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宇宙人

作者: 林家小虎

「ワレワレハ、ウチュウジンダ」

 くだらない芸人が、テレビでつまんねえコントをやっていた。ガキの頃ならともかく、今の俺はこんなんじゃ笑えない。

 自分なりに頑張って働いていたつもりの職場は、人間関係の些細なトラブルが原因でクビになり、その後の面接も不況のせいか全滅だ。

 一緒に暮らす親にも次第にバカにされるわ呆れられるわで、部屋に閉じこもっていても気が休まることはなかった。

 そんなダメな俺にも、一人だけ友達がいた。田中は俺とは違い昔から人当たりがよく、思いやりのあるやつだった。顔は悪いが気がきくせいか仕事も順調で、女にもよくモテる。こいつとは小学生からの付き合いで、いわゆる腐れ縁ってやつだった。

「斉藤、久しぶりに明日ゲーセンでも行かないか?」

 そんな田中が昨日俺を誘ってきた。どうやら昔よくやっていたレトロゲームが置いてある店をみつけたらしい。俺は気晴らしにやつの誘いに乗ることにした。

 田中が迎えにくる時間に合わせてスエットを脱いだ俺は、ラフな普段着に着替えると、無造作に伸びた無精髭を剃った。ホコリの被ったワックスで髪型を整え、やつがくるのを待つ。

 程無くして外からクラクションが数回鳴った。俺はなまった身体を起こして家を出た。

 視線の先に停まっているシルバーのセダンには、笑顔の田中が乗っていた。俺は助手席に乗り込み、煙草に火をつける。

「久しぶりだな斉藤、元気だったか?」

「元気じゃねえよ、見りゃわかんだろ」

 相変わらず明るく話しかけてきた田中に、俺は毒づいた。やつは遊びに行けば元気出るだろと笑い、車を走らせた。

 車内には女受けが良さそうな有名グループの曲がかかっていた。ゴリゴリのロックが好きな俺には受け付けないタイプだ。

 まあゲーセンに着くまでの我慢だと割りきり、俺は車窓に流れる景色を眺めていた。


「着いたぞ、ここだよ。懐かしいゲームがあるんだ」

「こういうとこまだ残ってたのか」

 町外れのこじんまりとした敷地に、コンクリート造りの小さなゲーセンがあった。駐車場も狭い。こういう昔ながらの店は、高性能な家庭用ゲームの普及のせいか、近頃めっきり減っているらしい。

 俺は過去に田中とちょくちょくゲーセン通いしていたことを思い出し、少々懐かしさを感じながら車を降りる。

 外の寂しい感じとは違って、店内にはそこそこ客がいた。聴き覚えのある電子音が流れていて、見たことのある筐体が所狭しと置かれている。

「おっ、あれあるじゃん。懐かしいな」

「だろ? 久々に楽しもうぜ」

 昔好きだった格闘ゲームを見つけた俺は、少しテンションが上がり、近くの両替機になけなしの紙幣を突っ込んだ。ジャラジャラと吐き出された小銭を手に取り、目的の対戦台に座る。反対側には小太りのおっさんがいた。

 久々だけどこいつなら勝てるだろ。俺は百円玉を投入し、カンフー娘を使うおっさんに挑戦した。微かに技を覚えているプロレスキャラを選んだ俺は、何も出来ずにボコボコにされた。

 画面にKOの文字が表示され、あなたにはカンフーが足りないわと罵倒される。畜生がっ、俺はゲームにもバカにされるのか。

 怒りがこみ上げてきたが、このおっさんはかなりのテクニシャンだ。どうにも勝てそうにない。そう判断した俺は別の台を探した。

 するとあんまり可愛くはないが若い女が座っている対戦台をみつけた。あいつでリベンジだ。女ならいけんだろ。俺は迷わず移動した。

 男キャラを使う女に、意気揚々と挑戦する。十年早いんだよ! 数分後叩きつけられた言葉は、さっきよりも遥かにきつかった。

 ちっ、ゲームおたく共がっ、こんなのやってられっかよ。俺は心の中で捨て台詞を吐き席をたった。こんなんじゃ楽しむどころじゃねーよ。余計ストレスが溜まっちまう。

 機嫌が悪くなった俺は、店の片隅に行き煙草に火をつけた。視線の先から笑顔の田中がやってくる。

「おいどうした? もうやんないのか?」

「ここのやつら強すぎんだよ、マニアしかいねえんじゃねえの? まったく、やってらんねえよ」

「そうか? 俺は勝てたよ。頑張ればいけるって」

 田中は相変わらず俺と違って何をやっても優秀らしい。僻みのせいかますます腹がたってきた。

「そんな怖い顔するなって、そうだ! ストレス溜まってるならあれやろうぜ。昔よくやっただろ?」

 田中がそう言って指差したのは、店の奥の方にあるパンチングゲームだった。確かにあれなら、ちょっとはストレス解消になるかもしれない。

「いいぜ。やるか」

 俺は煙草を灰皿に捨てると、田中と一緒に店の奥へ向かった。


 パンチングゲームの前に立ち、百円玉を入れる。右手に備え付けのグローブをはめた俺は、的に向かってファイティングポーズをとった。

「日頃の鬱憤を全部ぶつけちゃえよ。いけー斉藤!」

 田中の声に合わせるように俺は踏み込むと、気合いを込めて的に拳を叩き込んだ。右腕に感じた手応えが、沈んだ心を僅かに軽くした。

 筐体のデジタルが回り、俺のパンチ力が弾き出される。数値は75キロだった。一般的な大人にしては弱い数字だった。

 でも引きこもりでなまった身体にしちゃいいほうか。俺は自分に言い訳をしてグローブを外すと、筐体に背を向けた。

「オマエノパンチハ、ソンナモノカ」

 背後から宇宙人のような声が響いてくる。カチンときた俺は慌てて振り返った。

「なんだこりゃ、こいつ喋るのかよ。バカにしやがって」

「クヤシカッタラ、80キロコエテミロ」

「ちっ、やったろうじゃねえか。見てろ」

 怒りが込み上げてきた俺は、再び金を入れグローブをはめると、助走をつけて怒りのパンチを放った。クルクル回るデジタルを睨み付けながら、俺は超えろと叫んだ。

 キンキンキンという電子音と共に弾き出された数字は、77キロだった。再び筐体の声が響く。

「ソンナモノカ、ザンネン、ザンネン」

「クソがっ。なんだこれ、ふざけやがって」

 俺は外したグローブを筐体に叩きつけた。金を払って余計ストレス溜めるなんてアホらしい。そう思って振り返ると、再び声が響いた。

「ドウシタ、アキラメルノカ。ソノイカリヲ、ワタシニブツケテミロ」

 俺は振り返らずにもういいよと答えた。こんなのは金を使わせるためのゲーセンのくだらない策略だ。そう思ったからだった。おおかたセンサーでも付いてて自動的に客を煽る仕組みなのだろう。

「ドウシタ、ニゲルノカ? コノコンジョウナシガ。オマエノチカラヲミセテミロ」

「……くっ、この野郎、今度こそはぶっこわしてやる!」

 筐体のふざけた罵倒に我慢の限界にきた俺は、ポケットから取り出した百円玉を投入口にぶちこみ、再びグローブをはめた。

 スペースが許す限界まで距離をとり、勢いをつけた助走で的に襲いかかる。唸りをあげながら繰り出した渾身の一撃が、大きな衝撃音と共に的に突き刺さった。

 デジタルから弾き出された数値は、88キロだった。グローブを外した俺は拳を握りしめ、よっしゃあと叫んだ。

「ヨクヤッタ。ヤレバデキル。オマエハダメジャナイ。コレカラモ、ガンバレ」

 満足して振り返った俺に対して、筐体はそう言った。なんだ、いいところあるじゃねえか。そう思った俺は、少し気が楽になった。

「田中、そろそろ帰るか」

「おう、また来ような」

「ああ、そうだな」


 田中の車で帰路についた俺は、車内で煙草を吸いながら考えていた。ヤレバデキルか。確かに、何もやらねえとずっとこのままだ。例えダメだとしても、何かやるしかないよな。でも……。

「さっきのパンチングゲーム、面白かったよな。喋ってやんの」

 物思いにふける俺に向かって田中が笑いながら言った。

「ああ、あんなのあるんだな」

「たしか、こんな感じだったよな」

 田中は運転しながら、ポケットから妙な機械を取り出した。

「オマエハダメジャナイ、ヤレバデキル」

「なっ、お前、まさかそれ……ボイチェンかよ! ふざけてんじゃねえよ」

「ハハハ、悪い悪い、ちょっとしたドッキリだよ。お前に元気出してもらおうと思ってさ」

「マジかよ、もろに引っ掛かったわ。アホだな俺は」

「だな、引っ掛かり過ぎで途中で吹きそうになったわ」

「ちっ、この野郎、訳わかんねえことしやがって」

 俺は毒づきながら車窓を眺めていた。

「でも、マジでお前はダメじゃないよ。俺が保証する。やればできる。頑張れよ」

「バカ野郎、くせえこと言ってんじゃねえよ」

 俺は照れ隠しにそう言って笑った。


 家に着き田中と別れた俺は、棚に余っていた履歴書を手に取った。

 こんな俺にも励ましてくれるやつがいる――あいつのためにも、また頑張るか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 宇宙人は出てこなかったけど読みやすかったし 悪くなかった。
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