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Presence(駐留)

「じゃあ、ここに居てくれるんかい?」

「〝ここ〟という訳ではない。当面、交代で君達が作り上げたみっつの居住区の警護に当たろう。本隊……海自がどうなったのかはわからないが、移動は本隊からの出頭要請を待つことにする」

 外に隊員を集めての相談は、これだったのか。清水海尉からそれを伝えられた正は顔を輝かせた。

「やったー!」

 その大声に村山が意識を取り戻す気配があった。むくりと身体を起こし、頭を振った途端、頭痛に襲われたようで激しく顔をしかめた。

「化物どもの襲撃を見ていて考えさせられたことがある。現在の状況ではドーム内からの攻撃ができない。防御癖を破られてからでは迎撃作戦にも数々の支障が出る。ここをトーチカに改造しよう。なに、数箇所に銃眼を設け、射手を配置できるようにするだけだ」

「ドームじゃない、アークだ。奴等の飛びつけない高さでいいかい?」

「ああ、それでいい。しかし、ここには通気口というものがないのか?」

「組成の粗い氷だからいいんじゃないか。BLBも通気性があって熱を逃がさない。ユニクロのシャツみたいなもんだよ」

「ほお、なかなか便利なものだな。とにかく、我々はこのド……アークには素人だ。銃眼の大きさはこちらから希望を出す。位置は相談して決めよう」

「わかった。ムラさん、聞いたかい?」

 狂喜する正の様子がいまひとつ理解出来ない村山は虚ろな目で見上げてくる。その時、杜都市のアークが受け取った通信――暫定国家からの傍若無人な要請が無線機から流れてきた。

――鈴木雄一郎の身柄は日本国暫定国家が拘束した。国家は厳然たる秩序の下に運営されねばならない。彼の無資格医療が――

「なに言ってやがるんだ、この薄らバカ!」

 唖然としてその通信を聞いていた正が怒りもあらわに吐き捨てる。

「暫定国家元首だぞ、言葉を慎めっ!」

 若い自衛隊員が正の暴言、いや、正論に不快さを隠し切れぬ様子で詰め寄った。

「雄は俺達の仲間だぞ。今の今まで国民に飯粒ひとつ渡そうともしなかった奴等が、命懸けで生存者を探し回っている雄をなんで逮捕するんだよ。おかしいじゃねえかっ!」

「国家を守るためなら、一個人の拘束など止むを得ない場合だってあるんだ!」

 危うく掴み合いとなりかけるふたりの間に清水が割ってはいった。正に至っては松葉杖代わりにしていたステッキを投げ捨ててケンケンしている。

「今は言い争っている場合ではない。先ずトコログリア未接種の隊員に処置を施してくれ。行町、お前もまだだったな。早く済ませて来い」

 正と睨み合う隊員の肩に手を置き清水が言った。「はあ」と不服そうな返事をした若い隊員は、敵意に満ちた目で正を振り返りながらアークの奥へと歩いて行った。

「あいつが若くて血気盛んなのは仕方ない。だが君はもういい年齢だろう? 足だって折れているんだ。少しは引くことを覚えろ。戦闘が本職ではない我々も訓練は受けている。民間人である君が適う相手ではない」

「やってみなきゃわらんないぜ。俺達だってボクシングの世界チャンピオンの手ほどきを受けてんだから」

 不敵に笑う正の言葉に、清水の脳裏で散らばっていた断片が組み合わさった。

「あっ! さっきの鈴木雄一郎というのは世界フェザー級チャンピオンの彼だったのか……君達は一体どういう集まりなんだ」

「ベガ農園丸の乗組員だ。俺達は絶対に仲間を見捨てないっ!」

 農園一期生にしか通用しない合い言葉を、胸を張って言い切る正だった。事の成り行きを飯沼から聞かされた村山がようやく立ち上がって清水に訊ねる。

「トコログリアが届いたんですか?」

「ああ、鷹が運んでくれたみたいだな。よく慣らしてあるもんだ」

「ちっちっち、あれはワシだよ、イヌワシ。サイトって名前なんだ。俺達の仲間だぜ」

 正は欧米人のように人差し指を振りながら清水に蘊蓄を垂れた。大仰に身振り手振りを混じえて話す様は、まるで在りし日の丈の父親のようだった。


「大丈夫なん? たったふたりで」

 その夜、伊都淵からカジとふたりで雄一郎を助けに行くこと、丈に破壊工作を命じ、彼がそれを承諾したことを告げられる。その通信は全てのアーク及びシェルターにも届いていたはずだが、誰ひとりとして意見を挟もうとする者は居なかった。

――戦争に行く訳じゃないからな。穏やかに話し合って鈴木君を貰い受けてくるさ。

 そんな簡単にゆくはずがないことは正にもわかっていた。村山が同行を申し出るのを避けたかったのだろう。

「話してもいいか?」

 清水のために正は席を譲った。その際、折れた足を椅子にぶつけて大袈裟に痛がっていた。

「あなたが伊都淵さんですか?」

――そちらは?

「海上自衛隊〝しらせ〟の清水三等海尉です。トコログリアのお礼を申し上げたくて――

――気にしないでくれ、同じ日本人じゃないか。それにこの薬を開発したのは、中ノ原に居る所創太郎教授だ。彼なくして、ここまでの復興は有り得なかった。

「ですが、さっきのホモローチ殲滅作戦には同意出来ません。確かに〝しらせ〟にはC-4火薬があります。しかし燃料切れで船を動かすことさえ出来ない。どこかにディーゼル燃料の貯蔵庫でもあるんですか? しかも、その小野木君は民間人なのでしょう。そんな危険な真似をさせる訳には――」

 清水が話し終える前に伊都淵の声が発せられた。

――彼は明日の夜にはそちらに着く。君自身の目で彼を見て、作戦の実行が可能な人物かどうかを判断してくれ。以上だ。

「あっ、ちょっと……」

 清水は慌てて送信ボタンを握るが、既に通信は切られた後だった。

「無茶だ……」

 呟く清水の背中を正が叩いて言った。

「タケ坊を見ればわかるって」

「だいたい、杜都市からここまではざっと600kmあるんだぞ。何日も前に出発しているならともかく、我々ですら本州まで辿り着くことが出来なかったんだ。明日の晩に着くこと自体、不可能じゃないか」

「いや、あいつなら来る。何事もなかったような顔をしてな」

「それが本当なら、ホモローチ殲滅作戦の成功確立も上がろうというもんだがな」

 正の言葉を信じることの出来ない清水は、その数時間後、腰を抜かすほど驚くことになる。


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