Scourge of the Dawn(暁の惨劇)2
戦闘は続いていた。予備弾倉を使い切ってしまった自衛隊員は拳銃に持ち替えて応戦している。建物を取り囲んでいた第二世代の殲滅に成功した相良の部隊は「突入するっ」の号令で異形に突き崩された壁から飛び込んで行った。白夜の戸外より暫定国家内部のほうが暗いのも皮肉な話だが、これも外壁にコンクリートを選んでしまった弊害だった。隊員達はヘルメットに着けられたフラッシュライトのスイッチを入れる。
「板橋と古澤は、ここを死守だ! 奴等を一匹たりとも通すな」
「了解っ!」
「死ぬなよ」
そう言い残し、相良他八名は居住区へと駆け出してゆく。螺旋階段で三組に別れた。食欲のみに行動を縛られた異形は、隊員の姿をみとめても死体から離れようとしない。
銃剣による的確な一撃を異形の頚部に見舞いつつ、彼等は足を進めていった。
「誰か居るかぁー」
「二階、生存者なーしっ」階段ホールに身体を乗り出して叫んだのは二階に回った関谷だった。
「さんか――」続いての報告は異形の咆哮があった後、身体を一階踊り場に叩きつけられて消えた。半長靴が堅牢な回廊の床を蹴立てる音、銃声、異形の断末魔が聞こえてから『三階生存者なし』が言い直された。
「残弾なーしっ、武器庫前はバケモノに占拠されている」
地下から声が上がった。
あの声は……相良を追った隊員達とは行動を共にせず暫定国家に残った田中という隊員だ。板橋とは同期入隊の男だった。
生きてやがったか、そうこなくっちゃ――「ここを頼む」崩れた外壁部分の守備に当たっていた板橋は、古澤の返事を待たずに防寒衣を脱ぎ捨てた。
「どうするつもり――」
板橋はポーチから手榴弾を取り出しながら階段を駆け下る。「こっちだ」の声が西ウイングから聞こえた。「伏せろっ!」の声と共に地下フロア北ウイングを占拠する異形の一団に板橋は手榴弾を投げつけた。
閉鎖された空間で響く炸裂音は、耳元で鳴らされる銅鑼のように響いた。板橋が聴覚が正常に機能するまでに数十秒を要した。
「進路、確保! 弾を届けてやるからなー」
身体を起こした板橋は階上に向け大きな声で叫び、手榴弾の破片を顔面に食い込ませドアにもたれかかる異形の骸を蹴り倒して武器庫に入った。プラスチックコンテナに詰められた弾倉は重く、武器庫から引き摺りだすのがやっとだった。胴体だけになっていた隊員の背嚢を取り、運べるだけの弾倉を詰め込む。ふと気づいて手にした小銃の弾倉の覗き窓を見る。「俺のも空じゃねえか」リリースボタンを押して空弾倉を床に落とすと、新しい弾倉を差してコッキングレバーを引いた。
「無茶しやがって」
西ウイングから駆け寄った田中に数個渡し、板橋は状況を訊ねる。
「地下フロアの生存者は?」
「わかるもんか、居住区から後退を続けてここに追いやられたみたいなもんだ。途中でひとり殺られ、ふたり殺られでな」
「そうか、お前の背嚢は?」
「俺の代わりに化物に引き裂かれちまったよ」
カチャリと音を立てて田中がコッキングレバーを引いた。
「上へ行くぞ」
腰を上げかける板橋の方を押さえ、田中は西ウイングの奥、ボイラー室のドアを指差す。
「待てよ、奴等ボイラー室からも湧いてきやがったんだぜ。それで挟み撃ちにあったんだ。あそこをなんとかしねえと」
「あっちはもう大丈夫だ」
伊都淵の発揮した力を見ていた板橋は怪訝な表情を浮かべる田中にウインクを送った。
伊都淵がたまに口にする〝脳がだるい〟その感覚が雄一郎にもわかるようになっていた。肉体の疲労とはまた別の憔悴感がある。第二世代の群れをダース単位で脳死に追い込んで行くのだが、南から延びる列はいつ果てるともなく続いていた。雄一郎の右手がガクンと落ちる。伊都淵に戦い方を教わっていなければ致命傷とも言えるバッテリー切れだった。
「埒があかんな」
伊都淵の顔にも疲労が色濃く滲んでいた。その時、どこからか姿を現した一団――洒落たヘルメットを被った者も居れば、見覚えのある派手な防寒衣を見に纏った者もいる――が、雄一郎達の陣営に加わった。自衛官の小銃とは明らかに違う銃撃音、空気を切り裂くような音を立て異形に突き刺さる半透明の矢、異形迎撃のペースが上がった。
「……石川さん?」
その頃、ヘッドクオーターでは監視映像が映し出す惨劇を、血の気をなくした顔で見つめる一松達の姿があった。時折、隊員達のライトに照らされる様子はフレーム内で展開されるホラー映画ようだった。
「一体、奴等はどこから……」
一松が声を震わせる。
「やはりシギントの故障ではなかったんですよ。私はちゃんと警告しましたよね?」
内田の言葉には『自分のせいではない』といった責任の回避が滲み出ていた。
「大変、あの人達、襲われちゃう」
内田の愛人である佐竹美恵子が口に手を当てて言った。
板橋が制圧した地下を逃げ出した数名が第二世代に追われて一階フロアを逃げ惑っている。撃ち尽くした拳銃を投げつけている様子から警官隊の生き残りだろうと思われた。彼等がヘッドクオーター前まで走り混んでくる映像が映し出されていた。
「今、開けてやるからな」
この大きな部屋だけは緊急発電装置のお陰で電源を失っていなかった。ドアの開閉装置に手をかける白髪の気象学者に、一松は罵声を浴びせる。
「バカモノっ、開けるなっ! 開けたらバケモノまではいってくるぞ」
びくっとして開閉装置から手を離す気象学者は反射的に「しかし」と口にするが、冷ややかな目で見返す一松に、その続きは声にされることなく彼の中で消化されていった。




