよミスティ……貴女のせいではないわ、全ては私の責任……これでいいのよ」
「イヤっ…せっかく会えたのに……こんなに近くに居るのに……どうして……」
「これが私の運命だったのよ……抗う事はできないわ」
「それでも! 私はお姉様に生き……」
「ダメよ……。それ以上は行けないわ……王女自らそんな事を言ってはダメ、ねぇ笑ってミスティ……いつもみたいに太陽みたいな明るい笑顔で見送って……」
「おっ……お姉様……うぅ……」
ミスティはいったん俯くと、涙を拭い笑ってくれた……大輪の花の様に、大空に輝く太陽のように、明るく眩しい笑顔を涙を流しながら……笑ってくれた。
その姿を見るとフィーリアは『ありがとう……』と呟き、悠然と出口へと歩いていく……胸を張り、優雅に堂々と、微笑を浮べたまま……
やがて扉は閉まり、フィーリアの姿が見えなくなるとミスティアは大声で泣き叫び、その場に崩れ落ちた。そんな姿を見てジークは優しくミスティアの肩を抱き、慰めていた。
けれどリュークだけは、表情を変えることも無くただただフィーリアが出て行った扉を睨んだままだった。
その後フィーリアは、丁重に城に連れていかれ最下層にある重犯罪者用の牢へと入れられた。
それから暫くの間、フィーリは暴れる事も叫ぶ事もせづ、元の世界で好きだった歌を口ずさみながら、牢の高い天井にある小さな窓から見える空を見つめつつ、処刑の日が訪れるのを待っていた。
そして終にその時が来た……。その小さな窓から大きな歓声と鐘の音が聞こえ、真っ白なハトが飛んでいくのが見えた。
「ついに今日なのね、おめでとうミスティ……おめでとうリューク……幸せになってね……」
そう小さく呟くと、複数の足音が牢屋の中に響き渡る……
(重苦しい甲冑の音……一応、公爵家という事に敬意をはらって上級騎士が来たのかしら? せめて毒は苦しくない物にしてほしいわね、一度死んだ身ですけれど、痛いのはイヤですから……)
そんな事を考えながら、覚悟を決め貴族らしく姿勢を正しジッと扉が開くのを待った。
そして重い鉄の扉がギイィーと音を立てて開き、複数の騎士が入ってきた。そしてその中央には信じられない人がいた。
「リューク……様……」
そう……本来なら今、ミスティアとの結婚式の真っ最中であるはずのリュークがそこに立っていた。式典用の甲冑に身を包みながら、鋭い表情を変えず無言のままで……
「感謝せよ! 大罪人であるお前をリューク王子自らが、大いなる慈悲によりその身をお裁きにならせられる!」
隊長と思われる騎士がそう大きな声で言うと、脇の兵士が毒入りワインの杯をリュークに差し出した。リュークもその杯を無言で受け取り、牢の中へと入って来る……
(そう、そこまで憎かったの……そこまでミスティの事を愛していたのね、ありがとうミスティ……ジーク……リュークには話さないでいてくれて……)
そっとフィーリアはまぶたを閉じ、ジークとミスティアに感謝をした。そしてリュークが差し出した杯に顔を近づける……
「お手間をおかけしましたリューク様……いままで本当に申し訳ありませんでした……。そしてありがとうございます……。最後にお会いできて嬉しく思いますわ……ミスティア様とどうか、末永くお幸せに……」
そうフィーリアは無言のまま見つめるリュークに話しかけ、そのままグッと毒を呷る。
毒を飲み干すと、そフィーリアは苦しそうに眉間にしわを寄せ、口元を手で押さえながらそのままベッドに倒れ込んだ。そして直ぐに毒が回り意識が保てずスーッと視界が真っ白になっていく……
(お父様……お母様……こんな娘で申し訳ありません……。ずっとお2人を欺いていたこと、心よりお詫びいたします……。そして私を生んでくれてありがとございました。短かったけれど私は幸せでした……。いっぱい、いっぱい皆には迷惑をかけて…我がままを言って……ごめんなさい…本当は直接謝りたかったけれど、できない私をどうか叱ってください……本当に…ごめんなさい……ごめん……なさい……ごめ…ん…な……さ………………………………)
イースト王国暦、567年2月9日――フィーリア・エル・ハッテンブルグ、王女殺人未遂で毒を飲み処刑。
後にその場に立ち会った兵士が言うには、フィーリア・エル・ハッテンブルグは涙を流しながらも、とても美しい微笑を浮べたまま亡くなったと言う……。最後まで貴族だったと…………
フィーリア・エル・ハッテンブルグが処刑されてから、10年の月日が経った。
この日、イースト王国とウェスト王国との同盟記念5周年を記念して、毎年交互にそれぞれの国がホストを務め開かれる祭典の日。
今年はウェスト王国での開催となり、リューク国王とミスティア王妃と旧友でもあるジーク宰相が大使として訪れていた。
「お招きに預かりまして光栄でございます。リューク国王……」
「そんな堅苦しい挨拶はよせ、ジーク! 今はプリベートな茶会だ。そんな事を言うと怒るぞ? ミスティアも言ってやれ!」
「フフ……リューク様、いつもジーク様の手のひらで遊ばされていますわね? いつもはスマシタお顔のリューク様がそういうムッとしたお顔をなさると、とても可愛いですわ♪」
「むっ!? ミスティアまでそんな事を言うのか……」
3人がそんな風に話していると、コツコツと足音が響き1人の女性が近づいて来た。
そしてまるで昔からの友人に話しかけるように3人に向って、笑いながら近づいた。
「リューク、そんな表情をするからジークに遊ばれるのよ? いつまで経っても貴方達はホント子供のままね」
突然、3人の会話に入ってきたのはジーク・フルム・マース宰相の妻であるリリア・フルム・マースであった。
その容姿はキラキラと輝く銀色をしており深い青い瞳は見つめると誰もが引き込まれそうで、そのスタイルはとても大きな胸とキュッと括れた腰……どんな男でも振り返るほどの美しい女性であった。
その姿を見るや否や、ミスティア王妃は椅子から勢い良く立ち上がり……リリアの元へと駆け寄った。
「お姉様! 遅かったではありませんか! 私、心配したのですよ?」
「ごめんなさい、ミスティ……娘が中々寝付いてくれなかったので、別室で寝かせていたの……」
「うー……もうすっかりお母様なのですね、私がフィーお姉様の一番だったのに……」
「こら! ミスティ!! もうフィーお姉様ではないでしょ!」
「あっ!? ごめんなさい……リリア……お姉様……」
「んー♪ そんなションボリするミスティも可愛くってよ! あ~ん可愛い可愛い~」
リリアはミスティアをその豊満な胸で抱きしめると、頭を撫でながら戯れていた。そんな光景を見てリュークは『こら!フィ――リリア! ミスティアをいい加減放せ! せっかくこうやって時間を取ったのに無駄にするきか!』と怒るが、口ではリリアに勝てず簡単に言い包められてしまった。
そんな光景をみてジークは笑い、それにつられてリリアとミスティアも笑い……結局リュークもふて腐れつつも途中で堪えられなくなり、4人は大いに笑いあった。
実を言えば、フィーリアは死んではいなかった。
リュークがフィーリアに飲ませたのは仮死薬だったのだ。そのお蔭で世間的にはフィーリア・エル・ハッテンブルグは死亡した。
そして王家秘蔵の薬を使い、別人にその姿を変えさせられ……ハッテンブルグ家とは関係ない別の貴族の既に死んでいるが、死んだ事をまだ発表していない娘の名前を貰う事で、フィーリはリリアとなり生きる事を許されたのだった。
そしてジークが正式に求婚を申し込み、リリアとなったフィーリアはそれを受け入れ2人は結婚する事となった。
しかし何故、フィーリアの真実を知らないはずのリュークがそんな事をしたのかは……それはリュークはフィーリアの事を知っていたからに他ならない……。
しかし何処で知ったのか?
ミスティアもジークも…もちろんフィーリアもリュークに喋ってはいなかったが、あの日の夜……ジークにミスティアの様子を見てくるように頼んだリュークではあったが、結局は自分でミスティアの部屋を訪れていたのだ。
しかし、その時にフィーリアがジークに全てを話したのを聞いてはいたが、どうにも信用ができないでいた。そんな時…部屋から懐かしい歌が聞こえてきたのだ。
リュークが好きだった歌だ。昔フィーリアが良く歌ってくれた不思議な国の言葉の歌、それを聞いた時リュークはフィーリアを信じると決めた。
けれど、フィーリアの言うとおり彼女を無罪にはできない……そこで考えたのが、世間的にフィーリア・エル・ハッテンブルグ処刑した事にすればいい気づき、大芝居を打ったのだ。
リュークはフィーリアの事を愛していた。
彼にとって、フィーリアは初恋だった。けれどそんな彼女は変わってしまった。姿形は自分が愛し、大好きなフィーリアなのに、その雰囲気、しゃべる事柄、どうこを見ても同じ人間には思えなかった。
そんな時に、リュークは懐かしい顔に出会うのだ。昔、子供の頃婚約者になったフィーリアとの顔合わせに着いてきた妹と紹介されたミスティアと出会った。
ミスティアとはその後、何度か一緒に遊んだ事もあったが、彼女は今は隣国の王族になっていて大変驚きはしたが、彼女は何も変わってはいなかった。
そんな彼女にリュークは寂しい心を埋めるため、どんどん惹かれたいった……。
けれど、そんな彼女が虐められている事を知った。
首謀者はフィーリア・エル・ハッテンブルグ……信じたくなかった。認めたくなかった。
大好きだった彼女が、自身が好いていたはずの妹に手を挙げている事に……しかし間違いだと思って調べれば、調べるほどフィーリアが犯人だという証拠しか出てこなかった。
リュークは絶望した。けれど虐められているミスティアは決して諦めていなかった。いつか必ずお姉様は元のお姉様に戻ってくれると……
リュークもそれを望み……願い……祈った……そして祈りは届いた。
最悪な事態の時になってからだが……
しかしリュークは諦めなかった。国王である父を、次期国王である兄を何とか説得しフィーリアが処刑される日を先延ばして、ギリギリの所で王家秘蔵の秘薬の使用許可がでた。
そして……フィーリアを助ける事ができたのだ。
その後フィーリアが意識を取り戻したとき、酷く泣かれて怒られた事を覚えている。『何で助けるつもりだったなら、先に皆に言わないの!』と……俺は『敵を欺くにはまず、見方から!』と言うと、おもいっきりミスティアに殴られた。
俺はあれほど怖い思いをしたのは初めてだった。いつも優しくのんびりとしていたミスティアが、物凄い形相で泣きながら鼻水が垂れるのを気にもせづ俺を殴ってくる光景を俺は死ぬまで忘れないだろう………。
という事があり、フィーリアはリリアとなり生きていた。ジークの良き妻として、一児の母として、そんな彼女は最近ふと思う事がある。
それは今この時、自分がいるこの場所は全て夢ではないのか? 本当は毒を飲んで薄れ逝く意識の中でこうであったら良いのに、という刹那の夢を見ているのではないのか? と……。
しかしそれを肯定する事も、否定する事もできはしない。ただ今、自分が生きているこの瞬間こそが現実と信じて、精一杯に悔いが無いように明るく楽しく全力で、生きようと思っていた。
たとえ本当に儚い夢だったとしても――
ども!個人的に悪役令嬢モノをを読んで自分でも書いてみたくなったので、短編ではありますが書いてみました。
最初はバットエンドにするつもりでしたが、どうしても主人公が可愛そうになりハッピーエンドに変えました。
誤字脱字が多々あり読み辛いかもしれませんが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
今後も何か急に書きたくなったら短編で投稿するかもしれません、それでは ノシ