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Pandemonium(異形の巣窟)

 正常な神経なら目を背けたくなるような光景も、こう次から次へと同じものばかり映し出されれば神経も鈍麻しようというものだ。安全が確保された室内では、ヘッドクーター前の異変に気づいた自衛隊員が異形に銃弾を撃ち込む姿に喝采を贈る者まで出る始末だった。スプラッタームービーを観ているような錯覚に陥っていたのかもしれない。

「どうやら、これで一段落したみたいだな」

 カメラを引いて見る監視映像を赤外線画像に切り替える。屋内に活動を続ける異形の姿はないようだ。襲撃が始まった当初、即応の連中が詰所に居なかったのは、いち早く襲撃に気づいて奴等を迎え撃つためだったのだろう。被害は甚大だが彼等の働きを褒めてやらねばな――見当はずれな理解を呑み込んで、一松の顔に公務用の表情が戻る。次の瞬間、バリバリっと何かが避けるような音に続いてドスンという衝撃音が室内に響いた。

 9.02の衝撃波に耐え、外敵の急襲にもなんとか持ち堪えた暫定国家の屈折型ピラミッドだったが、内部はありきたりの建築構造でしかない。分厚い金属扉をこじ開けることが出来ないと悟った第二世代のボス集団は、早々と方針転換を決め、二階フロアを打ち破ってヘッドクオーターを攻め落とす作戦に出たのだった。

 人はパニックに陥った時、蛇に睨まれた蛙のように固まってしまう者と、全身全霊で驚愕をあらわす者とに別れるようだ。そして後者のほうが最初に捕食者の興味を惹く。唇をめくれ上がらせ凶悪な面相となった四体は、でたらめな軌道を描いて逃げ回る人々に最短距離で追いつくと、腕を一閃させるだけで絶命に至らせる。血飛沫と悲鳴が織り成す空間を黒い獣達が跳梁していた。ライトが照らし出す細切れの画像ではなく赤外線画像の不鮮明さでもない。色調の偏った殺戮の宴は、手を伸ばせば触れることのできる距離で展開されている。さりとて動かなかった者が殺戮の対象から外されるものでもない。愛人が、別の科学者が肉塊に変わって行く様を凝然として見つめていた内田が残した辞世の句はたったふた文字、「ひい」だった。

 阿鼻叫喚の巷はヘッドクオーターに場所を変えて再現されていた。床を真っ赤に染め上げる血が花弁なら、引き裂かれた色とりどりの――科学者の愛人達が着ていた――派手な洋服の断片は鱗片のようにも見えた。

 モニタが並ぶデスクの下に潜り込んで一松は叫びたい衝動を必死に抑える。声を出すな、そうすれば奴等は去ってゆく。なんの根拠もなくそう信じ込み、眼前に繰り広げられる惨劇に視線を釘付けにされたまま両手で口を抑え続けていた。晩餐を終えた四体は立ち上がるとドアの開閉装置を興味深げにいじりだす、ドアを開けるモーター音が一松の死角となった場所から聞こえてきた。

 やりすごしたか――一松は口を押さえていた手を離す。だが運良くモンスターの追撃を逃れ、更には脱出に成功できるなど、やはりスプラッタームービーの中でしか存在し得ない幸運である。一松の前に悪魔のPeek・a・Booが披露される。彼にとって幸福だったのは、その瞬間に肥大した心臓が動きを止めてくれたことであった。


「撃つなっ!」

 行町にそう叫んで〝人喰い〟の脳波の中から青くチラチラするのを選んで分断する。空腹故か、正気をなくしていたせいか、元々足取りの怪しかった彼等は身体の支えを失ったようにバタバタと倒れていった。

《殺しちゃったの?》

 心優しいマリアは氷の台地に横たわる〝人喰い〟にも心配げな目を向ける。

《いいや、脳波の酸素供給を断ち切った。数分で起き上がってくるんじゃないかな。また相手にするのも面倒だ。先を急ごう》

 脳波に○やら¬やらが多くあった。北朝鮮の人々の成れの果てだったのだろうか。外観上は人類の形態をとどめていたが、いつか鍾乳洞で見かけた連中のように生存本能のみに衝き動かされているようだった。

「……すげえな、これタケ坊がやったのか? てゆうか、こいつ等なによ?」

 息を切らして追いついてきた行町に僕は冷たい視線を送った。殺戮の経験は僕になんの免疫も与えてくれはしなかったが、世の中にはそうでない人間もいるようだ。

「相手がなんだかわからないままに発砲したのか? なんで戻らなかったんだ」

「戻る……って、知ってたのか? ボートに隠れていたのを」

「発進してすぐにマリアが教えてくれた。ヒトの匂いがするってな。僕達が移動速度を上げ、ついてこれないのがわかれば引き返してくれると思ったんだが――船首で銃を撃ってたのは誰なんだ?」

「機関士だ。奴等に喰われちまった同僚の敵を討ちたいってんで銃を貸してやったよ。あの下手クソ、ちっとも当たらないんでやんの。なあ、こいつ等は一体――」

「僕達は〝人喰い〟と呼んでいる。同胞の死体を口にした彼等は、人間が手放してはいけない何かをなくしちゃうみたいだ。尤もホモローチや動物の死骸も食べてるようだけど」

「おえっ、でもなんで撃つなって言ったんだよ?」

「彼等には海を渡る力なんか残っちゃいない。見ろよこの身体」

 僕は手近な〝人喰い〟を見下ろして言った。肉の削げ落ちた顔とは対照的に下腹部がポッコリと膨らんでいる。典型的な飢餓難民の体型だった。泳ぐことはおろか、ボートを漕ぐことすら出来やしないだろう。

「ふうん、俺は襲ってこられたら相手がなんだろうと撃つぜ」

「好きにするがいいさ。だが、ここは日本じゃない。正気を取り戻す可能性は低いにせよ、彼等の行状に判決を下すのは僕達じゃなく、この国の人々だと思うけどな」

「ふん、偉そうなこというようになったもんだな。そんなの生き残りが居れば、の話だろう?」

「とにかく、勝手についてきたお前のペースに合わせる訳には行かない。はぐれたら上空のサイトを目印にしてくれ」

 不平ごと行町を置き去りにして僕達は再び前進を始める。一歩の鼻より早く、サイトが異形の本拠地を見つけたようだ。小さく弧を描いて彼女が飛んでいる場所までは概ね三時間といったところだった。


 援軍の中に、遅れて到着したカジの姿があった。倒れた自衛官の小銃を手に、その銃剣で致命傷となる正確な一撃で異形の喉をかっさばいて行く。

「おいおい、なんて元気な65歳だよ。――ったく、バケモノだなカジさんは」

 声に出してそう言うと、伊都淵はニヤリと笑った。


 結局、大した働きができなかった一歩は拗ねていた。二足歩行が出来るなら前足を後ろに組み、立った後ろ足で小石でも蹴飛ばしそうな雰囲気だ。

《匂いはここで途切れているんだな?》

《ああ、そうだ》

 動物との意思疎通には随分と長けた僕だ。これは翻訳が下手なためにぶっきらぼうに感じるのではない。伊都淵さんとの付き合いが一番長いという自負もあったのだろう。チームの指揮権が僕にあることも彼にとっては不満だったのかもしれない。

《自分がチームリーダーのつもりでもいたんでしょうか、犬の分際で》

 これは僕らーズの声だ。

《分際はよせよ、彼に失礼だぞ》

《彼って――犬じゃないですか》

 特段、親しい訳でなくとも、苦楽を共にする仲間に対する僕らーズの物言いは鼻に付く。不愉快になる前に脳味噌との会話を切り上げ、僕は一歩に言った。

《ヘソを曲げるなよ、これで任務が終わった訳じゃないんだから。マリアと外を見張っていてくれるか? 何かあったら吠えてくれ。これはサイトには頼めないからな》

 不貞腐れたように鼻を鳴らす一歩だった。

 一見、天然の洞穴のようにも見えるが僕達の目は誤魔化せない。《ここから出てきたわ》とマリアが示す場所からは、タービンの回る音、機器の上げる電子音が伝わってきた。

「はいろう」

 ゴクリと息を呑む行町、平然と頷くマリアを伴って洞穴をくぐると、暗闇は第二世代の体臭に満たされていた。ゴキブリもオランウータンも大して視力は良くないはず、この暗闇が長く続くことはないだろう。その予想通り100mも進んだあたりで無数の蛍光灯に照らし出された巨大な空間が開けていた。身を伏せる必要もなさそうだ。人の気配すらない。第二世代の生育管理は自動化され機械群に託されているようだった。

「降りてみよう」

「あそこへか? あんなに居るんだぜ」

 行町が指差すクリアで繭状の培養槽はざっと(とはいえ今の僕に数え間違いなど起こらない)五百器はある。

「成体になりかけているのは手前の五十体ほど、その他はまだ生育途中だ。おそらく培養槽は成長を確認しないと開かないはずだ。出てこやしないさ」

 怖気ずく行町を残し、僕とマリアは近代的なスチールの階段を下る。前足の短いマリアは下り階段が苦手なようだ。一~二度足を踏み外したが僕達は無事に階下にたどり着いた。

「待ってくれ、置いてく気かよ」

 おっかなびっくりの体で行町も階段を下り始めた。

 壁には石筍のようなものも見える。この施設は大規模な鍾乳洞を利用して作られているのだろう。想像の範疇内だったので、さほど驚きもしないが秋芳洞の千畳をみっつよっつ合わせた程の広さがある。こんなものに金を注ぎ込んだからデフォルトの危機を招いたんじゃないのか? 今回はたまたまこの国だったが、富と権力を手にした人間は何故急に愚かになってしまうのだろう。指導者を糺すべき政府が、そのおこぼれのみを期待するようになった途端、国は迷走を始めるものなんだな。

 9.02以前、経済は各国で破綻し狂信者によるテロの数は増大していた。世界は混迷を極めていたのだった。


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