Defence
「案じていたことが起きてしまいましたね」
――ああ、そのためにアークの建造を急がせたんだが……襲われたのが完成したコミュニティだったのが不幸中の幸いだな。君の発案の氷のシャッターも役に立った。
「持ち堪えることができるのでしょうか? サイトカイン・ストームへの耐性も高いとすれば……」
――我々全員で本田君達の救助に向かうことになるかもしれんな。ここ数日、通信に気になるノイズもはいってきている。
「ノイズ……ですか? 我々の知る以外の生存者なのでは?」
――信号が断続的で解読には至ってないが、その可能性は高い。外国からのものかもしれない。
「そうですか、偵察の件は明日にでも、サイトに話してみます」
――頼んだぞ。事態は一刻を争う。そちらも充分、注意するようにな。
「わかりました」
この二ヶ月半、世界はまさに凍りついたまま、その冷たい表情を変えてなかった。そこへ突如としてあらわれた変化は、決して僕達を喜ばせるものではなかった。
「どうしたん? 難しい顔して」
伊都淵さんとの通信を終えて部屋に戻った僕に海地が訊ねてきた。
「ホモローチのセカンドジェネレーションが十州道に現れたらしい。確認されたのはまだ五十体ほどだが、知恵も力も以前のものを凌駕するだろうと、伊都淵さんは言ってた」
「げっ! 本当かよ。ヤバいじゃん」
「前のヤツみたいに、放っといても頭がパカンと割れて死んじゃうんじゃないの?」
風真自身、その発言が希望的観測であることはわかっているような顔だった。さもなければ僕がこんな辛気臭い顔をしているはずはない。
「かもしれないが、最悪の事態を想定するのが危機管理の鉄則だ。防護柵を張ってくる」
携帯電話のカメラや自動車のバックアイカメラにクリアランスソナー、カーナビのモニタなど、僕が見つけてきた有り合わせの物で成美さんが作り上げたそれは、境界を超えてくる侵入者を映像と音声で知らせてくれる。あの人の電子機器に関する知識は伊都淵さんや依子さん並みではないのだろうかと僕は感心したものだった。
「俺達も行こうか?」
「十州道にあらわれたのが、こっちにも来てない保証はない。日本海側へ漂着したのなら正反対に位置するこちらまで来るには時間もかかるだろうが、注意するに越したことはないだろうな。君達はここに残って、真柴さんと佐伯先生への連絡を頼む。外に出る時は充分注意するんだぞ」
海地に後顧を託す。不安気に地下の天井を見上げる風真に気休めでも言ってやりたいところだが、詳細がわからない以上、楽観視は出来ない。赤いショートコートを掴んで与えられていた部屋を出ると、用足しにでも出ておられたのか階段を下りてくる泰然法師と鉢合わせした。
「どうなさいました? こんな時間に」
切迫した僕の表情に気分転換の散歩でもないな、と判断されたようだ。
「防護柵を張ってこようと思いまして」
「防護柵? 侵入者の可能性でもあるのですか?」
僕は真実を告げるべきかどうか迷った。お年寄りの多いこのコミュニティだ。住人に余計な不安を抱かせたくなかったのだ。だが、生き抜くためには勇気が必要で、それを生み出すのは老若男女変わることなく覚悟だ。僕は伊都淵さんの予測を述べた。
「あれの第二世代が十州道に上陸したそうです。情報が少ないため推測の範疇を越えてはませんが、東北のカリスマの予想通りなら、少々厄介なことになりそうなんです」
サイトカイン・ストーム以来、何度もブリザードは吹き荒れ、ホモローチの死骸は氷で覆い尽くされてはいたが、ここにも奴等が侵入した形跡は残っており、数名の犠牲者も出していると泰然法師は語られていた。
「ふむ、あれが進化していると予想された訳ですか……だとすれば確かに困ったことになるかも知れませんな、拙僧も手伝いましょう」
宗教家故か、はたまた泰然法師の素養によるものか彼の理解は早い。だが70歳にもなろうかという法師を、例えミクログリアの接種を済ませているとは言え、深夜に、しかも氷点下の屋外での作業に駆り出すような真似は出来ない。
「いえ、ひとりで充分です」
遠慮する僕に法師はおっしゃった。
「我々は仏様の立場で考え、行動することを人々に説いてきました。その私が身をもって教えを体現できる機会など、そう多くはありません。この老体にも力にならせてやって下さいませんか」
そうまで言われては仕方ない。僕は法師の申し出を有り難く受けることにした。
外へ出た僕達は、横倒しになったまま凍りついて小山のようになってしまった大仏像を起点に防護柵の設置を始める。ハンマも使わずに片手で杭を打ち込んでゆく様を感心して見ておられた法師に通信ケーブルの端を持っていてもらい次の杭を打ち込んでは繋いで行く。地下の居住区をぐるりと囲んでしまいたかったが、センサーとカメラの着いたステンレス製の杭の数は限られている。50m間隔で打ち込んでゆくそれらに出来るだけ死角をつくらないようにするのが、いま出来る精一杯の対策だった。
「完了です。住民の皆さんへの説明は法師様にお任せします」
「法師様などと呼ばれるのは面映ゆいだけでしてな、泰然で結構です。如何でしょう、天狗様の視察が済んで、もう少し状況がはっきりしてから説明するのではいけませんかな。」
法師はサイトのことを〝天狗様〟と呼ばれていた。
「お任せすると言った以上、異存はありません。ただ、夜間……白夜のこの時期、昼間も夜もありませんが、屋外での単独行動は禁止、若しくは必ず僕が付き添います。寝てたら叩き起してください。出来ればその……」
「必ず例の鉄砲を持たせて、そういうことですな」
「……ええ」
佐伯医師の居た病院地下でスタンガンを見つけ、成美さんの知恵を拝借してワイヤー針が多数発射出来るバリケードタイプに改造していた。本来のスタンガンには映画やドラマのように人を気絶させるほどの効果はない。そのため出力を上げ、マンイーターやホモローチ鎮圧用にと、このコミュニティに配備した。ただ、外に出られる人々が、それを手にしていた記憶はない。
しんと静まり返った白夜の空の下、僕と泰然法師は作業を終えて地下の居住区に戻る。階段を下りたところには原田兄弟が待っており、他のコミュニティへの連絡が済んだことを伝えてきた。
「休暇どころじゃなくなりそうじゃん」
「そうだな……何れにせよ、ここはまだ基礎工事にすらかかれていない。中ノ原に戻るとしても半月は先になるだろう」




