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Operation 1

 船橋ブロック――つまりブリッジの上に登ると船首が、そして身体を捻れば船尾までが見渡せる。そこにあったはずの格納庫も艦載機も衝撃波で吹き飛ばされたようで、ガランとした空白が寂寥感を運んでくる。僕はサイトの報告を聞いた。

《凄い数よ》

《ああ、見えてきた》

 視界を解放すると、サイトの視覚記憶に残っていた以上の光景が眼前に展開された。氷が溶けて確保された狭い航路に異形の乗るボートがひしめき合っていた。写真や記憶の投影ではない。実際に自身の視野でそれをとらえると、圧倒され、恐怖におののき、膝が――いや、作り物の足は震えなかった。僕は作戦その1を実行するためにデッキに下りた。


「なんでガソリンまで積んだんだ?」

 甲板に陣取る大きなタンクを見て行町が言った。間違えて掘り出したタンクは、港に残して内燃機関を動力にしたクローラの製作に役立てるという手もあったが、僕は別の利利用法を思いついていた。

「海の男たるお前には申し訳ないが、ホモローチの航路を断つために海を燃やす。今から携行缶に分ける。布切れを突っ込んでおいてくれないか」

「火炎瓶の代わりにする気かよ」

「呑み込みが早いな。そのつもりだ。」

 生憎、空き瓶といったものを見つけることが出来ず、小分けしたC-4に雷管を埋め込んでは即席爆弾を作り上げて行く。

 こんな自然破壊は本来なら許される行為ではないのだろうが、海を埋め尽くすほどのホモローチに渡航を許す訳には行かない。生き延びた人々を奴等の餌なんかにさせてはならない。

「こんなんじゃあ、重くてどれだけも投げられないぜ」

「お前にはな、でも、僕なら投げられる」

 ごくりと息を呑んで僕を見返す行町の目がホモローチを見るのものと同じでないことを僕は願った。

「あのさあ、お前、もしかしてまだ根に持ってる?」

 僕と背中合せで作業をする行町が言った。彼の目の前で同道を拒否した僕だった。何について聞いたのかわからないはずはない。

「何を?」

「小学校ん時の喧嘩だよ」

「忘れたよ、そんなことは」

 変わってしまった僕を幼馴染に見られたくないといった感傷もあったが、執念深く膨大な記憶容量を誇る脳味噌となった僕は行町が言った或ることを忘れてなかった。

「そうか、それならいい」

「お前も沢口さんも船を降りなかったな。帰りを待ってる人はいないのか?」

「居ない、といえば嘘になる。だけど消息は掴めない。沢口さんもきっと同じ思いだろうよ」

 行町は振り返ることもなくそう言った。僕の帰りを待つ真由美さんや母さん、中ノ原の人々の顔が浮かんだ。行町に比べれば僕は幸せなのかもしれない。

「なあ、タ……ケ坊。絶対にあいつ等を全滅させてくれよな」

 タとケの間に微妙な空白があるのが気になったが、気づかぬふりをした。

「そのつもりだ。ただ、僕が接触した連中は陸路、いや氷路か。それを渡ったのかしれない。生存者のコミュニティには連絡しておいたが――」

「不安はある、だが今はこの任務が先決だ。そう言いたいんだな?」

 〝しらせ〟の航路には無数の転覆したボート、また視界を開放して眺める陸路にも力尽きた異形の死骸が溢れていた。

「ああ」

 僕の予想では徒歩での渡航成功率は1パーセント以下。原田兄弟に残してきたパラライザや彼等の蛮刀が、どれだけホモローチ迎撃の役に立つかは定かではない。それでも製造工場を叩かない限り、我が国の生存者が安心して生活の再建に臨むことは不可能だろう。なんとか持ちこたえていてくれ、僕は祈るような気持ちで彼等の無事を願った。

「そろそろ第一波との接触がある。ガソリンを投げつけたら全速でその海域を脱出するよう、航海士さん達に伝えておいてくれ。引火しちゃあ堪らんからな」

「わかった」

 ブリッジにはいって行く行町を見送って僕はマリアに話し掛けた。

《僕の合図で、これを奴等の船めがけて放り投げてくれ。火傷しないようにな》

《わかったわ》

《私は何をすればいい?》

《君には上陸してから大事な仕事を頼む予定だ。当面は戦火に巻き込まれないよう、隠れていてくれ》

 一歩は不服そうに鼻を鳴らした。

《近づいたわよ》

 サイトがホモローチの船団――とはいえみすぼらしい手漕ぎボートだったが――の接近を告げる。僕がいくら否定しようとこの有様は、鬼ヶ島に向かう桃太郎一行の闘いぶりを体現するかのようだった。

「進路を東北東にとってくださーい!」

 ブリッジに向かって叫ぶと、航海士さんが手を挙げるのが見えた。

《まだ?》

《もうちょい待って、この潮の流れならこちらに引火する心配はないが、カチカチ山になるのは御免だからな》

 僕はホモローチ船団の後端がすれ違うのを待った。

《今だ!》

 ぎりぎりまで待ってマリアの持つ携行缶に火を点けると、僕もデッキに並べた即席爆弾に着火しては放り投げてゆく。ハンマー投げの要領で。着弾した即席爆弾は轟音を上げて携行缶の破片を飛び散らせ、ホモローチの乗った船と海を燃え上がらせる。燃焼することでC-4は毒性も発揮する。炸裂弾、焼夷弾、毒ガス攻撃の三段構えだ。五分程で右舷の船団を壊滅状態に追い込むと、左舷にも炎の防衛戦を張った。5km離れた地点ではまだ氷に閉ざされたまま航路は開かれていない。これでいくらかはホモローチ上陸を抑制できるだろう。

「全速で離脱してくださーい!」

 僕の声に〝しらせ〟は速度を上げた。後方に目を向けると、目を覆い耳を塞ぎたくなるような光景が展開されていた。海は燃え上がり獣脂を含んだ黒煙が空に舞い上がって行く。ホモローチの断末魔の叫びが海原に響きわたっていた。

 目を閉じるな! 僕は自分の行いがどれほど残虐だったかを覚えておく必要がある。目を逸らさず、異形の叫びを聞き、いずれ僕を待つだろう煉獄を覚悟していた。

「……凄まじいな」

 沢口さんと行町がデッキへ出てくる。自衛官とはいえ、戦闘が本職ではないふたりは凝然として置き去りにされてゆく光景を眺めていた。


 同様の戦法で第三波の船団を殲滅した時、行町が言った。

「しかし、いくら人口の多い国だったと言え……」

 トランスファージェニックにも限界はある。哺乳類の遺伝子が多く織り込まれた第二世代の場合、氷点下への耐性とオランウータンの膂力をものにしたとしても卵生での繁殖は不可能だ。それでもボートを漕ぎ、氷路を駆け、死地にも等しい海を泳ぎきろうとする異形は後を絶たない。〝ホモローチ製造工場〟その言葉が紡ぎ出すイメージを伊都淵さんから受け取っていた僕はその答えに薄々気づいていた。


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