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BLBの行方

 まさか、こんなところに……

 十数キロの距離を徒歩で連れてこられた先に雄一郎は驚く、そこはかつて園遊会にも招かれた皇居跡だった。豊かに生い茂った木々はなぎ倒されたまま凍りつき、水量を湛えた堀はスケートリンクと変貌を遂げている。在りし日の荘厳な佇まいは見る影もない。東御苑があったはずの区域には地下から盛り上がるようにそびえ立つものがあった。

「あれはなんですか?」

 睨むような目を向けただけで指揮官は何も応えようとはしない。雄一郎はよろけたふりをして建造物の外壁に触れる。BLB(バイオ流体緩衝材)の脈動が伝わってきた。

 各自治体に送られたはずの大量のBLBはここに使われていたのか、いつの間にこんなものを……伊都淵が警告した危機を流言飛語と断じながら、送り先を偽ってまでBLBを集めていたのは政府だったのだろうか? その建造物は21ヘクタールあると言われる東御苑跡のほぼ全域を占めている。

 兵士が認識標をかざすと、内部から操作されたように分厚い扉が開いて行く。屈折ピラミッドの頂点を切り落としたような巨大な建造物にはいるよう、雄一郎は告げられた。


「馬鹿を言ってはいかん、地軸がずれるものか。しかも南極の座標だと? そんな戯言を誰が信じるものかね。ここにも多くの科学者が居るが、誰ひとりとしてそんな荒唐無稽な説を唱えるものは居らん。単なる異常気象だよ」

 9.02発生時、沖縄の米軍基地視察からの帰途にあり、渋滞で都市高速上に居た、時の防衛大臣一松道彦。行動を共にしていた即応連隊の一個小隊はすんでのところで難を逃れていた。建造物の中央に位置する大広間に通された雄一郎は、皇居で行われた園遊会に招かれた折り、一松を紹介されていたこともあって不審者の嫌疑は晴れた。さもなければ再び幽閉される身となっていたかもしれない。『芸は身を助く』とはよくいったものだ、雄一郎はそんな諺を思い出していた。

 ただ完全に警戒を解いたようでもないのか、その会見は兵士達に取り囲まれたまま行われ、どうにも『引っ立てられた』感は否めない。一松の左右には明らかに兵士とは思えぬ年齢の男達が数人立ち並んでいる。雄一郎はどの顔にも見覚えがあった。あまりテレビを観ない雄一郎だが報道番組で勿体ぶった発言をしている姿を記憶にとどめていたのだろう。或いは一松と同じく園遊会で見た顔なのかもしれない。所謂有識者といった連中のようだった。

「異常気象という語句からして『単なる』といえるものではないと思いますが――でしたら大臣は、白夜とオーロラについてどうお考えなのでしょう。なにを指として状況の判断をなさっておられるのです? そもそも諸外国との通信は可能なのですか? 一度に地球全域を襲った異常気象とは、どのような種類のものだったのでしょう」

「それは、君……」

 右隣の列から白髪頭の男が歩み出て一松に耳打ちをする。(突っ撥ねなさい)雄一郎にはそう聞こえた。

「だからこそ、異常気象なのだよ」

 白髪頭の男はおそらく気象学者なのだろう。聴いたままを、さも我が意見のように口にする一松の顔に尊大さが滲む。

「状況をどうお考えでしょうと結構ですが、武装した自衛隊員が大臣の指揮下にあって何故生存者の救出に着手なさっておられないのでしょう」

 今度はすぐ左隣の男が耳打ちをする。(打ち合わせ通りの受け答えでどうぞ)

「衛星が使えるようになったのはつい最近なのでね、それまでは分光解析システムも使えず、生存者の有無も所在もわからなかった。ここは一万人の収容が可能だ。これからが復興の本番だと我々は考えている」

「これから……ですか、それほど猶予があるとは思えませんが」

 有識者の列に怪訝そうな表情が浮かぶ。

「どういう意味かね、勿体ぶらずにはっきり言いたまえ」

 一松は苛立ちを隠そうともせずに言った。

「例のバケモノはご存知でしょうか? 十州道にあれの第二世代が上陸したようです」

 兵士の間から「えっ」という声が洩れた。ホモローチの脅威が日本全土をあまねく蹂躙していたことを雄一郎はミーティングで知らされている。一松の左列から黒縁眼鏡の老人が耳打ちに近づく。(この男は十州道から来たわけではありません。推測の域を出ないかと――)重々しく頷いた一松は再び雄一郎に目線を戻した。

「君はそれを見たのかね?」

「いえ、十州道で生存者の捜索にあたっている仲間の報告を聞きました。その様子を伝えられた伊都淵さんが推測されたのです」

「そんなことだろうと思ったよ。困ったもんだな、その伊都淵という男も。彼は医療機器のセールスマンだったのだろう。ここに居られるのは全員が国立大学で教授職に就いておられた、若しくは現役の方々だ。素人が悪戯に市民の不安を煽るような発言をするのは感心せんな」

「ですが現実に9.02は起こりました。それにこの建物には伊都淵さんが開発したバイオ流体緩衝材が使われています。自治体による補強工事を装ってまで大量のBLBを集めていたのは、このためだったのですね」

 苦々しげな顔になった一松に別の男が近づいて耳打ちをする。まるで幼くして王位についた幼帝を奸計に長けた摂政が操っているようにも見える。自分の言葉は持ってないのか、こんな男に何故、誰もが従う。伊都淵の人となりも知らずに頭から否定しようとする姿勢が雄一郎には許せなかった。

「地震の余地も百回言えば一度くらいは当たるものだよ。しかし、とことん目立ちたがりな男のようだな、その伊都淵という男は」

 BLBへの言及に回答はなかった。一松のこめかみ辺りの血管が浮き上がってぴくぴく震え出す。防衛大臣を前にして遠慮会釈なく語る雄一郎が面白くないのだろう、一廉の人物を演じるのも楽ではないようだな――潮時だ、話すべきことは話した。と雄一郎は辞去を告げる。

「それでは私は出発します」

 また違う男が慌てた様子で一松に歩み寄る。どうみても六十歳は下らない年齢に不釣合いな赤いセルフレームの眼鏡をかけている。

「あっ、君い――」

 背中を向け広間を出て行こうとする雄一郎を一松が呼び止めた。

「なんでしょう?」

「君は、そんな軽装でよく屋外で活動ができるもんだな」

「トコログリアはご存知ありませんか? 伊都渕さんがの鳴らした警鐘に応え、所教授が開発されたものです。広範囲の体温管理を意識下で行うことができます。命を取り止めた方々の多くは9.02以前に接種されていました」

 再び赤メガネが耳打ちをする。(傲慢な男ですが脳神経外科として世界的な権威です、生きているのならなんとしてもここへ)彼等の恣意的な言動には『国家にあらずば人にあらず』といった傲慢さが透けて見える。決して短気ではない雄一郎だったが、ついつい握る拳に力がこもってしまった。

「準備が整ったからには国家規模での復旧活動を始めたい。生存者の捜索及び保護もその活動に含まれる。そのトコログリアの接種を頼みたいのだ。所教授をここに保護したい。連絡はつけられるのかな」

 二言目には『国家など当てにならん』を口にする所教授が、うんと言うはずがない。雄一郎はバックパックを降ろして薬瓶のはいったパッケージを取り出す。

「残念ですが、ここでは所教授とは連絡がつきませんが、ここに九人分あります。必要量を知らせていただければ、後日手配します」

「君の言う通りだとすれば、生存者の捜索は一刻を争う。そこにあるだけでもいい、隊員に処置してやってはくれんかね。医学博士はおられるが、ご高齢なのでね」

「わかりました。医務室があれば案内して下さい。すぐ処置にかかります」

「それとだな、鈴木君」

  まだ何かあるのか、とでもいうように雄一郎が一松を振り返る。

「国家の機能が回復するまで、私は暫定的に〝元首〟と呼ばれることになっている。些か面映ゆくはあるが、内閣がない状況で〝総理〟もないだろうからな、以降はそう呼んでくれたまえ」

「わかりました」


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