光は町を包んで儚し、消えゆくは悲し
発見の旅とは、新しい景色を探すことではな
い。新しい目で見ることなのだ。
マルセル・プルースト
私達が駅を出るとすぐに遠くからでも聞こえてくるそのあまりにも賑やかな声々に圧倒されてしまった。
「お祭りか何かやってるのかなぁ?」
「いやいやいつもこんなもんなんだよ。夜になるとほとんどの人が起き始めるからな。」
「夜になると?」
「あぁ、そうだ。実はこの町の住人のほとんどが夜行性なんだ。だから夜になればこうやって騒がしくなんだよ。」
「へぇ。そうなんだ。」
夜行性とはなんともな言い方だ。まるで虫に対して言う言葉みたいな。
それにしても、町は私の住む世界と違って黄色とか橙色の光しかなくてぼんやりしてるから、私みたいな人達はすぐ眠くなっちゃいそうだなぁ。
そう思いながら、私達は歩幅の狭い階段を手すりにつかまりながら、降りていた。
私はその歩きにくいゴチャゴチャとした階段から右に目をやると、そこにはレトロな雰囲気をいっぱいに醸し出している商店街が姿を見せた。
アニメーションとか画像とかでしか見たことのないようなゴチャゴチャした感じの町に私は、ハルキが「行くぞ」と言ってくれるまでのめり込んでしまっていた。
階段に足元を気をつけながら、その様子を見ていると、「ようこそ夕前町へ」という大きな看板が目に入った。色とりどりの板に一文字ずつ書いてある。けれどけれどバランスは良くはなかった。
「あれ、ここって夕幻郷っていう名前じゃなかったっけ?あそこの看板夕前町って書いてあるけど。」
「あぁ、えーっとな、ざっくり説明すると夕前町ってのは商店街みたいなもんかな。ほら、色んなとこで小さな店が見えるだろ。で、この商店街抜けると人が住んでる所に出る、住宅街だ。そこが夕幻町だな。そんでこの町全体をひっくるめて夕幻郷っていうんだ。」
確かに少し町の奥の方を見てみると、家々を照らすオレンジ色の光が点々としているのがわかった。
さらに、住宅街の奥の方に大きな仏閣のようなものが存在感を際立てていた。
「もっと奥の方にあるお寺みたいな塔は何なの?」
「おう、あれは夕閣殿だ。まぁ、なんていうのお偉いさんとかが集まるところかな。役所って言うのか。」
「なるほど。」
すごい。中国のお寺みたいな建物の様式に、京都にある五重塔ぐらい高さのある塔がずらっと密集している。
その中央には大きな楼閣がそびえ立っていた。
遠くてうまく見えないが、中では役人の人だろうか。ここの商店街の人々が移動しているように、沢山の人が各階行き交っているのが見てとれる。
私達は階段を下り終えると、すぐに商店街を行き交う群衆の波に飲まれそうになった。
「ここらへんは人気店が結構多いからな。慣れてる俺でも目当ての店に行くのはなかなかきついんだぜ。特にあそこはな。」
ハルキが指差す先には、セミのマークが大きく書かれた看板があった。
そして、その下には「見世店」と書かれていた。
「いわゆる見世物屋だな。なんでも週一回だけで時間も短い割にすげー曲芸とか珍獣も見れるから人がバーッと集まる。まぁ、裏では人間取引なんてもんもやってるって噂もあるけどな。ハハ。」
「へ、へー、そ、そーなんだ...。アハハ。」
もしかするとハルキに会わずにこの町に入っていたら、私も今頃あの中で使われていたかも...。怖い怖い。
「なぁ、どっか行きたいとこあるか?」
私が基本旅に出るとき、ファッションにもあまり興味はないし、グルメでもないから特にお店に行く、というよりかは、景色を楽しむほうが多いわけで。
「別に、特にないかな。」
「そうか。じゃあ、ちょっと歩くけどいい店知ってるから来いよ。」
「うん。」
「つっても、この商店街通りを横切った路地裏にあんだけどさ。」
路地裏とはまた、私の好みではないか。
こんなレトロな町、そしてレトロな路地裏、レトロな店、想像するだけでも興奮が収まらない。
「うん、行く!」
そういってなんとか向こう岸まで人の波を泳ぎ切ることが出来た。
行き交う人々の中には変なお面つけて素顔を見せない人もちらほらいたり、アオザイのようなものや着物に似た服を着ている人が多く見られた。
よし、それではレッツ バック アリー!
路地裏では、私達の世界でいう居酒屋が隙間なく連なっている。
もちろん雰囲気と言えばレトロそのものだ。ノスタルジックでもあるだろうか。
横からはおじさん達の和気あいあいとした話し声が垂れ込んできた。
店先にはぼんやりとした提灯が灯され、道端は千鳥足で二次会、三次会に挑んでいく人々に溢れている。
うーん、私にとって大人になってもお酒は控えようと改めて思う光景であった。
そう思いながら路地裏通りを進んでいくと、ハルキの足は先程より少し静けさの増したとある一角で止まった。
「ここだ。」
そこは、なにやら私には分からないものがずんずんと積み上げられており、入り口からだけなんとか外から中を伺うことができた。
しかし、入口の側には「はーめるんかっふぇことり」と書かれており、内心、可愛い名前!しかもカフェか!この男なかなかやりおるな!とテンションは上昇中だった。
中に入ると、これまた優美なお嬢様方が「いらっしゃいませ~」と溶けるような声をおかけくださって、女性同士でもなにやら恋に恋してしまいそうなほどであった。いけないいけない。ジャンルが違う。
お客さんの層も優しそうな老夫婦や家族連れ、カップルまで様々で和やかな雰囲気でカフェを楽しんでいた。
カフェの内装は、かわいい人形や木製の車輪とか、各テーブルに綺麗な花も添えられていた。
うわぁ、なんだかさっきの居酒屋通りと違っておしゃれだ。
そんな中、ハルキはウエイトレスさんに複雑な手のポーズを見せていた。
なんだろう?何かの挨拶かな?でも複雑過ぎて私には到底真似できない。入る前に教えてくれればよかったのに。
ウエイトレスさんはそんなハルキの手のポーズを見ては、笑顔で奥のほうを案内し始めた。
そして、ウエイトレスさんに案内されて二回に登る階段の手前で止まると、こちらになります。と言った。
えっ、何?階段?ってことは、も、もしかしてテラス!?嘘っ、何この優男は。けど、お高いんじゃないの?
そんな高揚感とともにスキップまでして二階にたどり着くと、私は一階と二階のギャップに驚いてスキップどころかスリップしてしまった。
そこは、なにやらガチャガチャしたものに溢れ、おっさん達がグラスを交わし、煙草や酒の匂いが立ち込めていたのだ。
「ここって...もしかしてバー?」
「まぁ、バー的なところかな。」
「何で!何で一階のカフェじゃないの!?というかお酒なんか飲めないよ!」
「ん?カフェ?カップルじゃねんだから。あんなとこで楽しめるか。お酒なら大丈夫、こっちには知り合いがいるから、お酒じゃなくてオーケーだ。」
くそっ、バカにしやがって。いつか彼氏と来てやる!......にしてもハルキの知り合い。どんな人だろう?
少し怖めで無愛想だけどイケメンなバーテンダーさんかな、それとも笑顔が素敵で優しそうなおじさまかな?
私の妄想はいい方へいい方へと膨らんでいった。
このバーは決して広くないけれど横広な形で、もちろんこの店もレトロな雰囲気と色合いで私好みには染まっている。
春樹に誘導されて、椅子に腰をかける。
そういえば、私はなんやかんやであの電車に乗って私の知らない世界に来ちゃったんだ。
それでハルキと会って間もないのに何か友達感覚みたいに喋っちゃって。ありがたき存在なのに。
それにしても何なんだろう。これはタイムスリップ?こんな簡単にしちゃっていいものなんだろうか?
まぁもう来てしまった以上はしょうがない。
でも出会いってすごいよなぁ。つくづく思う。
すると、ハルキが手を挙げて、店員を呼ぶ。
「注文いいっすか?」
そして、そのハルキの声に反応して来たのは、それはもうTHEべっぴんという名にふさわしいくらいのべっぴんさんで、「お姉さん」という風格を醸し出しており、バーテンダーの服に身を包んだ、長髪でスマートで巨乳な人だったのだ。
まさか、女の人だったとは。
「おす!ケイト!」
こんな人とハルキが知り合いだなんて世の中どんな縁があるか分からないんだな。
「あら、ハルキ。久しぶりね。...お隣さんは、彼女さん?可愛いわね。」天使のような声。
「ち、違ーよ。連れだよ。連れ。」
「連れ?」
「あは、初めして。えっと、マオって言います。」
何か会話するのにもやけに緊張しちゃうなあ。
「あ、マオさん。どうぞ宜しく。ゆっくりしていってね。私はケイトって言います。ハルキとはお友達なのかな?」
「さっき知り合ったばっかりだよ。電車でたまたま。」
「あら、そうなの。」
「はい...。」
「で、こいつがこの町初めてっていうもんだから、ちょっと案内してやろうかと思って。」
「案外優しいのね。ハルキ。」
「ま、まあね。」と、照れくさそうにしていた。
そのあと私達は私の町のことやこの夕幻郷のことについて談話した。
話では、私が好きな自転車や車はこの町には存在しないらしい。
ケイトさんはそんな私の自転車や車の話にとても興味津々に聞き入っていた。
この町の移動手段は全てバスか徒歩だというのだ。
バスがあるのなら自転車や車もあっていいと思ったのだが、確かにこの街を歩いてみるとわかるのだが、商店街は人で埋まっており、路地裏も狭ければ住宅街も平坦な道は少ないらしい。
自転車や車なんかより断然歩いた方が良いというのだ。
じゃあバスはどうなのと聞けば、後でそのちょっと変わったバスに乗せてやると言われた。
すると、ケイトさんは気づいたようにかしこまって、「お、お客様~、お飲み物はいかがさないますか?
」と、焦りながら注文をうかがった。
そうだった、ここはお店の中で、あくまで私達は客、ケイトさんは店員なのだ。
さっきハルキはお酒じゃなくていいって言ったからね。
「じゃ、じゃあ私はオレンジジュースで。」
その時、私の言葉にケイトさんは目を丸くしていた。
え?何かまずいことでも言っただろうか。もしかしてこのお店ではオレンジジュース扱ってないの?
「あ、あの?」
「あ、えとマオさん?もう一度いいかしら?」
どういうこと?なんか私タブーに触れちゃったのかな?
「えと、あの、オレンジジュース...。」
「ケイト、ファルファレ二つだ。」
私の言葉を遮るようにハルキは告げた。
え?ファルファレ?
ケイトさんは「あ、うん。分かったわ。ファルファレね。」と言って、お店の奥の方へ消えていってしまった。
「ハ、ハルキ?ファルファレって何?」
私は自分の中に浮かぶ巨大な疑問符をぶつけた。
「そうだった。ごめん、マオ。確かにマオの言語はこの世界に通じた。けど、常識というか根本的に文化が違うところもあるんだ。さっきのでいうとファルがお前のとこでいうオレンジ、ファレが飲み物ってとこかな。だから言葉とか分からないことがあったら、なんでも俺に聞いてくれ。これからも多分お互い分かり得ないことがあると思うからさ。」
そうか、そうだった。
私はただ言語が通じるからといって、文化までもが一緒なんだと錯覚していた。
ただ単に外国とかであれば今のご時世、インターネットを通じて海外に行かずともその文化を知ることができる。
でも私は今、自分の知らない、いや他の誰も知らない町に来てしまっているのだ。
文化や言葉を事前に知ることはできない。いざ経験してみないとわからないのだ。
けれど私はそんなのことで、落ち込むことはない。むしろこの町をもっと知りたいと思ってきた。
もっと知りたい。これが私の生きるモットーなのだから。
「ありがとう、ハルキ。色々教えてね。」
「お、おう。」
ハルキは恥ずかしそうに呟いた。
それからケイトさんはファルファレなるものを持ってきて私達に提供してくれた。
ハルキがさっきの事情を説明すると、ケイトさんは笑っていた。
「へえ、そうなんだ。聞いたこともない言葉だったから。ごめんね。」と言って、今度はサクランボのようなものまで私にくれた。
「これはコポルっていう果物なんだけど。今日は特別に、私から。」
「まじか。結構高級品なんだぜこれ。いいなお前。」
「そうなんだ。ありがとうケイトさん。」
私はありがたくもらいながらファルファレを頂いた。
オレンジのようなオレンジじゃないような甘い果汁が口の中に広がった。
コポルは見た目そのままサクランボの味だったが、本当に美味しかった。
結局また少し談笑したあと、店を出ることになった。
ケイトさんは、私だけ初めて会ったお友達の印ということで、内緒で料金を免じてくれた。
「それじゃあ、今日はありがとうございました。」
「いえいえ、私こそ。御来店ありがとうございました。また機会があったら来てくださいね。」
「おう、じゃあな。」
そうして、一階に降り、ギャップを感じながらもカフェを通って、店を出た。
ますます外は暗くなっていた。
「あ、そういえばケイトさんのお店なんて言う名前なの?」
「え、はーめるんって店だけど。看板に書いてあんじゃねえか。」
え?
私は勘違いしていた。「はーめるんかっふぇことり」はお店ひとつの名前ではなく、一階のお店がかっふぇことり。ケイトさんのお店がはーめるんという名前だったのだ。
「これからどうするの?ハルキ。」
「ん?んーと、俺たちの宿探しでもするか。夕閣殿の近くに夕籠地区っていう宿場町みてーなところがあるからそこまで行って探さないと。」
「あっ、そっか。ってあれ?ハルキはこの町に住んでるんじゃないの?ハルキの家は?」
「いや、俺はこの町の住民じゃない。俺の町はあの電車のもっともっと先の駅だ。」
「えっ、そうなんだ。じゃあ、ケイトさんとは幼馴染みとかそういう関係じゃないの?」
「あ~違うね。まぁ色々あって知り合ったんだよ。」
「そうなんだ。」
どうやってあんな綺麗なお姉さんと知り合ったんだろう。内心、気になったがあえて聞かないことにした。
聞かないでくれ。ハルキがそう言ってる気がした。
「でよ。その夕籠地区まで行くのに歩いていってもいいんだけど。夕幻町はほんとに道が複雑でよ。坂があったり、階段があったりで忙しいし、俺も最近来てなかったから抜け道とか忘れちゃったよ。そこで、さっき言ったバスを使う。いいだろ?」
「うん。」
でも、道路もろくに使えないし、平坦の道がほとんどない夕幻町を突っ切るってどう行くんだろう?
「もう一回あの商店街通りに戻るぞ。」
「いいか、一旦この商店街通りの人の流れに乗って、左側、夕前町有蓋通りってとこまで行く。ちゃんとついて来いよ。」
そう言うと、ハルキは人の波に飲まれていった。
そのあとをすぐに私も追う。
なんとかハルキの背中を頼りに進む。
気を抜けば自分の体をコントロール出来なくなってしまいそうだ。
それでもハルキはスルスルと抜けていく。
かろうじて彼の背中を見つけては追う。
慣れている人は慣れているのだろう。
どんどんお目当ての店を見つけては人の群れを抜け出して行く。
服屋やゲームセンター、駄菓子屋まで様々だ。
「自分の好きなように夢を見れる!睡眠屋」なんていう看板も見えた。
いつか行こう。
そうして色々なお店を見ているといつの間にかハルキの姿を見失っていた。
やばい。
しかも、視界の先には、ハルキの言っていた夕前町有蓋通りの看板が見えてきた。
けれど、その看板の右側に小さなバス乗り場という看板とハルキが手を振っているのが見えた。
よかった。
私もなんとか手を挙げてハルキの元へと急ぐ。
しかし、思うように体は動かない。
况して、挙げた手も降ろすことができない。
進めない。
そして、どんどんバスの看板が近づいてくる。
どうしよう。
私は人の波の一部となっていた。
それでもなんとか体を右へ右へと持っていく。
動け。動いてくれ。
ついに看板は目の前に来た。
だが、そのまま私はバスの看板を通り過ぎてしまった。
たどり着けなかった。
あぁ、私はこのままどこまで流されていくのだろう。
これじゃハルキに迷惑かけちゃったな。
何やってんだろ私。
そう思った瞬間だった。
私の体はいきなり宙を舞った。
いや正確に言うと、私は挙げていた手の腕を捕まれ、引っ張りあげられていた。
まるで荒れる波の中から魚が釣り上げられるように。
そんな私を釣った漁師はハルキだった。
「まったく、お前よそ見してっから飲まれちまうんだろ。手挙げてなかったら何もできなかったぞ?」
「ほんとにごめん。あと、ありがとう。」
「まぁ、俺が先に行っちまったってのも非はあるけどよ。」
なんか私、この町に来てからハルキに助けてもらってばっかりだな。
「大丈夫か?じゃあ行こうぜ。バス乗り場。」
そう言って階段登っていく彼の後ろ姿は一段と大きく輝いて見えた。
有蓋通りっていうのはいわゆるアーケード街ということだろう。
あの看板を通り過ぎてから商店街通りの上には屋根が現れていた。
私達はそのまま一番上まで階段を登りきった。
果たしてそこにバス乗り場はあった。
「道路つったらこんぐらいしかないからな。お前んとこと違うんじゃねえか?」
アーケード街の屋根の上には突起状に一本のレールが敷かれていた。
その上をバスが走るのだ。
モノレールを逆さまにしたような感じだ。
なるほど。ちょっと変わっている。
「うん、そうだね。もう乗れるのかな?」
「そうだな...。今日はいつもと比べて人は少ない気がするな。」
私達は到着してすぐにバスに乗ることができた。
内部は、まるで町全体をギュッと内部に詰め込んだみたいだった。
というのは、何かゴチャゴチャした感じにぼんやりとしたオレンジ色の光に照らされていたからだ。
この町ではファル色の光というのだろうか。
私達は空いている少し固めの座席に座った。
車内の人達の楽しそうに会話をしている声が聞こえてくる。
そんな中。。唐突に一人の小さな女の子が叫んだ。
「光雪だ!」
その言葉を起爆剤に車内は少しざわめき始めた。
ハルキもその言葉に反応していた。
皆が窓の外に注目した。
私も一緒になって外を見る。
外に写っているもの。
それは雪のようなものだった。
いや雪じゃない。
光っている。光が舞っている。
なるほど、あの女の子が言った通り、これは光雪なんだ。
空からは無数の光雪が舞ってくる。
そんな光雪はどこか建物や家々に当たればその光を失っていた。
気づけば私も窓に張り付いてそんな幻想的な光景に見入っていた。
「光雪の正体はさぁ。」傍らでハルキが語る。
「未だ不明らしいんだ。見てわかるようにあの雪、どっかに触れた瞬間消えちまう。だから調べようがないんだ。どういう原因で発生してんのか。中身がどうなってんのか。ま、こうやって皆が楽しめれば俺はどうだっていいんだけどな。」
「すごい...。ほんとに綺麗...。」
「あぁ...。光雪が降る時間ってのは結構短いから見れる間は貴重だぞ。あ、次俺らが降りるとこだ。」
私達は停車ボタンを押してそそくさとバスを降りた。
今度はしっかりと乗車賃を払った。
外は光雪でいっばいだった。
けれど地面を見れば一切積もっていない。光雪は本当に跡形もなく消えていくのだ。
「ま!光雪を見るのもいいけどよ。一応、ここが夕籠地区だ、サッと宿探しちまおうぜ。」
「そうだね。」
私達は夕籠地区へと降り立った。
夕前町の人の多さよりは半減していたが、それなりに宿場町も賑わっていた。
「うーんと、俺の知り合いがやってる宿あるんだけど、そこでいいかな?他当たるのめんどくさいし。」
「う、うん。いいけど、ハルキって結構知り合い多いんだね。自分の町じゃないんでしょ?」
「まぁな、俺みたいな性格の人は案外色んな人から好かれるってもんよ。すぐに仲良くなれる。」
まぁ、確かに私も何かと助けてもらっちゃってる身としてその言葉に反対するつもりはなかった。
「じゃ、今度はちゃんと付いて来いよ。」
「うん。今度は大丈夫だと思う。アハハ。」
...しかし、私は歩いてまもなくその言葉を撤回しなければならないということに気づいた。
それは唐突に起こった。
私は人混みの中から何者かに腕を捕まれたのだ。
そして、抵抗することもできず声も出せず何かの薬で眠らされた。
私の意識はすぐに薄れていった。
お願い...気づいて...。
遠のいていくハルキの背中は、もう会えないような気がした。
ハルキはちゃんとマオが付いて来ているかどうか確認した。
だが、そこにマオの姿は再びなかった。
先ほどの商店街通りでは容易にマオの姿は捉えることが出来た。
しかも、この夕籠地区はさっきより人通りは少ない。
先ほどの言葉も冗談混じりで言ったつもりだ。
人混みに飲まれるなんてことはないはずだ。
けれど、マオの姿が見つからない。
どこに行った?まさか本当に...
すると、ハルキはマオの財布が地面に落ちているのを見つけた。
これは確かにマオのだ。
こんなもの落としたままどこかに行くなんてことは考えられない。
それじゃあ、もしかして誰かに連れ去られたのか?
そんな...。どうして。いや、俺がちゃんと見ていれば。
「くそ...マオ......!!!」
ハルキはマオの財布を握り締めた。
光雪はとっくに止んでいた。
ケイト 恵兎