表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/37

Vagus(迷走)

「衛星はまだ使えんのかっ! 奴等はどこまで来ているんだ」

 科学者達を怒鳴りつける一松に真壁が宥めるように言った。

「元首、この悪天候では無理です。ですが、途中までとらえていたシギント(軍事施設や移動体からの電波情報を受信する)のモニタには、杜都市を発ったのは二名と表示されております。恐るに足りません」

 努めて機嫌を損なわぬよう楽観的な見通しを述べたつもりだったが、たった一言が一松の逆鱗に触れる。

「誰があんなイカサマ師を恐れていると言った! 現状を報告しろと言ってるだけだ」

 暫定国家の屈折ピラミッド型建造物の中心部、ヘッドクオーターとなる広間で一松は猛り狂う。オリガーキー(寡頭制)を基にスタートした暫定国家は、今や一松の君主制に変わろうとしていた。肩書きばかり御大層だが、実務においてなんの役にも立たない科学者達は役目を終えた摂政の如く一松の機嫌取りと自身の無能を弁明するのみ。建物に詰める自衛官と警官隊は全て私兵と見倣し、警官隊の指揮権も〝国家統合本部司令官〟である真壁から取り上げられようとしていた。

「相手の出方がわからん以上、警戒態勢を上げる。デフコン2オプション・ブラボーを宣言するっ!」

 居並ぶ自衛隊員と警官隊に色めき立つ気配があった。オプション・ブラボーは通常兵器の使用を許可するというものだ。とはいえ、機能する武器は自衛官の持つ小銃と無反動砲が三基、武器庫には火炎放射器があるが、その他は警官隊の持つグロック19がその頭数分あるだけという、暴徒鎮圧程度にしかならない心細い状況だった。

 暫定国家の警察官はその殆どが警視庁公安部に所属していた者達だ。彼等の調査で伊都淵の能力の根源がオカルティックなものでなく〝人類の進化の先にあるものではないか〟との報告を一松と真壁は受けていた。

 今より十五年前、霞ヶ関を訪れた伊都淵に言葉巧みに言い寄り、日本国初の人的諜報機関を設立しようとした一松は、好条件を足蹴にされた上、真壁の指揮の下、極秘裏に拘束しようとした警官隊を嘲笑うかのように幾多の検問をくぐりぬけ、なにごともなかったかのように東北に帰っていった伊都淵の特異な能力に畏れを抱いていた

「拘束した鈴木を公開処刑にでもして誘いだすか?」

 一松は声を潜めて真壁に相談を持ち掛ける。真壁の表情が驚愕に揺れた。

「無資格医療行為は傷害罪での訴追が精一杯です。しかも裁判もなしに――」

「元首の裁定イコール国家の判断ではないか。裁判など必要ない」

 生来の臆病で小心な気質は追い詰められれば異常なほどの残虐性を発揮する。こんなはずではなかった――真壁は一松が発狂寸前にあるのではないかとの危惧を抱く。だが真壁も保護という名の下に所を軟禁することには賛同していた。伊都淵の能力を生み出したのも想定以上の多くの国民が災禍を生き延びたのも所の研究の成果である、と報告にあったからだ。

 私が伊都淵の力を手にすれば――ひとたび真壁の頭に根をおろした考えは、瞬く間に彼の思考を支配して行く。

 悪運のみで災禍を生き延び、その時点で偶然にも命令系統のトップに居ただけの一松に国家再興の明確な理念がある訳ではなかった。暫定国家設立宣言は闇雲に支配欲に取り憑かれた者、権力の座をとって変わろうとする者、保身のみに身をやつす者達それぞれの利害が一致しただけに過ぎず、それぞれが再び己が利益を優先させる思考に沈みだすと、元来一枚岩の強固さを持たぬ組織はいとも容易く崩壊の暗渠へと向かい始める。


「クーデターですか?」

 9.02以前、警視庁公安機動捜査隊――つまり国内テロ対策班を率いていた真壁は班長である曽我警部を執務室に呼び寄せていた。

「そうではない。現在、元首は恐怖のあまり自身を見失っておられる。当面の指揮権を我々が掌握し、元首が正気を取り戻せば速やかに元の体制に戻す。それまでの経過措置と考えてくれ」

「しかし、そうなると即応の連中が……」

 防衛大臣直轄部隊だった陸上自衛隊中央即応集団は一松の子飼いであるとの認識がある。第二世代の脅威が迫る中、暫定国家内部で仲間割れをして兵力を減少させるべきではないとの良識的判断から、曽我は隊長だった真壁の提案に難色を示した。

「彼等は私が説得する。我が国はこんな状況だ、君達も過去の遺恨は忘れ、国家のために力を尽くしてはくれんか」

 年々、任務分担の境界が曖昧になり、二年前に起きた原発立て篭り事件では現場での衝突も見られた警察機構と自衛隊である。公安部に所属していた曽我にとって彼等との摩擦を感じたことはなかったが、同じく警視庁に所属するSAT(特殊部隊)とは犬猿の仲であると聞かされており、即応のメンバーが真壁の説得に応じるとは思えなかった。

「ですが……」

 尚も釈然としない様子の曽我を、真壁は職務に忠実であろうとする彼の使命感に訴えかけて押し切る。

「君は暫定国家の兵力が意思統一されていない状況で、あのバケモノどもの襲撃に耐え得ると思うのか? 伊都淵が率いる生存者もそうだ。国家反逆罪――つまりテロリスト対策は君達の本分だったはずではないのかね」

 政治力があるということは、とりもなおさず傑出した狡猾さの持ち主であるということに他ならない。キャリアである真壁が公安警察の過酷な現場を知らずにその長に就いた時に切磋したのはその能力であった。

「……わかりました」


 謀議に長けた人間というのは謀議を察知する能力にも秀でているものだ。僅かな空気の変化を感じ取った一松は即応集団一個小隊16名を自室に呼んで伝えた。

「謀反の動きがある。真壁の恩知らずめ、誰が引き立ててやって今の地位があると思うんだ」

 暫定国家設立宣言に呼応して集結した自衛官は18名、相良二等陸尉が彼等の身元検分に当たったが、温かい食事と寝床を期待しただけの予備自衛官若しくは〝元〟自衛官が半数以上を占めていた。その事実にも関わらず一松は、招集に応えた全員を暫定国家守備隊に加えた。真壁の指揮する警官隊が三十名を超えたことを憂慮してのものだったと言えよう。

「警官隊は真壁司令官に従うでしょうか?」

「それはわからんが、あいつは君達以外の自衛官にも接触をしているようだ。一刻も早く国家の機能を取り戻し、国民の安全を確保せねばならないこの時期に権力に取り憑かれて己の器量さえ見誤ってしまうとは情けない話だ。」

 その場で思いついたような暫定国家設立理念に一松が酔いしれる。

「クーデターに関わった全員を拘束しますか?」

 相良は緊張した面持ちで一松に伺いを立てる。

「三十三名を拘束しておく場所はない。面倒なのは公安の8名だ。連中が武力行使に出る前にその8名と真壁を拘束、他の奴等は適当な理由をつけて外に連れ出し、射殺してよろしい。反逆者は一網打尽にしたい。真壁の側につく人間が全て判明するまで作戦の決行は待ってもらおう」

 〝よろしい〟その柔らかな響きとは相反する冷酷な指示の内容に隊員達は慄然とする。謀反を画策すれば国民と見倣なされないのか、と。

 混沌が秩序に姿を変える過程で、多くの過ちは遺物として葬り去られる。しかし今回、彼等はその真っただ中に身を置いている。過ちであることを知った上で、血の粛清に加担することを強要されていた。重苦しい空気が鉛で出来たカーテンのように隊員達を包んでいた。


「寒い中、ご苦労さんだね」

 真壁の差し出すウイスキーの瓶を「任務中ですから」と相良は辞退した。建物のなかでの会話は全て傍受されていると思っていい。雄一郎を逃がしてやりたいと言ってきた関谷が隊員詰所を出てすぐに拘束されたことからも、それは明らかだ。極寒の歩哨小屋にたったひとりで真壁が姿をあらわした理由は密談の持ちかけではないだろうかと相良は推測する。一見腺病質にも見えながら、強引に所懐を押し進めてゆく図太さと、反対派を論理で論破し、その後に懐柔してしまう細心さを併せ持つ真壁は〝警視庁の奸謀長官〟と揶揄されていた。その真壁が持ち出してきたのは案にたがわず一松の指揮権剥奪だった

「なに、一時的なものだ。直轄の上官にあたる元首に反旗を翻せいうのではない。なにもしないでいてくれればいい。元首が冷静な考えを取り戻されるまで、暫定国家の舵取りを代行しようということだ」

「しかし、なにもしないという行為は上官の命に背くことになります」

「すると君は国民同士、銃を向け合うことになってもいいというのかね? 例えばの話だ、私に与する勢力に自衛官の諸君が居た場合、君は躊躇せず撃てるか? 長年苦楽を共にした同士だろう」

 一松が予想した通り、真壁は既に自衛官とも接触を図っていたようだ。そして幾名かを自分の側につけたようなニュアンスを窺わせる。

「それは……」

 口篭る相良を篭絡一歩手前と読んだ真壁は、猫なで声になって続ける。

「誤解なきよう言っておこう。私は国民同士が争うことを望んではいない。例え反逆者と言えど、裁判も行わずに処刑するようなことがあってはならない。元首は鈴木の公開処刑を行うことで伊都淵を捕らえようとしている。それが民主国家のすることかね?」

 一松の提案も承服し難いものではあるが、真壁の言葉にも本心との隔たりが感じられる。

愚直に命令系統に従うことが自衛官としての職務を全うすることだ。そう信じてきた相良の内面に新たな流儀の思考が流れ込んできた。下される命令もその対局にある意見も間違っているとしたら――

「よく考えてくれたまえ」

 相良が黙っているのを提案寄りの熟考中だと受け取ったのか、真壁はポンポンと相良の肩を叩いて屋内に戻って行く。しかし、相良は既に〝自分自身の良心に照らし合わせた行動〟を決断していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ