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HAARP――巨星墜つ

「排気口はどこに繋がっているんだ」

 屋内に戻った伊都淵は再び自衛隊員に訊ねる。

「地下フロアの西ウィング突き当たりです」

「全員、地下へっ! 残弾のある者はバケモノの侵入を食い止めてくれっ、そうでない者は姿勢を低くして絶対に外を見るな」

 自衛隊員と数名のヘルメット組が、先に走り出した雄一郎を追うように地下への階段を駆け下りて行く。去就を迷う者には意識操作をして階段へと向かわせ、伊都淵はヘッドクォーターにはいっていった。

「何をするつもりだ?」

 伊都淵が振り返ると全身を異形の返り血に染め上げたカジが立っていた。

「てっぺんのアンテナを電子望遠鏡に改造しました。衛星をハープ(HAARP)にしてやろうと思っています」

「ハープ? 高周波活性オーロラ調査プログラとかいうヤツかね?」

「ええ、開発の名目上はそうみたいですね。ですがこれ本来の用途は大気の分子構造をも一変さすことのできる地球物理学兵器です。カジさんも地下に行って下さい。くれぐれも階上を見上げないように」

 この決定に反対することは例えあなたでも許さない。伊都淵の顔にはそんな決意が満ち溢れている。カジは小さく頷いて彼の指示に従った。

 おあつらえむきにどでかい太陽フレアも発生してやがる。計算通り働いてくれよな、伊都淵はにやりと笑ってコントロールパネルのスイッチを押した。

 地球上で収集することのできる電波は微量でも間断なく宇宙線の降り注ぐ大気圏外では、それを一気に増幅させることができる。衛星から発せられた膨大なエネルギービームは、全ての電離層とオゾン層を切り裂いて空を割った。そこから射し込む目の眩むほどの閃光が異形の列を貫いて行く。携挙けいきょを映像化するとこうなるのかもしれない。異形の身体は骨の一片も残さず昇華されていった。そして残照と呼ぶには控えめ過ぎるくらいの波長と強大なパワーを持った光が外壁の隙間から伊都淵を襲った。それは彼の網膜から一瞬にして視力を奪って行く。ほどなくして地表を大きな揺れが襲った。


 標準視野に停泊中の〝しらせ〟がはいってきた。任務の遂行を終えた僕達は日本で待つ人々をそれぞれに思い描き気分が昂揚していた。真由美さんは驚くだろうけど、マリアとサイト、ついでに――彼にその気があれば――一歩も僕達の家族として迎えよう。僕はそんなことを考えていた。

「ヒーローの凱旋だな」

 確かに行町のお陰でC-4を仕掛ける手間は半分で済んだ。臆せずにそう自称する彼には呆れるが、チームの一員として名を連ねて然るべき働きはあった。先行して〝しらせ〟に帰還を伝えに飛んだサイトが戻ってきた。

《空が割れてるっ!》

 その悲鳴にも似た声に僕は東南の空を見上げた。オーロラか? いや、それにしては明るすぎる。空を切り裂く神々しいばかりの輝きの正体に思いを馳せる僕の膝が揺れた。僕は地磁気で現在位置を読み取ると脳内に広げた中国の地図と重ね合わせる。

「まずいっ! ここは川の真上だ。氷の下は氷河になって――」

 僕が言い終わる前に足元の氷が崩れ落ちていった。


 揺れの収まった屋外にひとりまたひとりと姿を見せる。異形の体ごと台地を貫いた白い閃光はリソスフェアと呼ばれる上部マントルまで届いていた。プレートにまで衝撃を与えたのだから、さっきの地震は当然の結果と言えよう。全員が命を取り止めたことを実感し、奇跡の光が切り裂いた台地を息を呑んで見つめている。それは怒れる巨神の爪痕のような荘厳さがあった。

「開けろ、おいっ、開けてくれ」

 崩れ落ちた天井材を押しのけて身を起こした板橋が声のする監房に目をやると、真壁と罰が悪そうな顔をした警官隊、いや、人々を護ろうともせず自分たちだけ隠れていた彼等にそう呼ばれる資格などない。とにかく六名の男達が捻じ曲がった扉を開けることができず助けを求めていた。

「どうなさったんですか? 鍵がないのですか」

「カードを差し込んでも開かんのだよ」

「いつから、ここに?」

「……つい、今しがた……だ」

 監房が並ぶフロアの回廊にも多くの遺体、若しくはその破片が転がっている。彼等に救いの手を差し伸べることもせず、ここで隠れていたのか――板橋の内に静かな怒りが起こった。

「どうする?」といったように遅れて監房前に歩み寄った古澤が目線を振ってくる。しばし考えた末、板橋は「ふたりでは無理です。人を呼んできます」といって監房前を離れていった。

 屋外に出た雄一郎はカジの姿を見つけた。こんな年齢になった恩師に無茶をさせたことを心からも申し訳なく思い、こんな年齢になってまで自分を助けに来てくれたことに心から感謝を示したかった。それは無言の抱擁で伝わった。石川、中川の顔もある。彼等も黙って微笑みかけてくれていた。

「おうい、誰か手伝ってくれ」

 その声は生き延びた人々の怪我を見て回る所創太郎のものだった。途中、ホモローチに襲われても手放そうとしなかったアタッシェケースの中は医療器具だ。未接種の者にはトコログリアを、専門ではなかったが外傷を診断や手当にと、忙しく走り回っている。「私は衛星科です!」呼び掛けには関谷が応じていた。

「伊都淵さんは?」

 彼の姿が見えないのに気づいた雄一郎が声を上げると、二名の自衛隊員に体を支えられ、建物から出てくるところだった。

 その後ろ、異形の亡骸に埋もれていたボス格――狡猾にも〝死んだふり〟を覚え、その場で実践した――その最後の一体が本能で伊都淵の脅威を悟り、彼が手負いになるのを待っていたように地獄の底から聞こえてくるような咆哮を上げ、伊都淵の背に飛びかかろうとしていた。

 すっかり油断しきっていた自衛隊員もヘルメット組も銃を構えるのが遅れる、しかしカジの動作は俊敏だった。自らの体を襲撃者と伊都淵の間に割り込ませると、自衛隊員から小銃を奪い、銃剣を体毛の密生した喉に突き立てる。我に帰った自衛隊員達の小銃が火を吹き、異形の体はボロ雑巾のように肉片を飛び散らせて倒れた。

 安堵の息を洩らす雄一郎が異変に気づいた。大仰にフィニッシュを決めるなど彼の美学に反するはず。そのカジが小銃を一閃させたままの形で動かない。

「カジさん?」

 走り寄った雄一郎は、彼の喉が異形の爪によって切り裂かれているのを目にした。

「教授っ! 伊都淵さんっ! カジさんがっ」

「何があったんだ?」

 その声に振り向く伊都淵の目は閉じられたまま、彼の払った大きな犠牲によって自分達が守られたことを雄一郎は知った。所と関谷の手によってカジの体は横たえられた。

「カジさんっ、カジ――」

 なにか言おうとするカジだったが、その声は裂かれた喉の途中で洩れ、声帯まで届いてこない。

「スウェーしたつもりだったがリーチが違いすぎた。私の時代は終わった。これで美穂子のところに行ける。小野木さんにもまた逢えるな。雄一郎、お前は永遠のチャンピオンだ」

 伊都淵がカジの意思を読んで伝えると、カジは満足そうに頷いて静かに目を閉じた。伊都淵の閉じられた瞳から流れ出る涙が、雄一郎の号泣が、彼等を囲んだ人々の胸を打った。


 滑落を免れたのは機敏だった一歩と地表にいなかったサイトだけ。崩落しなかった部分の棚氷に右腕を突き立てた僕の左手には行町が、1m右手には氷に爪を立てマリアがぶら下がっていた。力を込めて体を持ち上げようとすると氷が嫌な音を立てて軋む。

 何トンもの力で氷を割ることができようと、バッテリーの上がった重機を押しがけすることができようと、この状況では何の役にも立たない。救いは行町を重く感じないことだけだった。

《一歩、どこにいる?》

《ここに居る、大丈夫か?》

《ああ、だが片手では這い上がることが出来ない。サイトと一緒に行って〝しらせ〟の沢口さんを呼んできてくれないか? なんとか接岸してもらって彼等に――》

《まかせ――》

《悪いニュースよ、さっきの地震で大きな氷塊がぶつかって船体が横倒しになっている》

 一歩の返事を遮って届いたサイトの報告は僕を絶望の縁に送り出すものだった。そんな僕の心情を知ってか知らずか行町は空を仰いで呑気に言った。

「ながれ星だ……」


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